昨日、『表現者クライテリオン』の最新号が発売されました。今回の特集は、「菅義偉論――改革者か、破壊者か」です。
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特集の冒頭には、菅総理を若手時代からよく知る古賀誠氏、亀井静香氏へのインタビュー(聞き手は藤井編集長)を掲載しています。お二人とも、菅総理が竹中平蔵氏に象徴されるような新自由主義路線を進みつつあることに懸念を示しておられるのですが、印象深かったのは政策論よりも人物評ですね。
古賀氏によれば、菅総理の生きがいは仕事だけで、よもやま話をするのは苦手であり、息が詰まるぐらい管理が細かく、朝の散歩の時すら常に背広姿であり、「ほとんど背広を着て寝ているようなもの」だそうです。また亀井氏は、「酒もタバコもやらないってのもちょっとね、女も聞かねぇな。そしたら何のために生きてるのかな」「あいつと酒飲もうとは思わんな」と評しています。
この「くそ真面目」ともいうべき人物像は、「秋田の農村から東京・横浜へ出て苦労を重ねた叩き上げの仕事人」という、一時期ワイドショーでよく語られたストーリーにも合致するので、世間では好印象の材料となるのかも知れません。実際、安倍内閣の官房長官時代、特に「令和おじさん」のあだ名が付いた直後の時期には、人物として好感を持つ人が多かったですよね。「良い意味で地味」といったところでしょうか。
学術会議問題やGoTo騒動で不評を買っているので、最近はそう印象が良いわけでもないのでしょうが、1年ほど前には私も、近所の喫茶店で女子高生がスマホの画像を見ながら「菅さんめっちゃ可愛いわ〜」などと語り合っているのを目の当たりにしました。そんなのはテレビ番組のヤラセか、ネット上でのみ語られる都市伝説のようなものだと思っていたので、驚きましたね。
しかし今回の特集を通して読むと、菅総理の「真面目さ」について、全く違った解釈をしたくなってきます。簡単に言うと、その真面目さは「苦労の多い人生経験に裏付けられた素朴で堅実な人柄」の表れなどではなく、ある種の人々に対する「恨み」や「嫌悪感」を根に持った「執念深さ」なのではないかということです。
それを政治評論家の泉宏氏は「エリートへの反発」と呼び、文芸批評家の浜崎洋介氏は「『よそ者』の前に立ちはだかる日本的共同体への憎しみの感情」だと分析し、歴史家の與那覇潤氏は「中間集団の世界に対する嫌悪感」と表現しています。それぞれ強調点は少しずつ違うのですが、これらの論評に共通しているのは、日本社会を実質的に動かしてきた既成の権力や、共同体的な意思決定システムに対して、菅氏が長年に渡りコンプレックスやルサンチマンを抱いており、その反発心こそが権力追求の意欲と急進的な改革への原動力になっているのだという見方です。
いわゆる「既得権益」と呼ばれるものは、社会構造の安定のために必要と思われることも多いですが、実際にその不条理さに直面すると、確かにそれを打破してやりたいという衝動がこみ上げてくるものではあります。問題はその衝動が、弱者への共感に根差したものとして成熟するか、強者への妬みや恨みとして暴走するかの違いで、仮に菅総理の政治家としての本質が後者に属するとすれば、新たな既得権を打ち立てるだけに終わる可能性がある。それが、今回の特集サブタイトル「改革者か、破壊者か」に込められた意味合いです。
福沢諭吉は、世に言われる悪徳はどんなものでも場面・強弱・方向によっては美徳に転ずることがあるが、「恨望」だけはどう転じても悪徳でしかなく、「衆悪の母」(諸悪の根源)なのだとまで言いました。また京都学派の哲学者三木清は、どんなネガティブな情念も天真爛漫に現れさえすればある美しさ伴うものだが、「嫉妬」だけは天真爛漫ということがあり得ないと述べています。我々のリーダーの行動原理が「恨み」や「妬み」に根ざすものであるか否かを見極めるのは、それだけ重要なことなのです。
詳しくは、昨日発売された『表現者クライテリオン』最新号をお読みいただければと思います。
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ちなみに「表現者大学」では、人文社会科学の古典を読むオンライン読書会を今年の10月から開催しており、毎回50名以上(表現者塾の塾生も参加できるため)の方が参加されて大盛りあがりとなっています。12月26日(土)の回は、私が進行を担当してニーチェの『道徳の系譜』を扱うのですが、この本は「ルサンチマン」が正義を装ったような言説や振る舞いを扱き下ろすもので、図らずも本誌最新号のテーマと重なるところがありますね。関心がおありの方はぜひ、下記リンクからご入会ください。
https://community.camp-fire.jp/projects/view/279775
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