皆様こんにちは。
前回に引き続き、『表現者クライテリオン』2022年5月号(通巻102号)から2022年9月号(通巻104号)にかけて連載されていた鈴木宣弘先生×藤井聡先生による対談〈「農」を語る〉を全6回に分けてお届けします!
鈴木宣弘×藤井聡
農は国の本なり。
その姿を立体的に示すことを通じて保守思想を語る。
藤井▼ところで、せっかくの機会ですのでぜひ教えていただきたいんですが、「農」という言葉の意味は、一般に大学ではどういうふうに教えてらっしゃるのですか?
鈴木▼とおっしゃいますと?
藤井▼僕のイメージとしては、国土あるいは土木を例に出しますと、土木というのはもともと「築土構木」という由来がありますが、その意味は「この国土に人為で働きかけて、富や恵みをいただきながら国土とともに共生していく」ということです。
だから、土と木という、自然にあるものを人為で整えたり、その環境を整えることで恵みをいただきながら暮らしていく、というのが土木という人類の営為だと認識していますし、そういうふうに、僕の大学の講義でもまず、最初に教えているのですが、僕の中で「農」という言葉のイメージもこれとほぼ一緒なんです。
農が土木と違うのは、そこに「食」という概念が中心にあるかないか、ということであって、そこに「食」という概念があれば「農」という営為となり、そうでなければ「土木」という営為となる、ただしいずれも、自然に働きかけて恵みをいただく営為だ、というイメージがあるんですが……。
鈴木▼なるほど。一緒ですね。もうその通りですよ。
まさに、二酸化酸素と土と水があって、そこに太陽が降り注いで、それらを最大限に使った恵みで植物が育つわけじゃないですか。また、それを人がいただいて、家畜も食べて、そこから出てきた糞尿やし尿も還元していく。これら自然のエネルギーを完全に永遠に循環した恵みを、我々はいただくのです。
藤井▼道教では全宇宙の道(タオ)の流れというものを想定しますが、その循環のサークルの中に「はめる」と言うか「働きかける」と言いますか、生態系の中の小さな存在として生きていくための技術、営為というのが、「農」であり「土木」だと思うのですね。
例えば、斎藤幸平という若い経済学者がおられる(著書に『人新世の「資本論」』集英社新書)。
最近、彼は「実はマルクスが自然のサイクルに従って生産活動をしなきゃいけないと言っていた、そんな環境時代の経済産業の在り方を考えるために、今こそマルクス主義が大切だ!」なぞと主張しているのですが、それを耳にした途端、「いや、あなたやマルクスがそんなことを主張する遙か以前の段階で、土木や農でそれずっとやってきてるんです、土木を象徴する“大国主”や、農を象徴するお伊勢さんの時代から、ずっと自然のサイクルの中でいかに人々の営為を当てはめていくのかが、土木と農の基本そのものなんです!」って思わず叫んでしまいそうになります。だから斎藤さんのああいう論調を耳にするといつもイライラするんですね(笑)。
「環境制約」なんて言葉もありますが、“制約”じゃなくて、“環境と共に生きていく”ということが人類の基本であり、条件であるべきなんです。だってそもそも我々の頭の先から足の先まで、全部自然物なのですから。
それにもかかわらず、自然と共に生きていく営為を考え続け、実践し続けた農や土木を馬鹿にするというのはね、人間を馬鹿にするのと同じだと思うんです。だから、農や土木を蔑ろにしたり否定する輩は人間じゃない!……と僕は思うのですが……言い過ぎでしょうか(笑)。
鈴木▼いやいや、本当そうですよ。そういう感覚は、あらゆるものの基本中の基本ですよね。我々は生きていると同時に、生かされている。その営みをしっかり続けていくという自然循環・循環経済の源が、農であり土木であるわけですから。
藤井▼そうですよ。だから例えばもう、経産省なんてのはかなりの部分が腐ってしまっていて、農や土木の思想があらかた蒸発してしまっている。そして、この世界から農や土木の思想を完全に蒸発させきった後で残るゴミみたいな残りカスが、新自由主義なわけですよね。
藤井▼だから先ほどの鈴木先生のお話をお聞きして改めて思いましたけど、みんなが伊勢志摩の自然の中に生まれて育っていたら、そんな残りカスのゴミみたいな新自由主義者なんてこの世から消え去って、日本はもっと良くなっていたんだろうなと思いますですね。
鈴木▼そうですかね(笑)。
藤井▼絶対そうです! 私が生まれた奈良県生駒市というのも都会に近い中途半端なところですけど、生駒山というものがありまして、大阪の都市化エネルギーというのをそこで遮断してくれています。万葉集の「ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川」で有名な竜田川の近くに僕は生まれまして、そこでザリガニ取りやら魚釣りなんかをやりながら十五歳まで生きていたということと、今の僕のこの活動や研究とは、完全にリンクしている感覚があります。
鈴木▼いや、すごくわかります。あそこは空気も素晴らしいですよね。飛鳥とか吉野とか。私も農水省に入って、研修で一カ月間、吉野山の柿農家に行ったことがあるんですけどね。
藤井▼あの辺は柿というと、もう道路にボタボタと落ちてるもんだから、食べるものとは思っていなかったくらいです(笑)。
鈴木▼そう。それぐらい豊かな自然の中で、その万葉の空気に、私はすごく心地良さを感じましたよ。
藤井▼誠に僭越ではありますが、実は鈴木先生と僕は、感覚というかなんというか、とても似ているのではないかと……。きっとだから僕は若い頃、鈴木先生のご実家のスグ横にある御座(ござ)(伊勢志摩の先端の港町。御座岬がある)が大好きになって、何年も何年も足繁く釣りやら何やらで毎週毎週、遊びに行っていたんだと思いますよ。
鈴木▼私は伊勢神宮にもよく行く方ですが、伊勢神宮の中で農業の講演もさせていただいたこともあります。
藤井▼それは素晴らしいですね。
鈴木▼少し前には、伊勢神宮で「農業の担い手問題」というお題でお話をさせてもらいましてね。その時、一番前の客席におられた地元の方にちょっと気がつかなくてですね、「農家はちゃんと家を継ぐようにせんといかん」って言ったら、終わった後に、「お前、自分ちの田んぼに松の木やして、何が担い手や」とえらい怒られました(笑)。
藤井▼いや、でも役割分担がありますから。現場でやっている方と、大学で研究する方とがそれぞれおられて、その上で協働するチームができるといいですよね。 鈴木▼そう言っていただけるとありがたいです。
藤井▼例えば僕は、鈴木先生がおられなかったら、農業に対する理解はこんなに深まることなかったです。
鈴木▼よく言いますよ。藤井先生こそ私の師匠ですよ。歳は十ぐらい私より若いですけど、尊敬しているんです。やっぱり、農が基本であり本だということを、はっきり言ってくれると、農業をやっている人もすごく元気が出るんですよ。大規模稲作経営者の全国大会の時にも、藤井先生は講演をしてくださったじゃないですか。もう皆さん本当に、元気もらいましたとおっしゃっていましたよ。
藤井▼いやもう、鈴木先生と同じデータを使って、同じことを話させてもらっただけですから(笑)。
鈴木▼いや、違いますよ。私の話を聞くと暗くなるとも言われますからね。農業消滅だとか、こんなに農業をいじめてどうするんだ、みたいなことを言うとね、マイナスのイメージが強くなるでしょう。でもね、「これだけ大事な農を、みんなで頑張ってやっていこうじゃないか」、「現場の人を支えていこう」ってね、本当に心から思うのです。しかしメディアでは、農業は過保護だ何だって噓つかれてるでしょう?
『表現者クライテリオン』2022年9月号 『岸田文雄は、安倍晋三の思いを引き継げるのか?』
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