先日、整体に行ってきました。肩と首の不調が続いたので、人に勧められた所に行ってきたのですが、いきなり言われたのは「足首が硬い」ということでした。
なぜ肩や首の凝りに足首が関係しているのか。足首の可動域が狭いと、身体を動かしても(例えば歩いても)ふくらはぎや腰、肩や首がおかしな動きになってしまう。身体の連動性がうまく取れていれば最小限の力でいけるところを、身体の部位がバラバラに動いているので各所に不必要な力がかかり、それがからだ全体の不調に繋がっているというのです。
実際にはもっと細かい説明を受けたのですが、詳しい点は省略します。私が、話を聞きながら思い浮かべたのは日本経済のことでした。
日本経済の停滞は、労働の効率性が低いせいだと言われています。それでこの二〇年、さまざまな改革が進められてきたのですが、いくら改革をしても経済はさほど良くならない。原因は「改革が足りないからだ」ということで、さらなる改革が進められる。それでも経済の停滞は続くため、労働現場の至る所から悲鳴が上がり続ける…という悪循環を繰り返しています。
日本人に勤勉さが足りないからでしょうか。そうは思えません。諸外国と比較しても、日本の労働者の仕事に対する献身は相当な熱量に達しているように見えます。マスコミではしばしば、日本のサービス産業の生産性の低さが話題になりますが、サービス産業で働く日本の労働者のてきぱきとした働きぶりには目をみはるものがあります。これは、多少とも海外経験をした者なら、誰もが感じるところでしょう。
それでも統計を見ると、日本経済の停滞は続いているし労働生産性は一向に上昇しない。原因は何なのか。さまざまな意見がありますが、整体治療を受けながら私が漠然と考えたのは、経済全体の連動性が失われているからではないか、ということです。
身体は全体の連動性が取れていると、少しの力を入れるだけで各部位が効率的に動くと言います。ところが連動性が取れていないと、各部位のそれぞれに無用な力が掛かってしまうため、足や腰、肩や首に疲労が蓄積されてしまう。今の日本経済はまさにこの状態ではないか。労働の現場ではそれぞれが必死に働いているのに暮らし向きはさほど良くならず、疲労感だけが募っていくのは経済全体の連動性がとれていないからではないか。そのように思えたのです。
この観点から、最近話題の裁量労働制について考えてみましょう。(なお、この問題については複数の質問を頂いており、このメルマガ記事をもって回答とさせて下さい。)
裁量労働制を巡っては、時短効果があるという政府説明が根拠とした資料に欠陥があったということで、国会が大騒ぎになりました。ただし、データの不整備それ自体は些細な問題です。真に問われるべきは、いま政府が進めようとしている「働き方改革」が長時間労働の是正や、(政府が目標としている)労働生産性の向上につながるかどうか、でなければなりません。
日本の労働生産性が低い理由が、労働者の勤勉さの欠如にあるのなら、裁量労働制の導入は一定の効果を上げると期待することもできるでしょう。仕事を早く仕上げれば休みが多くなるとなれば、勤務時間内での労働に対する熱量も上がるからです。
分野によっては、そのような制度の導入が求められている所もあるのかもしれません。ただ平均的に言うと、労働者の勤労ぶりはもう目一杯のところまで来ているように思えます。その上、裁量労働制の適用範囲が拡大されると何が起きるのか。
資本の発言力が強まり、労働の発言力が(労働組合の組織率低下に見られるように)低下している昨今の現状を見ると、労働者に有利な労使協定が結ばれる可能性は低いと考えるのが自然です。大量の仕事を与えられて、過重労働を強いられる悲惨な労働現場がさらに増えてしまう可能性は高い。この点、賛成派より反対派の言い分の方が、説得力があると考えるべきでしょう。
生産性は、投入と産出の比です。労働生産性は、一人一人の労働者の労働意欲を上げることでも上がりますが、産出が増えることでも上がります。つまり日本の労働生産性が上昇しないのは、企業ベースの付加価値や日本全体のGDPが増えないからとも言えるわけです。これは労働者のせいなのでしょうか。
経営者は労働者のせいだと言うかもしれませんが、労働者の視点に立てば、経営者がまともな経営をしていないから付加価値が増えず、生産性も伸びないのだということになります。労働生産性は、労働者一人当たりが利用できる資本量(いわゆる労働装備率)の増加や、資本利用の効率性をあげることでも上がります。この二〇年の日本の労働生産性が伸びなかったのは、労働者の勤勉さが足りなかったからというより、企業経営者が(生産性上昇に必要な)国内投資を怠ってきたからだ、と考えることもできるのです。
加えて、労働生産性の計測には名目GDPが用いられます。デフレとディスインフレが続いたせいで、日本の名目GDPはこの二〇年ほとんど伸びていないのだから、労働生産性が頭打ちになるのは当然の話です。これを伸ばしたいのなら、政府は「働き方改革」以前に、まずは今のデフレ/ディスインフレ状況を抜け出すマクロ経済政策を着実に実施しなければなりません。
労働生産性が低いから、労働制度を見直して労働者がもっと勤勉に働くようにするというのは、整体の比喩で言うと、肩凝りがひどいから肩を集中的に按摩するというのと同じです。肩凝りの原因が肩の可動域の狭さにあるのなら、その治療も有効かもしれません。しかし、原因がもっと別のところにあるとしたらどうでしょう。
肩凝りの原因が肩それ自体にはなく、身体の各部位の連動性が失われていることにあるのだとしたら? 肩を揉めば一時的に肩凝りは解消されますが、しばらくすればまた同じ症状に悩まされることでしょう。原因は他にあるからです。
労働生産性低迷の原因が勤勉さの欠如にあるのなら、「働き方改革」による事実上の労働強化も効果を上げるかもしれません。しかしその理由が、企業経営者の投資不足や冴えないマクロ経済環境にあるのだとすれば、いくら「働き方改革」をしても効果は出ません。労働者の立場はもっと悪くなり、日本経済全体の疲労はもっと酷くなることになることでしょう。
整体の思想とは結局、局所最適ではなく全体最適を求めるということだと思います。同じことは、経済についても言えるはずです。労働生産性を上昇させたいのなら、労働制度を弄るだけでなく別のところにも目を向けて、日本経済全体の連動性をよくする必要がある。経営者も政府も、生産性低迷の責任を労働者に押しつけている場合ではありません。いまの政治に求められているのは、そのような「全体を見る眼」ではないでしょうか。
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