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【藤井聡】34歳男性サラリーマン(ペンネーム富士奇跡さん)のご相談にお答えします。

藤井 聡

藤井 聡 (表現者クライテリオン編集長・京都大学大学院教授)

先週金曜日に『表現者criterion』編集部から「皆さんのご質問、ご相談にお答えします」とご質問・ご相談を公募したところ、この週末に実にたくさんのメールを頂戴いたしました。
https://the-criterion.jp/mail-magazine/20180223/

もともと一週間後の金曜日にご質問に我々編集員の誰かからお答えする──ということを想定していたのですが、あまりにたくさんのご質問・ご相談をお受けしたので、まずは一つ、当方からお答えしたいと思います。

ご相談頂いたのは、34歳男性サラリーマンのペンネーム富士奇跡さん。

ご相談内容の詳細は文末に掲載いたしますが、簡単にご紹介すると、次の様な内容でした。

ご相談者である富士奇跡さんは、ご本人曰く「日本のいわゆる普通のサラリーマン」。大学で経済学を学び、ベンチャー企業に入社後、3度の転職を経て現在は大手石油会社に勤めておいです。

若い頃は、「構造改革派に近い考えで市場原理主義こそが正義」という考え方だったものの、地方(新潟)に転勤してから、地方の賃金の低さと格差の現実を目の当たりにし、当時の日本社会のあり方を真剣に考えるようになったとのこと。

ネット情報などを通して日本はアメリカに全く意見できない属国ではないか、と感じて、対米従属の色彩の濃い自民党に幻滅し、民主党政権に投票・・・・したもののやはり幻滅、その後の安倍総理にも期待したものの、やはりまたまた幻滅。でも、現政権は幾分マシなので、消極的に支持しておられるとのこと。

「最新のテクノロジーをベースとしたすごく現代的」な考え方もいいかもとも思うし、職場まわりでうろついている「何をしているんだかよくわからないオジサン達」もおかしいとも思う。でもだからといってただアメリカや外国をフォローしてればいいとは全く思わない・・・・という格好でいわば「思想の迷子」になっておられるとのこと。ついては

「私のような思想の迷子になっている人々に対して、先生方はどのように思われていますか?また何かアドバイスはありますでしょうか?」

というご相談を頂いた次第です。

この34歳の富士奇跡さんのお話を拝見した時、まず思ったのが、当方もそれくらいの時、あれこれ迷ってたなぁーーーという個人的な記憶。

当方が34,5歳のとき、筆者はちょうど西部先生と一番濃密にびったりと(笑)、時間を過ごしていた頃でした。で、その頃西部先生はよくこういうお話をして下さいました。

「藤井君はおおよそ35歳か。人間、知力と体力だけど、知力は50歳の時がピークで、体力は20歳の時がピーク。でも一番バランスがいいのが、それを足して二で割った35歳だよ。藤井君、君くらいの年齢が一番バランスのとれた一番良い年齢だよ。」

その時はなんだかよく分かりませんでしたし、今思い起こしても若者を激励するために少し「盛った」言葉だったのだろうなぁとも思いますが、よくよく考えると確かにそうとも言えるなぁと、しみじみと思い出します。

でも、逆に言うと、一番中途半端な年、とも言えるのが30半ば。

体力一発で乗り越えるには少々年老いてるし、知力だけで立ち向かうには少々若すぎる・・・・だから、富士奇跡さんの様に、「思想の迷子」として「何かアドバイスはありますでしょうか?」と質問したくなってしまう気持ちはホント、よく分かります。

きちんとしたお答えができるかどうか分かりませんが、まずは当方の35くらいの時のお話をご紹介したいと思います。

筆者は30、つまり孔子的に言えば「30にして立つ」の契機にスウェーデンのイエテボリ大学なる大学の心理学科に留学しました。そこで心理学を学び31に帰国。彼の地で学んだ心理学をまちづくり、くにづくりに反映すべきだ、と考え、思いを巡らし「公共心理学」なる授業を東工大で立ち上げつつ、政府にその実践を働きかけ、全国の都市での実践を徹底的に支援せん───と息巻いていた時期でした。

しかしそれと同時に、帰国直後から「西部塾」にも通いはじめ、まちづくり、くにづくりのような具体的な話でなく、思想、哲学の重要性を改めて認識しつつ、三島由紀夫が嘆いた戦後日本の虚構性について、筆者のこころが凍傷にかかってしまうほどに絶望的な気分に苛まれた頃でもありました。

つまり当時の筆者は、新しい実践的学問、学問的実践を打ち立て、展開すべしとの情熱(これが20にピークを迎える肉体的生き方、と言えるでしょう)と、西部塾で思い知った戦後日本のニヒリズム(これが50にピークを迎える精神的生き方、とも言えるでしょう)に引き裂かれていたわけです。

両者の間にはどうやったって矛盾がある。

だから両方を「同時」にまじめに考えてたら、頭がおかしくなりそうな状況だったと思います。それはちょうど、富士奇跡さんが今おかれている状況と重なるのかもしれません。

で、その時筆者はどうしたかというと───西部塾でのニヒリズムにも徹底的に向きあいながら、新しい実践的学問、学問的実践にも徹底的に従事していました。そうすることが戦略的に正しいだろう、とは一切考えず、ただ、両者に筆者の心身を浸し続けたわけです。

ではそんな両者を筆者はいかにして矛盾なく過ごそうとしたのかといえば──それは「循環」です。

決してそれは「均衡」ではない。

西部塾と学問実践、両者の間を「往復」し続けたのです(おそらくこのあたりの戦略が、西部邁という人物と、筆者との生き方の違いなのだろうと、今改めて気づいた気がします)。

AにいればBについて不満がでる、BにいればAについて不満がでる。でもAには実存的意味があるとしか思えない。同時にBについてもそう思う。だとすればAとBの間を往復するしかない。そうすれば、AはBのおかげでさらに高度化し深化すると同時に、BもまたAのおかげでさらに高度化し深化する。

・・・・これが筆者が行っていたふるまい方、というか生き方というか時間の使い方、でした(そしてもちろん、今日でもその「往復」というか「循環」を続けています。というかそれは今やもうすでにセールスマン問題のような「巡回」になっているやに思いますw)。

つまり筆者は西部流ニヒリズムと情熱的実践の間の矛盾を、「悩む」ことで無為に過ごすことを停止し、両者の真実を心の底から観賞し続け、心身を焦がし続ける道を選んでいた、という次第です。

なぜそれができたのかといえば───繰り返しになりますが、双方に「真実」があるとしか思えなかったからです。そして、そこに真実があるという確かな手ごたえがある限り、そこから逃げることを是とはしなかったからです。

以上が、富士奇跡さんに「先生方はどのように思われていますか?」というお問い合わせに対するお答えです。そして以上の思うこと、の中に「また何かアドバイスはありますでしょうか?」についてのお答えも含まれています。

つまり、目に触れた真実と思しきものに、逃げず、目をつぶらずに迷いなく近づき、惜しみなく自分の時間とわが身を捧げる。それは、偉大な人物の塾や大仰な政府活動や思想哲学であってもいいし、逆にどんなつまらないことでも構わない。目先の営業のルーチンワークの中にも、つまらないテレビ番組の中にも、大衆映画や大衆音楽の中にも、そこに真実と思しきもののかけらでも見出すことができたのなら、それを蔑ろにはしない

ただし必ずどこかで冷静な冷めた自分を持ちながら、そこには浸りきらない、なぜならそれは真実そのものではなく真実と「思しきもの」に他ならないからであり、かつ、それ以外にも真実と思しきものがいくつもいくつもあることを知っているからです───そうして、それぞれの真実と思しきものに(わずかな冷静さを残しながら)没頭しつつ、それらの間を循環、ないしは巡回し続ける───それをしている限りにおいて「悩み」は随分と小さくなるのではないかと思います。

───とは言え、筆者が34、5歳の時、どうにかこうにかこの様に生きようとしていたやに思いますが、どこまでキチンとこの様にできていたのか甚だ疑問ではありますし、なんと言っても、こんな風に自分がやろうとしているやり方を客観的に解説することもできなかったと思います。そういう意味で、齢50になってはじめて斯様に説明できるのだなぁと改めて感じた次第です。

お恥ずかしながらこれが公開の場での、「人生相談」に対する当方の初回答となりましたが(笑)、日々の身の処し方を考える上で参考になるなら、大変うれしく思います。

・・・・と言うことで以下がペンネーム「富士奇跡」さんのご相談内容の全文です。ご関心の方は是非、ざっとでもお読み頂いて、そういえば自分もこんな風に思うところあるよなぁ───等とお感じになってみて下さい。

(PS. ご質問や人生相談、ご希望の方は是非、info@the-criterion.jp(表現者criterion事務局)までお寄せ下さい。毎週(少なくとも!)一本ずつ、表現者criterion編集部・執筆者が全力でご回答差し上げます!)

【ペンネーム「富士奇跡」さん(34歳男性サラリーマン)からのご相談内容】

先日の表現者クライテリオンでのシンポジウム非常に勉強になりました。世間の空気や圧力に流されず主張し続ける言論活動の意味について、深く考えさせられ、良い刺激になりました。また一方的に発信するだけでなく、Q&Aの場も設けて頂き読者との対話の場も設けて頂いたことに感謝いたします。

今回は保守思想のあり方と現実の日本社会(特に民間企業に勤めるサラリーマン)との関係性についてご質問させて頂きます。少々長くなってしまいますので、万が一ご掲載頂ける場合は抜粋頂いて全く問題ございませんし、日本のいわゆる普通のサラリーマンの一意見として受け取っていただければと思います。

プロフィールの通り、私は社会人12年目のサラリーマンで世代で言えば川端さんと非常に近い世代です。今回の質問をさせて頂く背景として、簡単に小職の自己紹介と思想の変遷を紹介させて頂ければと思います。
私は広島で生まれ、千葉で育ち、中学2年から高校までの青春時代をアメリカで過ごし、高校卒業と同時に帰国し国内の大学で経済学を学び、2006年に新卒でベンチャー企業に入社しました。その後3度の転職を経て現在は大手石油会社に勤めております。
学生時代~社会人1,2年目にかけては、今でいう構造改革派に近い考えで市場原理主義こそが正義という考えを持っていましたが、社会人2年目の際に、地方(新潟)に転勤となり、地方の賃金の低さと格差の現実を目の当たりにし、当時の日本社会のあり方を真剣に考えるようになりました。(当時は今より構造改革派の意見が主流だったと記憶しています)

そこからインターネット上にあふれる有象無象の情報などから、年次改革要望書などの存在等を知り、日本はアメリカに全く意見できない属国ではないか、という極端な反米思想に侵され、自民党は信頼できないと思いこみ、当時一大ブームだった民主党政権に投票し、対米隷属からの脱却!と息巻いておりました。民主党政権の末路は言うまでもないことですが、その後安倍総理が戦後レジームからの脱却を掲げて再選し、私自身非常に大きな期待をしましたが、もはや戦後レジームからの脱却なんてワードは全く耳にしなくなってしまいました。

それでもまだ民主党政権時代に比べたら景気はマシですし(正直あまり実感は沸きませんが。。。)、安倍政権以前の毎年のように首相が変わるようなことでは、諸外国から信頼を得られわけないという背景、及び外交においても民主党政権と比べたら上手くやっている(何より多少でも英語で話せるのは良い)ことから、今は消極的ではありますが他に選択肢がないという点において安倍政権を支持しております。

一方で日本社会自体今のままで良いのか、という疑問も年々増えてきていて、
保守思想とは相いれないのかもしれませんが、最近は落合陽一さんや高城剛さん田端信太郎さんのような最新のテクノロジーをベースとしたすごく現代的な、いわゆる一般で意識高い系と呼ばれてる人たちが好む考え方についても現代日本には合っているのかな、とも感じてきています。

特に民間企業でサラリーマンをしていると、日本の大企業の意思決定の遅さ、また無駄の多さに加え、何をしているんだかよくわからないオジサン達を毎日のように目の当たりにすると、日本が高度成長期時代に構築した今の社会(特に大企業)の仕組みは全く機能しておらず、もっと雇用を流動性を高めて、少なくとも今よりは企業の中に競争のある環境を醸成しないと、このままだと貧しくなる一方なのではと、保守とは少し違う観点から日本の現状に危機感を覚えるようになってきました。
だからといってただアメリカや外国をフォローしてればいいとは全く思っていませんが、今の仕組み(特に教育・会社)のまま過去と同じことをしても、人々が神経をすり減らして衰退していくだけのような気がしています。

非常に纏まりの無い話で恐縮なのですが、上記のように私は思想に確固たる意志があるわけではなく、常に考え方が移り変わり、先生方または他の読者様のように芯が一本とおっているわけではありません。特にサラリーマンをしていると、経済合理性や現実的な着地点で考える癖が年々染みついている一方、シンポジウムで話されているように長期的な視点で見ると保守思想家の歴史の読みは当たることは歴史が証明している事実であり、シンポジウムにご出席されていた先生方のように大きく構えて物事をとらえたいという欲もあります。

いわば思想の迷子になっている私ですが、結局は自ら考えて答えを出すしかないことは重々承知しています。
しかしながら、声には出さないまでも、私のように思想の迷子のようになっている人は少なからずいるかも、という思いとシンポジウムの参加者の方々はどなたかからご指摘があったように年齢層が高く、あまり私のような考えをする普通のサラリーマンの考えを聞く機会もないかも、と考え勇気を出して投稿させて頂きました。

前置きが長くなってしまいましたが、私のような思想の迷子になっている人々に対して、先生方はどのように思われていますか?また何かアドバイスはありますでしょうか?
宜しくお願いいたします。

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