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【平坂純一】修羅道を行く フランス保守政治家 ジャン=マリー・ルペン伝

平坂純一

平坂純一 (雑文家)

 初めまして、平坂純一と申します。表現者塾出入りなさった方にはお久しぶりかもしれません。当雑誌で「メディア情報瓦版」「保守のフランス史」を書いております。今回は当メルマガの「奇人枠」としてお声掛け頂けたと理解しています。どうぞよろしくお願いします。シマはフランス人文学、芸能と芸術、古い日本映画。趣味は将棋と水泳です。

 ご存知の方おられましょうが、タイトルにあるジャン=マリー・ルペン氏の自伝『メモワール』の翻訳作業を進めています。さて、ルペンに対する世間のイメージといえば、国民戦線の党首マリーヌの父親、コワモテ、ナチ関連で危ない発言をした、暴力沙汰、移民排斥、親子喧嘩、差別者、右翼、暴君・・芳しくありません。じゃなきゃ、「知らない」かでしょう。大きく報道されることも稀です。
 しかし、考えてみれば「言い出しっぺの自由・民主・博愛」「穏健なリベラル」「プライドだけは高い国」であるフランスで、仮にも右を標榜できる人物は相当なタマではないか?なぜに政党の看板を保てるのか?なぜに大統領選挙の決選投票でシラクと競れたのか?我々には謎が多い。ヨーロッパがEUの反動で右傾化しつつあり流れとは別に、根底に流れるフランスの保守派の存在が浮かび上がります。

 1928年、ブルターニュ地方のモルビアンに生まれています。連載でも指摘しましたが、いわゆる「おフランス」な香りのしない地方の漁師町であり、自律的な共同体の悪ガキとして過ごします。キャラ的に8人兄弟の末とかだ思っていましたが一人息子。私もそうですが、家の中に同世代がいないと、自分を大人と勘違いして異様にマセて育ちます。早い段階で文学や古典を読み漁り、その内的な反動でケンカ三昧の男だったようです(この点、あまり変化がない)。この二面性は随所に立ち顕われて面白い。
 彼の人格形成で重要なのは、祖父の代からの漁師の家であることです。年端も行かぬ時期から父と祖父と海に出、汗を流している描写は、軽い言葉ですが「命がけ」です。かつては帆船であり、ナチの統治下では自由も利かない。多少の金銭はある家ですが、身体を使って自然と闘うことを生業とする家で働く少年の血は限りなく濃い。彼はナチスの仕掛けた機雷によって、父を失います。後に、レジスタンスに少年兵として加わっていますが、共産党系(日本でも喧伝される)それではなく、単なる愛国者の蜂起だと述懐しています。母親に隠した父親の形見のピストルを忍ばせ、家を飛び出します。
 乱暴者ながら勉強は出来ましたし、公的な関わりを持つことに駆り出させます。神学教育を受けた後、彼はパリで法学を学びながら学生運動にアンガージュします。1953年、オランダ大洪水が起これば義勇軍として参画、同年にはフランス外人部隊に所属してインドシナ戦争に従軍してもいます。この時の彼の姿は、単騎で野を駈ける騎士のようで、最初に記した「狂った右翼男」といった類の一面性は溶けてなくなります。むしろ、父を失った悲しみを公に尽力することで忘れんとする、繊細な青年の相貌があります。よって、反ドイツなどの過去のルサンチマンや、共和制そのものへの批判は一切ありません。

 この勇気ある青年の姿は戦後の国民のスターとなり、フランス史上最年少の27歳で当選します。日本で馴染みのない1956年の「プジャード運動」に加わります。この運動は、行政の小売商に対する強制課税が横行、徴税官吏が店の中は荒らすわ、国家の理不尽に対する反抗から起こります。日本の某国営放送局どころではありません。彼は正しいポピュリストでした。
 その後のドゴールの台頭はブルジョワと英米の結託、すなわち国を上から野革命で統治するわけですが、1958年アルジェリア問題でルペンは反発します。彼が言うには「ドゴールがアルジェリアを見捨てた」のです。この件はフランスが英米に丸め込まれた政治的敗北、また植民地で融和する現地人との離別を意味しており、以来ドゴールとは再三の政争を繰り返します。これらの運動と政治観は彼の情念の源泉が、つまりヒトラーだのヴィシーだの政府等とは別の次元で、純粋に戦前と戦中からの連続性にあるからだと考えられます。ただただ、トンガって人を殴って暮らしていたと思ってはなりません。手元に数字はありませんが、戦後すぐのフランスはルペンら「戦前派」あるいは「民衆派」がドゴールや共産党と台頭に戦ったことが判ります。

 その他、シノギに作ったCDレーベル、アルバイトで炭鉱や女性事情、パリの娼婦事情、エキセントリックな旅行記など、彼があえて選ぶ修羅道には多様な味があり、凡そレッテル張りしていい男ではありません。また、国民戦線が分裂した際の張本人マリーヌへの思いも綴っており、読者サーヴィスも濃い味が効いています。
 この「メモワール」は第一巻、1960年代前後までが記されており、フランス国内では品切れ状態にあります。先日、続編が発売されている。おそらく遺稿でしょう。日本での出版はKKベストセラーズから来春の予定です。最後のフランス人のことばを是非、お手に取って頂きたい。

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