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【柴山桂太】新NAFTA合意から見えてくるもの

From 柴山桂太(京都大学大学院准教授) 

北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉が終わりました。結果は、トランプ政権の要求がかなり反映されたものになっています。

まず、カナダとメキシコは乗用車輸出の数量規制(年260万台)を飲みました。また自動車部品についても、輸出できる金額に上限が設定されることになりました。

また賃金条項も導入されました。これは、部品の40%以上を時給16ドル以上の地域で生産しなければならないというものですが、メキシコの時給は7ドル程度なので、事実上、メキシコ製部品の使用が抑制されることになります。
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO3599442002102018EA2000/

為替条項も協定に新たに加わりました。これは、相手国が通貨安誘導をしたと認定された場合、報復関税などの対抗措置を取ることができるというもので、トランプ政権はすでに米韓FTA再交渉でも押し込んでいます。(ただし韓国政府はその事実を否定していますが。)

トランプ政権は新NAFTA協定を、今後すべての通商交渉の「ひな形」にすると宣言していますので、当然、日本との交渉においても、数量規制や為替条項を求めてくることになるでしょう。

輸出入の数量制限はWTOの定める自由貿易ルールに明らかに抵触しています。したがって新NAFTA協定はもはや自由貿易の協定ではない。そのためか、新協定の名称は「アメリカ・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」に変更されるようです。

しかし、いくら数量規制や為替条項をはめ込もうが、それだけでアメリカの貿易赤字が解消されるとは思えません。

マクロ経済学の教科書にもあるように、一国の国際収支は、その国の貯蓄と投資の差額に等しくなります。ごく簡単に言い直せば、アメリカの恒常的な貿易赤字は、消費が旺盛で貯蓄が少ないという国内事情に起因するので、いくら関税をかけようが、相手国に輸出規制を迫ろうが、アメリカ人の消費体質が変わらない限り貿易赤字は解消しないのです。

それでもトランプは、自動車に代表される製造業の生産拠点を、米国内に環流させようとしています。海外に移転した工場を、もう一度、米国内に戻そう、というわけです。

NAFTAが発足した1994年以後、生産拠点のメキシコやカナダへの移転が加速しました。自動車企業にとっては、メキシコで部品生産や完成品の組み立てを行ってアメリカ市場に投入した方が、すべてをアメリカ国内で生産するよりはるかに安くなるわけですから、この流れに乗らない手はありません。

それにより、消費者は安く商品が買えるようになりますが、一方で製造業の雇用は失われることになりました。製造業が強かった地域は没落し、末端の労働者(いわゆるブルーワーカー)も仕事を失うことになる。「脱工業化」によって金融やITなど、都市の先端産業は開花しましたが、割りを食う人たちもいる。地方で、比較的学歴の低い、白人の貧困層が大量に生み出されました。それが今や、トランプの固い支持基盤になっているわけです。

では、アメリカの「再工業化」は成功するのでしょうか。現実はかなり厳しいと言わざるをえません。蓄積された技能は、失われると簡単には元に戻らないからです。少なくとも、貿易協定を改定した程度で実現できるものではありません。

トランプが、「再工業化」を本気で進めたいのなら、インフラ投資や技能労働者の再教育、産業育成やそのための補助金政策などに、本腰を入れて取り組まなければならないでしょう。

中国は、こうした政策を巧みに組み合わせて工業化に成功しました。トランプは、その中国の産業政策を激しく非難していますが、本気でアメリカの製造業を復活させたいなら、中国と同じように産業政策を強化しなければならないはずなのです。

果たして、トランプ政権にそこまでの覚悟があるのか。現時点で遠大なビジョンを持っているとは思えませんが、先のことは分かりません。

アメリカには、保護貿易と産業政策で工業化を進めてきた歴史があります。トランプや、トランプ以後のアメリカの政権は、その歴史に戻るのでしょうか。それとも戻ろうとして戻りきれず、その過程で何かまったく別の路線へと行き着くことになるのでしょうか。

私は後者の可能性が高いと思います。ただ、新NAFTA合意を見る限り、トランプ政権が強引に国際秩序の再編を図っているのは確かです。その影響は、これから時間をかけて、思いもかけないかたちで現れてくることになるでしょう。

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