【木村史人】「AIは、世界の意味を空疎にする」

表現者クライテリオン事務局 (規準社)

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AIは、世界の意味を空疎にする

木村 史人

AIが全面化した社会とはいかなるものか。
そこではどんな実存的な問題が生じるのか。
思考実験的に思索してみたい。

はじめに

編集の近藤氏より「AIは私たちから何を奪うか」というテーマで寄稿の依頼を頂いたとき、筆者がしてみたのは、AIの Copilot に、『表現者クライテリオン』とはどういう雑誌か、この依頼を引き受けるべきか、を聞いてみること であった。 Copilot の回答はなかなか秀逸で、

「史人、その相談はかなり重要だね。結論から言うと、『受ける価値は十分ある。ただし“どう受けるか”を慎重に設計した方がいい』というのが現実的な判断になる。[以下略]」

というものであり、メリットとデメリットを説明してくれた。また、本特集の詳細を伝えたところ、筆者の研究テーマ(ハイデガー、アーレント)を踏まえて、こんな順番で書いたらいいんじゃないか、という提案をしてくれ、最後には、

「もしよければ、このテーマで実際に寄稿するための『企画書(400字)』と『構成案(見出し)』を作るよ。それとも、もっと攻めた内容にしたい?」

と質問された。筆者はここで質問をやめてしまったが、続けていれば、企画書と構成案の次は、論文の下書き、そして実際の執筆までしてくれただろうし、それなりのクオリティの論文となっただろう。報酬やある程度の評価という〈結果〉だけを求めるのならば、AIに任せてしまうことが最適解となるかもしれない。

しかし、筆者は今こうして原稿を自分の手とパソコンを使って書いている。それは、AIに任せたときに失われるものがあると考えるためだ。本稿では、AIが全能化した社会で失われるものについて、哲学、特に実存主義という立場から論じてみたい(1)。

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1 AIは何を奪うのか

本特集のテーマである「AIは私たちから何を奪うか」からは、AIに対する危惧を読み取ることができるが、しかしそれは正当なものであるだろうか。工場が機械化した際のラッダイト運動が象徴的なように、ヒトは自分が慣れたものに固執し、新しいものに対して抵抗を示しがちである。AIが人間の仕事を代替し奪ってしまうことは、現在それを「生きがい」としている当人にとっては辛いことであるだろう。例えば、現在ウーバーイーツの宅配に「生きがい」を感じている者は、それがAIに操作されたドローンに代替されたとき、「生きがい」を奪われることになるだろう。

しかし、馬車が主な交通手段であった時代にあった職業(例えば、馭者)が鉄道や自動車の普及によってなくなったが、新たな職業(例えば、運転手)が生まれたように、新たな技術によってそれまでの仕事がなくなるが、新たな仕事が創発されるということは、人類史上、幾度も繰り返されてきたことであり、本質的な問題ではないだろう(2)。

また、仕事がAIに代替されてしまった場合、金銭を得る手段がなくなってしまう、ということが懸念されることが多い。しかし、そういったことはAIが全面化する過程では起こるだろうし、その手当ては必要であるといえるが、筆者が本稿で思考実験的に想定する、AIが全面化/全能化した社会とは、現在人間が生み出しているサービスのほとんどをAIが生み出す社会であり、イーロン・マスクが予言するように、そもそも金銭が不要となる可能性が高い(3)。そうなった場合は、AIの全面化は、すべての構成員が一定の生活水準を保証された社会の成立に寄与する可能性がある。無論、富の不均衡が起こる可能性はあるし、現実的にはそうなる可能性のほうが高いだろう。しかし、現在の社会でもそうした不均衡は存在しているように、AIの全面化に特有の問題ではなく、社会をどのように構成するのかという政治的な問題であるといえる(4)。

2 学びの変質

1で論じたように、AIが奪うものとしての仕事については、本質的な問題ではないと考えている。筆者は、AIが奪うものとは、広義の「学び」であり、それにより形成される意味の世界である、と考える。

2・1 AIは「学び」を不要とする

まずは、学問、つまり「学び」とはどういう営みなのかを、ダントの物語文を用いて考察したい。ダントによれば、変化を説明し、過去を組織化することが「歴史の課題」であり、その際に用いられる物語の最小単位が、変化を説明する「物語文」であるとされる。「物語文」とは、ある〈始まり〉から〈終わり〉への変化を説明するという意味で、「中間を満たす」(Danto 1980、372:二八一)ものである(5)。

ダントの物語文を用いると、何かを学ぶこととは、第一に、「わからない/知らない」という〈始まり〉から、「わかった/知っている」という〈終わり〉への変化[インプット]であり、第二に、学ぶこととは、それまでにはできなかった〈始まり〉→〈終わり〉が可能となること[アウトプット]として整理できる(6)。例えば、漢字を学ぶこととは、それまでには知らなかった漢字を知ること[インプット]であるとともに、それまではできなかった、漢字を使って文字を書くことや漢字で書かれた文章を読むことができるようになること[アウトプット]といえる。

生成AIの発達は、第一に、……

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【注釈】

(1)筆者は、主にハイデガーやアーレントといった哲学者の思想を研究しており、本稿での議論もそうした研究を土台としているが、紙幅の都合もあり、本稿ではそれらの思想を厳密に解釈するという立場を取らない。 [本文へ戻る]

(2)NIPPON.jp 「AIは仕事を奪うのか?──雇用破壊論と“仕事の再定義”の現実」。その他、AIと労働の問題については、省庁の資料も参照した。総務省『平成28年版 情報通信白書』第1部第4章第3節。厚生労働省「AI等の新たなテクノロジーが雇用に与える影響について」。 [本文へ戻る]

(3)ビジネス+IT「イーロン・マスクが予言する、2026年AGI後に人類を待ち受ける『悲惨すぎる』運命」。 [本文へ戻る]

(4)労働に関する問題以外に、AIを〈他者〉とみなすことの危険性についても議論となることがあるが、本稿では紙幅の都合上、検討することができない(清水2026)。 [本文へ戻る]

(5)ダントの物語文の構造と、それによって意味一般が構成されていることについては、木村2025で詳細に論じた。 [本文へ戻る]

(6)[インプット]と[アウトプット]という整理は、便宜的なものであり、厳密なものではない。というのは、第一に、漢字の学びが可能にするのは、その漢字を書くというアウトプットだけではなく、書かれた漢字を読むことができるというインプットでもあるためである。第二に、2・2で論じるように、アウトプットそれ自体が、その結果からのインプットという性格を持っているためである。 [本文へ戻る]

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