【川端祐一郎】「市町村合併」が地域を脆弱にした

川端 祐一郎

川端 祐一郎 (京都大学大学院准教授)

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先日、VIDEO NEWSという動画サイトの番組(動画はコチラ。本編有料)で紹介されているのを見て、『市町村合併による防災力空洞化――東日本大震災で露呈した弊害』という本を読みました。9人の研究者がそれぞれ論文を寄稿しているのですが、学術書には珍しくメッセージ性の強い本で面白かったです。

そのメッセージを簡単にまとめれば、以下のようなものです。

  • 行政の効率化を目指して進められた「平成の大合併」はほぼ完全な失敗であった。
  • 地方の予算や職員数が削減されただけで、行政機能は効率化しなかった。
  • とりわけ災害のような危機への対処能力を大幅に低下させる結果となり、合併自治体では復興も遅れている。
  • 同じ失敗が起きるので、「道州制」も導入すべきではない。

いわゆる平成の大合併で、1999年から現在までの間に市町村の数は半分強にまで減りました。これは分かりやすく言ってしまえば、国から地方に配分する地方交付税交付金(言い換えれば大都市から地方への再分配)を減らすために進められた改革です。交付税を減らすと小さな町村は経営が苦しくなるが、合併で(特に近くの市に吸収させて)大きくしてしまえば文句も出にくくなるだろう、みたいな話です。

実際に、小泉改革の中で2004年から交付税が削減されていったのですが、早く合併すれば財政上の優遇措置が受けられるという「アメ」が用意されたので、駆け込み的に多くの自治体が合併を選択しました。しかしその結果、地域の事情や真の効率性を考慮しない近視眼的な合併が相次いで、自治体の行政機能は低下してしまったわけです。

わかりやすいのは、たとえば宮城県石巻市の事例です。下の画像のように、旧石巻市と周辺の6町が合併して、石巻市は5倍の面積をもつ広大な自治体になりました。ちなみに雄勝町と牡鹿町に挟まれた水色の部分は女川町で、原発があるおかげで財政余力が大きかったこともあり、合併には加わっていません。


(画像:総務省)

この合併は、「無理やり」行われた感がかなり強いものです。
まず、雄勝町と河北町の間には雄勝峠があり、牡鹿町と旧石巻市の間には小積峠があり、北上町と河北町の間には北上川があるというふうに、地理的に大きく分断されてしまっています。また産業構造からみても、旧石巻市は都市型の経済ですが、牡鹿町や雄勝町は漁業型、その他は農業型の地域であって、大きく事情が異なります。そのせいで新石巻市は、市民のあいだの共通アイデンティティが希薄で、一体感がほとんどない自治体になってしまいました。

そして合併後の市政においては、なんだかんだで旧石巻市が中心になり、旧町域の切り捨てが進みます。旧町役場が一応、新しい石巻市役所の支所機能を持ったのですが、職員数は合併前の町役場に比べると3分の1程度にまで減ってしまいました(旧石巻市を加えた全体でも、「効率化」のために職員数が3分の2程度に減っています)。それに合わせるようにして旧石巻市エリアへの移住者も増えて、旧6町エリアの人口減少は加速しました。

また、旧6町には町会議員が合計で98人いたのが、合併後の市議会において旧6町の選出議員は計12名にまで減りました。地域のリーダーである「町長」という首長職も当然なくなります。そのため、地域住民の意見を集約して政治・行政に反映していくという回路そのものが弱体化していき、その影響もあって、旧6町域では、首長選挙や議会選挙の投票率が合併前後で20〜30%ポイントも低下してしまったというから驚きです。

これだけでも平時の自治機能低下が十分に想像できますが、東日本大震災ではその弊害がさらに強く露呈しました。まず震災直後から、旧町域への情報伝達は常に遅れていて、支援も後回し。また例えばガレキの撤去を行おうとしても、旧町では町役場と地元業者の連携で迅速に行えたのが、合併後は旧石巻市にある市役所本庁にお伺いを立てなければならず、地域の事情をよく知らない人たちによる、しかも余計な時間のかかる決定が必要になってしまいました。

これとは対照的なケースも本書では紹介されています。たとえば原発事故が起きた福島県では、合併を“していなかった”葛尾村・樽葉町・富岡町などにおいて、町村長の強いリーダーシップと強固な役場組織により、迅速かつ手際のよい避難が行えたようです。しかも皮肉なことに、これらの町村は、県や国の方針には従わず独自の判断で住民避難を主導して結果的に上手くいきました。つまり危機の際に有効に機能していたのは町役場や村役場であって、県や国の行政機能がむしろ麻痺していたのだというのが本書の評価です。一方、合併自治体であった南相馬市では、地域単位での意思決定ができず、ちぐはぐな避難対応になってしまったようです。

本書の分析を読んでいくと、「効率化」を謳う拙速な行政単位の再編がいかに危険であるかがよく分かります。効率化の名目の下で行われるのは、往々にして、全体としての行政サービス水準の切り下げと、縁辺地域の切り捨てなのです。また、首長や議員という「地域のリーダー」の存在が、とりわけ危機の際の迅速な合意形成と意思決定のためにいかに重要であるかもよく分かります。

最近は低調ですが、「道州制」を求める声は未だに存在しています。そんな議論の前に我々は、まず市町村合併がもたらした弊害を直視すべきでしょう。

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コメント

  1. 大﨑正雄 より:

    良い勉強をさせていただきましたありがとございます。私なりに勉強したこと広めたいと思います。

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