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【特別座談会】人はなぜ「故郷」を求めるのか?③

啓文社(編集用)

啓文社(編集用)

前回に引き続き、『表現者クライテリオン』最新号(2023年1月号)に掲載された、2022年12月に発売が開始した仁平千香子著『故郷を忘れた日本人へ――なぜ人は「不安」で「生きにくい」のか』(クライテリオン叢書第二弾)の刊行を記念して行われた座談会の内容をお届けします!


【出版日】2022/12
【著者】仁平千香子
【出版社】啓文社書房
※本書は2020年から2022年にかけて『表現者クライテリオン』にて連載されていた記事を加筆修正、新たに書き下ろし部分を追加しまとめたものです。

 

【特別座談会】
人はなぜ「故郷」を求めるのか?
人の「強さ」と「弱さ」の由来をめぐって

仁平千香子×藤井 聡×浜崎洋介

 

「表現者賞・奨励賞」を受賞して後に本誌に連載された仁平千香子氏の「移動の文学」が、二〇二二年十二月、ついに『故郷を忘れた日本人へ──なぜ私たちは「不安」で「生きにくい」のか』(クライテリオン叢書・啓文社書房)として上梓される。どうして「故郷を失った文学」(小林秀雄)や、「ハイマート・ロス」(ハイデガー)は問題なのか。著者の仁平千香子氏を迎えて、改めて、私たちの「強さ」と「弱さ」の由来を問う、新刊記念座談会!

 

<前回の配信はこちらから>第一回→https://the-criterion.jp/mail-magazine/230111/

             第二回→https://the-criterion.jp/mail-magazine/230112/

 

 

リスクを引き受けることで得られる安心

浜崎▼ところで、この本の中で、伊藤亜紗さんの『手の倫理』を引用されて、盲目の女性の話がされてますよね。

街に出ると「助けますよ」と声をかけてくれる人は多いんですが、その一方で、常に他人の顔が分からないから、「騙されたら…」という恐れもある。とはいえ、断るのもおかしいので、他人の厚意には常に「はい」と答えて生きている。

でも、恐れの中で、他人に対する「浅い信頼」を作ることに慣れてしまった彼女は、ついに、結婚した夫に対してさえ、「この人に全部預けていいんだろうか」と不安になってしまう。つまり、彼に全部預けてしまったら、自分は自立できなくなってしまうんじゃないかという恐れによって、夫に対してさえ噓の「はい」しか言えなくなっている自分に気づくんですね。

 

 でも、これこそ故郷喪失者、あるいは、近代個人主義者の悪循環でしょう。人を恐れているから、人に頼らなくても生きて行かなきゃいけないと思い、そう思い込んでいるから、自分の身体を他者に明け渡すことができなくなってしまう。

しかし、そうなると、いつまでたっても他者との間に深い信頼関係が作れないから、本当の安心も手にできないと。

 

 でも、最後に、その女性は、夫に全信頼を寄せると決めた時に、こう言うんですね、「ああ、もうやめよう。生き残ることを考えるのは」と。

要するに、安心・安全を手放すという危険を選ぶことによって、逆に、本当の安心を手にするという逆説が書かれている。

 

 しかし、これぞコロナの教訓であると同時に、文学的説得のあり方でしょう。

 

仁平▼コロナの話にもつながりますが、皆さん恐怖や不安を考えることで、自分たちを守ろうとしたところがあるじゃないですか。恐怖が生まれるほど、外からの声に動かされやすくなって、もともと弱かった人がもっともっと弱くなっていきます。

 

 でも、その盲目の女性の話だと、思い切って諦めて信頼するんですよね。疑うことで自分を守ろうとしていたことを諦めて、信じるという、彼女にとってはすごく危険を冒す行為によって幸せを得られたということです。

 

 となると、本当の幸福とは何だろうという話にもつながります。不安と恐怖に怯えている人って、幸福からは一番遠いわけですよね。怯えているということは、まず外が怖い。そして信じられない自分も怖い。実際に現実は一つだけれど、その現実をどう見るかは一人ひとり違いますよね。

その一人ひとりによって浮かび上がる現実は違う形をとっていて、それを敵にするのか味方にするのかは、自分に委ねられているわけです。もし外が怖いという現実を作っているのであれば、敵は自分の内側にいるんじゃないかと。

 

藤井▼おそらく、自分が一番恐ろしいものだということを何となく分かっている人なら、コロナなり何なりを「あまり怖がっていてもしょうがない」とどこかで飛躍ができると思います。どこかで論理を停止しないと、「無限後退」になるわけで、その感覚を持たせるのが文学の力なのだと思います。

だから、コロナが怖かった人とそうでない人は、文学的な素養がある人とない人という言い方ができるのではないかと思いますね。この軸は相当でかいですよ。

 

浜崎▼本当にそう思います。文学でも映画でも音楽でもいいけど、「動いている」ものに僕たちが本当に心を動かされる時は、まさに世界とのミメーシスが起きているわけです。そのミメーシスが社会的に正しいかどうかなんかは関係ない。

まさにミメーシスの中で、私たちは「見る前に跳んで」いるんですよ。その飛躍のあり方を知っている人は、さっき話した盲目の女性と同じように、やっぱり、危険の引き受け方も知っているはずなんです。

 

藤井▼そういうことを色んなエピソードや小説をもとに書いてはるんですよね。

 

仁平▼そうですね。金原ひとみさんの小説『マザーズ』の話を出したのですが、これは生命の誕生はそもそもリスクでしかないんだという内容で、ちょうどコロナで「あれも怖い、これも怖い」と言われていた時期だったので、「生まれてくること自体がこれだけリスクなんだよ」という当たり前の事実を言いたかったんです。

「マスクさえすれば」とか「ワクチンさえ打てば」とか言われていたけれど、そんなに現実も人間も単純ではありません。

 

 思考する人間は疑問を持つので、まず立ち止まりますよね。どんどん流れてくる情報に対して立ち止まって、自分で判断してどの言説が自分にとってしっくりくるのか選ぶというスタンスがとれるわけです。

けれど、もともと軸がない人は大きな声の人に簡単にすぐに飛びついてしまい、しかもその大きい声はどんどん変わっていきますよね。そのたびにあっちに行ったりこっちに行ったりして疲れてしまいます。

 

 解決策は自分の中に軸を作ることで、そのためには思考する必要があり、思考するためにはまず学ばなければいけないわけです。私にとってはそれが文学だったんです。

小説を一冊読めば、そこにある情報量はものすごく多いわけで、その物語の社会的バックグランドもあれば、歴史も文化もあり、読み終わった後に得た知識は相当なものになります。もちろん、いい文学を読んだ時の話ですが。

 

藤井▼もちろんそうだと思いながら申し上げるのですが、文学を読むにも、「体験」がゼロでは読めないですよね。

殴られるのが痛いとか、傷つけられて悲しいとか、そういう体験がない人間がどれだけ繊細な文学を読んでも、「何やこれ?」となりますから。だから小説は「体験を拡張する装置」としての意味はすごくありますが、拡張させられるべき「原初的な体験」は、小説を読む以前にどうしても必要なんでしょうね。

 

 しかも、「コロナ自粛」ごときの問題なら、小説なんか全く読まなくても、一般的な日常体験さえあれば、何が正しいのか自ずと分かるだろうとは思います。そして、そんな体験の集合をあえて一言でいうとするなら、それが故郷というべきものとなるんだろうと思います。

故郷には体験がいっぱい詰まっている。そして、小説が経験を拡張するとするなら、故郷をさらに拡張していく力を小説が持っているのだと言えるのでしょうね。

 

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今回はここまで。次回配信は1/16(金)の予定です。

本座談会は『表現者クライテリオン』2023年1月号(p115~)に掲載されています。

<前回の配信はこちらから>第一回→https://the-criterion.jp/mail-magazine/230111/

             第二回→https://the-criterion.jp/mail-magazine/230112/

 

さらに!「表現者クライテリオン公式YouTubeチャンネル」では仁平千香子著『故郷を忘れた日本人へ』の刊行を記念した
【仁平千香子出版デビュー記念鼎談】故郷を忘れた日本人へ~なぜ、私たちは「不安」で「生きにくい」のか~」が公開されています!
こちらも併せてご覧ください。

ご視聴はこちらから→ https://youtu.be/TiOeu0DzU5A

 

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本誌では『「反転」の年 2022-2023 戦争、テロ、恐慌の始まり』をテーマに2022年を振り返りつつ、2023年には何をすべきなのかが特集されています。

【特集座談会】
二〇二二年を振り返る 戦争・テロ・恐慌の時代への大転換/仲正昌樹×吉田 徹×藤井 聡×柴山圭太

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