『表現者criterion』メールマガジン

【藤井聡】「思想としての防災」、是非、ご一読ください。

From 藤井 聡(表現者クライテリオン編集長・京都大学教授) 

この度、今年最後の表現者クライテリオンが、
発売されました!
https://the-criterion.jp/

この最新号は、表現者クライテリオン
創刊以来初めての特集二本立て!

一つは、本メルマガでも何度か紹介した、
沖縄問題を取り扱った特集、

『沖縄で考えるニッポン』

そしてもう一つは、
2018年を象徴する一文字
「災」についての特集、

『思想としての防災』

です。

今日は、この思想としての防災、
についてご紹介したいと思います。

まず、本特集の趣旨は、
以下のようなものです。

『「防災」は「思想」の次元で捉えることができてはじめて、その国家は真の防災力を身につけることができる。

もちろん、「防災」においては堤防を作る、耐震補強をする等の技術的対応は必要不可欠だ。

しかし、そうした技術的対策を「行う」という行為それ自身は、あくまでも政治の判断であり、かつ、そうした政治判断は常に「思想」に決定的な支配を受けるのである。

そしてそうした「防災の思想」を考える上でとりわけ重大な意味を持つのが、その自然災害を「どのように捉えるのか」という一点だ。

事実、日本人はその歴史の中で、それを純然たる自然現象と受け止めるのではなく、時に「天罰」と捉え、時に「天恵」と捉えることを繰り返してきた。

こうした思想的、宗教的な次元から災害を捉えた時に始めて、その民族や国家は強力な防災・強靱化の実践を本格的に始動させることが可能となる

本誌では激甚なる地震や台風が頻発する今日の恐ろしき現状を鑑み、国家を根底から破壊しかねぬほどの力を秘めた激甚なる自然災害に対峙すべく、「思想」の次元からその危機を超克する方途を探る。
                ~『思想としての防災』趣意文より~

さて、今回はこの特集にあわせて、
創刊号で行って以来、久方ぶりに、
編集部メンバーだけの座談会を行いました。

巻頭座談会にて、
柴山さん、浜崎さん、川端さん、そして、
顧問の富岡先生の五人で、
「防災の思想」を徹底的に論じた次第です。

当方もこれまで防災・強靭化について
あれこれ考えて参りましたが、
この座談会ではまさに、
個々の論点が少しずつインテグレイト(統合!)され、
個々人ではたどり着けない境地に、
アウフヘーベン(止揚!)されるという、
大変心地の良い討論となりました。

要するに、皆で話しながら、

「そうか!」
「なるほど・・・」
「だとしたら、こういう事だったんだ!」

という瞬間が幾度も訪れる討論だったわけです。

詳しくは是非、ご一読いただければと思いますが、
当方にとって最も重要なキーワードとなったのが、
富岡先生が紹介された
(内村鑑三が論じた)
「天災、天罰、天恵」
という三つのキーワード。

まず、これらのうちの最初の
天災
は、「単なる自然現象」を意味します。

一方で、その自然現象が
人間社会に降り注ぐと、
人間たちはそれを

「天罰=天のくだす罰。自然に来る悪事のむくい」

と捉えることもあれば、

「天恵=天が人間に与える恵み。」

と捉えることもあります。

(ちなみに「天罰」とはしばしば
天譴(てんけん)」とも言われます。」

つまり、その天災を
・・・天恵と捉えるのか、
・・・天罰と捉えるのか、
・・・あるいは、そんな風に捉えずに
「単なる自然現象だよ」、と思うのかは全て、
人間の心持ち次第だ、という話。

ただし、歴史を振り返ってみれば、
我々日本人は、様々な巨大災害をこれまで、
繰り返し繰り返し「天罰」と捉えてきたのです。

そして、その天災を契機に、
新しい政治をはじめたり、
新しい宗教行為、文化行為をはじめたり、
新しい国造りをはじめたりしてきた、
というのが、我が国の歴史だったのです。

例えば、祇園祭は、
「平安時代の東日本大震災」ともいえる
貞観地震の直後に、
時の天皇であった清和天皇が
神の怒りをおさめるために始めたお祭り。

そして、清和天皇は、
この災害を「天罰に違いない」と考えます。

そして、それまでの政治が如何にして
「悪政」だったのか・・・を反省し、
民を慮る「減税」を行ったと言います。

あわせて、被災した東北の民を、
その地震までは「蝦夷討伐」の対象としていたのですが、
その地震を契機に、被災者を慮って討伐をやめ、
むしろ彼らを助けるための「復興事業」をはじめたと言います。

だとすると、
当時の東北の民にとっては、
その災害こそ「天罰」ではありましたが、
それをきっかけに始められた政治の転換は、
彼らに「天恵」をもたらしたわけです。

つまりその「サイガイ」は、被災者達に
「サイワイ」がもたらしたわけです。

実際、民俗学者の宮本常一は、
現代でもこうしたプロセス経て、
災害が地域に「サイワイ」を
もたらさすことが多々あることを指摘し、
それを「サイガイがサイワイになりました」
という論説にまとめています。

こうした、天災を天恵に変える対策は、
まさに21世紀の今、東北、
そして日本全体で求められているものです。

しかし、平安時代にできていた「民のための政治」が
この平成の御代で十分にできないのは偏に
その天災を「天罰」と捉え、
反省し、政治のあり方を改善しようとする精神が、
現代日本の政治において不十分だからなわけです。

だからこそ、今の政治において求められているのは、
その天災を「自らの不徳の致すところの帰結なのだ」
としっかりと自認し、
謙虚に政治のあり方を見直す精神なのです。

度重なる平成の大災害を目の当たりにした我々が、
それを天罰=天譴(天譴)と捉える
 「平成天譴論」
をしっかりと展開し、
あるべき日本の政治を取り戻すためにも是非、
表現者クライテリオンの最新号
「思想としての防災」
をご一読ください。

(定期購読10%割引)はコチラから、
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本号だけの購読は例えばコチラから。
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追伸:
言うまでも無く「平成天譴論」を展開するなら、貞観地震の直後に「減税」を果たした清和天皇と同様、被災者含めた全ての民の貧困をもたらす「消費増税」を凍結することが今、何よりも求められています。表現者クライテリオンの
「別冊:消費増税を凍結せよ」
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B07JHJV5XV
も、筆者の
「10%消費税が日本経済も破壊する」
http://ur0.biz/MCc2
も、平成天譴論に基づく必然的帰結、とも言えるでしょう。

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