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【松林薫】戦時の日常を読む

From 松林薫(ジャーナリスト・関西大学総合情報学部特任教授) 

これまで書いてきたように、図書館で古い新聞をめくると意外に発見があって面白いものです。中でもオススメなのが、戦時中の紙面です。

ただし、そこまで古くなると現物や縮刷版ではなくマイクロフィルムの形で公開されているのが普通です。フィルムを巻き取ったリールを借り、マイクロリーダーという機械にセットすると紙面が画面に映し出される仕組みです。少し手間がかかりますが、これはこれでオツなものなので、都道府県立の中央図書館などに行く機会があれば、ぜひ挑戦してみてください。

戦時中といえば、つい開戦や原爆投下など「歴史的事件」を報じる記事に目が行ってしまいます。しかし「何気ない日常」が垣間見える記事を探すのも、実は醍醐味のひとつです。敗戦直前になると紙不足からページ数が減り、記事も文字通り「戦争一色」になるのですが、開戦当初はけっこうどうでもいい情報が載っているのです。

今回は1941年12月14日付の朝日新聞(東京版)を覗いてみましょう。つまり、ちょうど今日から77年前に人々が読んだ記事です。

真珠湾攻撃が12月8日ですから、14日といえば日米開戦からちょうど1週間たったところです。さすがに紙面もその興奮を引きずっていて、朝刊の1面トップは「米戦艦アリゾナ撃沈」という、真珠湾の続報になっています。曖昧な情報しかなかった「撃沈」が確認できた、という内容です。もちろん、後年この艦の上に記念館が建てられ「リメンバー・パールハーバー」の象徴として残るとは誰も予想していなかったでしょう。

「戦時の新聞態勢 吉積部長放送」という記事にも興味を覚えます。前日、新しい報道体制に関する勅令が出たことを受け、内務省の幹部がラジオで訓示した内容を報じたものです。

幹部は国民に対し、「新聞界の人々も自社、個人の利害を超越し、資本中心から国家中心の良き新聞を作って行くと思はれるから、国民も低調を求めず、よい新聞を購読するといふことによって間接的の協力をしてほしい」「現在の新聞記者は教養も知識もあり立派な人が多いが有為な青年諸君は奮つて新聞界に志願してほしい」と呼びかけています。開戦とともに新聞が国家と一体化したことがよくわかる言葉です。

一方で、生活に多少の潤いが残っていたこともうかがえます。紙面を眺めていると「官軍入城」という邦枝完二の連載小説に目が止まります。NHKの大河ドラマ「西郷どん」が最終回を迎えようとしていますが、こちらの小説はまだ15回目。登場人物が「今朝はいやに早いな。薪割りの手伝ひでもする気で来たのか」「どういたしやして。ゆうべツから、まるつきり寝てねえんで、斧なんぞ振り上げた日にや、どこを打ツ叩くかしれやしません」といった呑気な会話を交わしています。


(1941年12月14日付朝日新聞。図書館ではコピーも取れる)

釣りコーナーも健在です。伊豆網代港で「形の良いイナダ(鰤の若魚)十本、なほ去る九日はイダ釣で二十一本、甘鯛釣では十八枚を揚げた釣人あり」とか、「佐原八間川のオダの廻りではタナゴが物凄く釣れてゐる」といった報告が載っています。ここだけ読むと、現在とほとんど変わらない時間が流れていたように感じます。もしかすると、一部の人には実際そうだったのかもしれません。

夕刊の「半日で建てる“規格住宅”営団のロ号・大工部隊の早業」という記事は、元記者の直感で言えば「穴埋め」の匂いがします。「朝建てはじめて夕方には立派に人が住めるといふ住宅営団で自慢の“規格住宅”が十三日厚生省の裏庭にお目見えした」で始まる雑報です。

要するに、今でいうプレハブ住宅のデモンストレーションなのでしょう。原稿がないのでデスクから「ちょっと盛り上げて長めにしてよ」とでも言われたのか、「役所を退けて帰るお役人も目を見張る電撃工事である」「といっても吹けば飛ぶやうなバラック建てではない」と、妙に煽ります。「労務者住宅の大量建設、さては空襲に際しては十分に威力を発揮するところに狙ひがある」という、取ってつけたような一文を除けば戦争のきな臭さはほとんどありません。

この記事の下にある、「洗顔に、美顔術に おひげ剃りに」というキャッチコピーが付いた「テルミー美容液」の広告も、市井の人たちがまだお洒落を気にかけていたことを物語っています。重苦しい空気が社会を覆い始めていたとはいえ、ほとんどの人は日々の暮らしに追われて戦争の悲惨な結末までは想像できなかったのではないでしょうか。

私たちは過去をステレオタイプに当てはめて理解しがちです。生まれる前の「民族の記憶」はもちろん、自分が経験した時代の記憶でさえ、実は「歴史に残る一日」を拡張した幻影でしかないということはよくあります。大ニュースのない「普通の日」の新聞を読むと、そうした錯覚に気付かされハッとします。

おそらく、そうした世界観を映画に持ち込もうとしたのが、今年テレビドラマにもなったアニメ『この世界の片隅に』(片渕須直監督、こうの史代原作)でした。この映画に魅力を感じた人は、ぜひ図書館に行って古い新聞をひも解いてください。主人公すずさんの過ごした日常がリアルに浮かび上がってくるはずです。

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