【小浜逸郎】従軍慰安婦、徴用工、南京大虐殺

小浜逸郎

小浜逸郎 (評論家/国士舘大学客員教授)

韓国政府は21日、慰安婦問題をめぐる2015年12月の日韓合意に基づいて韓国政府が一昨年設立し、日本政府が10億円を拠出した元慰安婦を支援する「和解・癒やし財団」を解散すると発表しました。

韓国政府は、日韓合意の破棄や再協議は要求しないという立場を示していますが、この解散発表は、慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」を確認した合意に反するものです。河野外務大臣は、「発表は日韓合意に照らして問題であり、受け入れられない」と述べました。

この発表について、一部の元慰安婦の女性たちが暮らす「ナヌムの家」を運営する市民団体は、日本政府が拠出した10億円を返還し、日韓合意そのものを破棄するよう求めました。ちなみに、合意が結ばれた当時、生存していた47人の元慰安婦の女性のうち、これまでに4分の3以上が支援事業を受け入れています。

先月30日には、太平洋戦争中の「徴用」をめぐる裁判で、韓国の最高裁判所が新日鉄住金に賠償を命じる判決を出しました。この問題は、1965年の国交正常化の時点ですでに解決済みです。河野外務大臣は、「判決は暴挙だ」と厳しく批判しました。
しかし徴用をめぐる裁判では今月29日に予定されている、三菱重工業に損害賠償を求める判決でも、同様の判決が出ることが確実視されています。

こうした一連の日韓関係のいわゆる「悪化」の過程について、ほとんどの日本人は怒りを覚えているか、釈然としないものを感じているでしょう。しかし、そもそも三年前の日韓合意が、日本政府の賢明な選択であったのかどうかを問い直す声はあまり聞こえてきません。

いわゆる「従軍慰安婦問題」なるものが、吉田清治という詐欺師による捏造を朝日新聞がうのみにし(あるいは知りながら意図的に)、その報道に韓国側が飛びついたところから始まったことはよく知られています。
これにもとづき、河野洋平官房長官(1993年当時)が、証拠がないにもかかわらず、「軍による従軍慰安婦の強制連行」があったことを認めて謝罪しました(河野談話)。その後、捏造の事実を暴かれた朝日新聞は、はなはだ不十分ながら誤りを認め、社長が辞任しました。

しかし朝日は、体面を保つために、議論の本質を、大東亜戦争当時の朝鮮人の慰安婦という具体的な歴史問題から、女性の人権一般の問題にすり替えて、自らを正当化してきたのです。しかも日本向けには誤りを認めたのに、英字版では、相変わらず「軍によってセックスを強制された慰安婦」という表現を垂れ流し続けてきました。

こうした経緯があったのに、安倍政権は、韓国に対して「謝罪の必要はない」という毅然とした対応をとらず、パククネ政権との間で、「日韓合意」を交わしたのです。

これは、冒頭に書いた「最終的かつ不可逆的な解決」を目指したものということになっており、安倍政権もそれをもくろんで妥協したのでしょう。
しかし事実はそのように動きませんでした。岸田外相はこの時「軍の関与の下に多数の女性の名誉と尊厳を傷つけた。日本政府は責任を痛感している」と発言しました。そして10億円で手を打とうという話になったのです。

筆者はこの発言について、当時ブログで次のように書きました。

「『責任』とは法的なものも伴うのかどうかまったく曖昧ですし、しかも『痛感している』と現在進行形になっています。韓国は、その曖昧さと現在進行形とを利用してこれからも執拗に問題を蒸し返し、『日本の罪』をネタに『責任』を追及しつづけ、世界に発信しつづけるでしょう。なぜなら、慰安婦問題の韓国側主役である韓国挺身隊問題対策協議会の突き上げや、それに同調する反日世論を、韓国政府が抑え切れるとは思えないからです。」

「さらに韓国新財団に10億円の出資とは!名目上、『賠償』ではないと謳ってはいますが、国際社会はそう見ません。この約束は、先の岸田発言、安倍首相の『心からのお詫びと反省』発言と合わせて、三点セットで、『旧日本軍は20万人もの韓国女性をセックス・スレイヴとして扱い、虐殺した』とのこれまでの戦勝国の定説を、オウンゴールで追認したことになります。」(拙著『デタラメが世界を動かしている』参照)

当時、北朝鮮のエージェントであるムンジェインが政権を握ることまでは予想できませんでしたが、この政変で、三年前に予想された事態はさらに悪化したと言えます。

日韓合意に、当時のアメリカの意向が働いていたことは明確です。
その意向とは、

(1)対北朝鮮、対中国問題を睨んで、東アジアの同盟国間でいざこざを起こさせないようにする。
(2)戦勝国の「正義」を世界に信じ込ませるために、かつての日本の「悪」を固定化しておく。
(3)国力の大きくなった日本の自主独立の機運を阻み、いつまでも自らの属国として服従させておく。

外交的行為は、相手国一国との間に友好関係を築けばよいといった甘い認識で行われてはなりません。
世界各国、特に自国と関係の深い国々がそれをどう見なし、どう利用するかという幅広い見通しの下に行われなくてはならないのです。

安倍政権の決断は、明らかにアメリカの意向に過剰に反応したものでした。
結果を見れば明らかで、この決断は、単に日韓関係の悪化にとどまらず、国際社会での日本の印象を著しく損なうものとなりました。

「日本はかつて数十万人の植民地女性をセックス・スレイヴとして扱い、かつ虐殺した悪い国」というイメージがいろいろなところで定着し、小学校でも教えられているのです。
これは戦勝国包囲網によって日米分断を図ろうとしてきた中共政府の思うつぼでした。
事実、これ以後、欧米豪各国における慰安婦像設置の攻勢はますます強まりましたし、その背後には中共政府の力がはたらいていたことも今では明らかとなっています。

徴用工の像もこれから増えていくでしょう。しかし日本政府は、これらの動きに対して、口先だけの抗議はしますが、中韓の情報戦に見合うだけの積極的な活動を何ら行なおうとはしていません。

中共政府は、韓国の反日感情を利用するだけではなく、自国の情報戦の有力カードとして、「南京大虐殺」というもう一つの強力なでっち上げ材料を持っています。
先ごろ、安倍首相が訪中し、李克強首相との会談で、若い世代の交流を拡大すべきとの認識で一致し、来年を「日中青少年交流推進年」として、今後5年間で3万人規模の青少年交流を進める覚書に署名したそうです。お人好しニッポン。
訪中に参加することになる日本の青少年は、南京大虐殺記念館などを見学させられ、中国版「正しい歴史認識」を注入されるに決まっています。

ところで、歴史認識の問題に関して中韓にやられっぱなしの日本は、次のような覚悟を固めなくてはなりません。
唯一の正しい歴史認識などというものが存在するはずがないと知ること。
歴史とは後世の人間が、自分の属する共同体の過去を、想像力を駆使して作り上げる「物語」のことです。
したがって、異なる共同体どうしの間で完全に一致する物語などありえないのです。

言葉は生き物です。「事実」も「歴史」も、編み替えられてゆく宿命のうちにある。
ニーチェは、『力への意志』で、真実とは強い種族に都合のよいように作られたでっち上げであると、何度も繰り返しています。
「歴史」の共有は、言葉と情緒を共有できる範囲でしか可能ではありません。敵対感情のある隣国どうしの「共同研究」など、空しい限りです。

また、たとえばユネスコ記憶遺産のようなグローバルな歴史認識など、理念からして間違っています。
中国や韓国の「南京大虐殺」や「従軍慰安婦の強制連行」は、こちらから見れば、いずれも資料レベルと証明レベルがきわめて低く、反日意識だけで成り立ってしまったまことにお粗末な物語です。

しかし声の大きい者、うまく宣伝した者が勝つという現実を否定することはできません。
お金と時間と労力を使い、より大きな声を出し、よりうまく宣伝する以外に、これに対抗する方法はないのです。
自分たちは誠実だが、向こうはウソで塗り固めているなどといった道徳的な非難などいくらやっても効果はありません。
相手も同じことを言うに決まっているからです。

歴史とは物語の集積であって、その中身がぶつかり合うときには、さまざまな「力」を用いて相手の口を封じるべきなのです。
「力」とは一般に武力、経済力、外交力ですが、これらのほかに、「歴史認識」にかかわって何よりも大事なのは、説得力と構想力です。
この問題で闘っている山岡鉄秀氏が説くように、説得力が成立するための「立論」をいかに組み立てるかに最大のエネルギーを注ぐべきなのです。

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