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歯科―シンデレラにはガラスの靴を―

七里正昭(35歳、団体職員、福岡県)

 

 ―シンデレラは灰だらけの粗末な服を着て、働きづめでした。―

 「日本に過剰自粛は存在しない」などという言説を、ほぼ全ての歯科関係者は信じない。コロナ禍の日本で、歯科には過剰自粛の暴風が吹き荒れた。

 私は歯科医師ではないが、歯科医師が加入する団体に事務局として勤務している。昨年四月、厚労省は「不要不急の歯科治療は延期せよ」と解釈できる通知を発出。これをマスコミが「歯科では感染リスクが高いから」としきりに報じ、来院患者数が激減。地域歯科医療は崩壊の危機に直面した。

 コロナ禍の前から、歯科関係者は多くの手枷足枷に縛られていた。「悪徳歯医者」「やってはいけない歯科治療」といった報道タイトルに象徴される偏見。長年、低く据え置かれた政府の歯科医療予算。公的健康保険の歯科診療報酬はコスト計算に基づかないために赤字。特に銀歯材料の市場価格が高騰する一方、公的価格が追いつかずに大幅赤字となり、非常に厳しい。一瞬も気が抜けない過酷な長時間労働という点を考慮すれば、歯科院長の収入は決して高くないのだが、その収入からこれらの赤字を補填せねばならない。

 ―魔法使いが杖をひとふりすると、シンデレラの灰だらけの古い服が、素敵なドレスに変わったのです。―

 しかし、いかなる偏見も誤解も、歯科医療の根源的なかがやきを覆うことは不可能だ。
 歯科治療を通じて新型コロナ感染が拡大した事例は、現時点で報告されていない。常に口腔という繊細な領域を扱い、歯周病という世界最大の感染症と向き合う歯科関係者は、感染拡大防止対策のプロフェッショナルだからである。それゆえの結果なのだ。
 昨年末、社会に激震が走った。歯周病菌が体内に侵入すると、認知症の七割を占めるアルツハイマー病の原因物質アミロイドベータの脳への蓄積量が通常の十倍に増えることが解明されたのだ。研究者は「歯周病の治療や予防で、認知症の発症や進行を遅らせることができる可能性がある」と指摘する。
「歯科は生命と関わりがない」という古い観念への革命は進む。心筋梗塞、脳梗塞、がん、糖尿病、リウマチ、早産、骨粗鬆症、エイズ、肥満、転倒など。こうした全身の疾患・症状の予防・改善に歯科治療が寄与することが、近年の研究で明らかになっている。時計の針が夜の十二時を指しても、この「魔法」は解けない。

 ―シンデレラの足に、ガラスの靴はぴったりと合いました。―

 歯科関係者による専門的口腔ケアは、インフルエンザや誤嚥性肺炎の予防・改善につながる。そのため、専門的口腔ケアは、新型コロナによる感染や肺炎重症化の予防、インフルエンザなどによる災害関連死の防止に大きく貢献できるのだ。感染症拡大期や災害時に歯科を自粛させてはならない。むしろ、歯科をフル稼働させねばならないのである。
 藤井聡氏の広い総合知が発揮されている「感染列島強靭化論」。例えば、この理論に歯科の巨大な潜在能力を組み込めば、列島中に花びらをばらまくように、健康寿命は急伸し、日本国民の「生」がきらめくにちがいない。歯科を「公衆衛生」「社会保障」そして「安全保障」「国家戦略」として明確に定義すべき時代が既に到来しているのである。

 ―シンデレラは王子様と結婚し、いつまでも幸せに暮らしました。―

 私の周りの歯科医師たちは、公的健康保険で患者さんが医療機関の窓口で支払うお金の減免、消費税減税、積極財政による社会保障充実を訴え続ける。国民の貧窮と自身の貧窮は同時に解消せねばならないと決意しているからだ。「私こそが患者さんの生命を守るのだ」という強い使命感を胸の奥底で燃やす歯科関係者に「ガラスの靴」を。履かせてあげられるのは国民[あなた]だけである。