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【柴山桂太】「為替条項」の危険性

From 柴山桂太(京都大学大学院准教授) 

トランプ政権が盛んに日米貿易協定を要求しています。日本側は乗り気ではありませんが、諸事情を考えると、これは当然の態度です。

先月末に発表された米韓FTAの見直しでは、韓国はかなりの譲歩を強いられました。鉄鋼輸出の自主規制、韓国製ピックアップトラックの関税撤廃期限の延長(2041年まで!)もさることながら、やはり注目すべきは為替条項の導入です。

アメリカ国内には、貿易赤字拡大を為替のせいにする風潮が根強くあります。トランプ政権は、NAFTAの再交渉でも為替条項を入れ込もうと躍起になっていました。それが今回、米韓FTAの見直しで、付属文書とはいえ、入れ込むことに成功したわけです。

韓国側は為替条項を否定する声明を出しているので、真相はまだわかりません。仮に事実なら、これは韓国にとって屈辱的な事態と言えます。

為替条項は、相手国が不当な為替操作を行ったと認定された場合、制裁関税を課すことができるというものです。為替操作は、普通は為替相場への直接的な介入(例えばドル買い介入)を意味しますが、定義を広げれば、国内向けの金融緩和政策も(自国通貨安になるため)通貨安誘導の一環とみなされかねません。

もちろんアメリカ当局は、表向きは、そんな拡大解釈はしないと言うでしょう。しかし、かの地には、例えば日本の量的緩和を通貨安政策だと(アメリカ自身もつい最近まで実施していたにもかかわらず)問題視する声があります。貿易協定で為替条項が明文化されてしまうと、条文を根拠に不当な圧力をかけられる危険性が高まります。

日本はアメリカとの貿易協定に乗る必要はありません。百歩譲って交渉のテーブルにつかざるを得ない事態になったとしても、為替条項など絶対に受け入れるべきではありません。量的緩和は(アメリカもやっている)国内の物価目標政策ですし、そもそも日本は為替介入などしていないのだから、こんな条項を持ち出されること自体、わが国に対する侮辱だと、毅然と撥ね付けるべきです。

ただ、今回はっきりしたことがあります。アメリカ側の戦略の変化です。

もともと、アメリカ国内には貿易赤字拡大を相手国の為替操作のせいだとする風潮が根強くありました。しかし、行政がそれを抑えてきた経緯があります。

例えば、2015年のTPA(大統領貿易促進権限)法をめぐっては、議会が強硬に為替条項の導入を主張したにもかかわらず、オバマ政権がそれを拒否する、という構図になっていました。理由は、当時すでに交渉が進んでいたTPP交渉に為替条項を持ち込めば、話がまとまらなくなるから、というものでしたが、それだけではありません。

そもそも、アメリカの貿易赤字拡大は国内の貯蓄不足が理由と考えるのが筋で、為替は二次的な問題です。また、よく言われるように、いまの世界経済は、準備通貨としてのドルを世界中に供給するために、アメリカが一定の対外収支赤字を容認せざるを得ない「構造」にあります。

この状況で、貿易交渉に為替条項を持ち出して相手に譲歩を迫っても、相手が飲むはずがない。せいぜい、為替報告書などを使って警告を出すくらいだ、というのが従来の姿勢だったように思えます。

しかしトランプ政権下のアメリカは、議会だけでなく行政も、貿易交渉に為替条項を押し込もうとしている。近く期限切れになるTPAを再取得するには、為替を問題視する議会に寄り添わざるをえないという事情もあるのでしょう。しかし、TPAを取得できても、トランプ政権の姿勢が軟化するとは思えません。

安全保障を提供する見返りに、経済面でもっとアメリカに「貢納」せよ。トランプ政権になって、アメリカはその要求を、これまで以上に露骨に打ち出すようになってきました。北朝鮮問題を奇貨として、まずは韓国、次に日本が踏み絵を迫られているわけです。

本来であれば日本は、鉄鋼関税をWTOに提訴するなり、旨味のない二国間貿易交渉をはねつけるなり毅然とした態度を取るべきです。そうした道義を掲げなければ、まともな交渉力など望むべくもありません。

しかしこれまで安倍政権は「日本は米国と一〇〇%共にある」とまで宣言し、トランプ政権とべったりの姿勢を続けてきました。これから、二国間の貿易交渉を断る理由を探すのに苦労することでしょう。このままでは、いずれ、アメリカが差し出す踏み絵を、おとなしく踏まされることになるのではないでしょうか。

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