【川端祐一郎】生産者と消費者のあいだの「人間関係」について

川端 祐一郎

川端 祐一郎 (京都大学大学院准教授)

 万川集海1192さん(フィットネストレーニング指導業、35歳男性)という読者の方から、「悪質クレーマーについてどう思いますか?」というシンプルな質問を頂きました。

 私も会社員時代、勤めていた会社に対する様々なクレームを見聞きしました。比較的大きい企業の本社オフィスにいたため、一般消費者の方からのクレームに私が直接対応したことはあまりなく、間接的にのみ知っている例が多いのですが、確かに「悪質」としか言いようのない面倒なクレーマーのお客さんはけっこうおられます。クレームにはもちろん「良質」なものも多いですが、中には正当な範囲を超えた要求をしてくるお客さんや、提供者側に落ち度が無いのに(自分の勘違い等に基づいて)怒っているお客さんなどもおられます。

 悪質クレーマーには2つのタイプがあって、1つは「ゴール」が無いクレーマーの方です。多くの普通のクレームは、単純に問題(不適切なサービスや製品の不具合など)の解決を求めているもので、その問題が解決可能なのかどうか、解決可能ならそれはいつなのかといったことに関心があり、ゴールがはっきりしているためやり取りはスムーズです。あるいは単に「店側に謝らせたいだけ」という方も多いですが、これもまぁ提供者側に落ち度があって、しつこくないのであれば「良質クレーマー」に分類していいと思います。

 ところが「ゴール」が何なのかはっきりしないクレーマーの方もいて、これは面倒です。怒ること自体が目的化しているので、どれだけ謝っても、どれだけ説得しても、引き下がってはくれません。こういうクレーマーの方に対してはなかなか有効な対処法がなく、私の見聞きした範囲で言えば、そのクレーマーのエネルギーが切れるまで対応し続けるしかない事例が多かったように思います。

 2つ目のタイプは、「できないことを要求してくる人」です。例えば、提供者側のちょっとしたミスに対して、その何十倍もの償いを求めてくるケースです。また、サービスの規約に「瑕疵の補償はしない」旨が書いてあって、提供者側としては何も対応できないという場面も多い。腹が立つ気持ちは分かるのですが、少々の瑕疵には対応しないことを前提に価格その他が設定されているため、会社側も謝罪以上のことはできないのです。そのことが判明しても怒り続けるという意味では、本質的には1つ目のタイプのクレーマーと同じかもしれません。

 悪質なクレームの例を観察していると、どうもお客さんの頭の中で「利害」と「感情」が分離してしまっているのではないかと感じられます。「ゴールがはっきりしない」タイプのクレーマーの場合、何らかの利益を求めているのではなくて、怒りたいという感情に突き動かされているだけです。一方、「不当な要求」をしてくるタイプのクレーマーも、「利害」のバランスで考えれば「不釣り合い」で、支払った金額や提供者側の瑕疵の程度に合わないような非現実的な要求を、「感情」に基づいて主張し続けます。

 なぜそうなるのかというと、平凡な理解ですが、お店や会社とお客さんの間の関係が、総合的な人間関係ではなくなっているからでしょう。もちろんこれは、経済が大規模に発達すれば避けられない事態です。これだけたくさんの「商品」を利用しながら暮らすようになれば、その全ての生産者と「人間関係」を築くというのは不可能で、「利害」だけのやり取りに留めざるを得ません。しかし一方で、お店の人と顔見知りで「人間」としての関係が多少なりともある場合は、少しぐらいの瑕疵に対して文句を言う気にはならないのも事実ですよね。

 少し複雑なのですが、すでに述べたように悪質クレーマーは単純に「利害を押し通そうとしている」わけではありません(ヤクザ系のお客さんは除きますが)。むしろ利害なんてどうでもよくなっていたり、利害に関する計算が見当違いだったりするわけです。私が思うに、サービスの規約をどれだけ厳密かつ合理的に定めて、利害関係を明確化しても、サービス提供者と利用者の間の(感情的繋がりを含めた)人間関係が希薄であるかぎり、悪質クレームはなくならないように思います。

 理想論を言うと、お店とお客さんの間の総合的な人間関係の中に「利害」と「感情」がともに位置づけられていれば、それらの間に調整が行われる余地も大きいのでしょう。実際我々も、いわゆる「行きつけのお店」のようなものを持っている場合は、そういう調整が実現していて、お互いに多少のミスをなじったりはしないわけです。しかしこの大規模に発達した市場経済の中では、そんな関係を全面的に望むことはできないわけで、残念ながら私にはあまり有効な解決策があるようには思えません。

 ひょっとすると逆に、相手が人間だから怒りたくなるという面もあるかもしれません。あらゆる店舗が無人化され、ロボットから商品を入手するようになると、逆にクレームは出にくくなるのでは?と想像することもできます。実際、それが成功する領域もありそうな気はします。しかし、例えば自動販売機が故障していておカネを入れたのに商品が出てこなかったら、蹴飛ばしたくなるのも事実なので(笑)、そう簡単にはいかないように思いますね。

 現実論としては、悪質クレーマーが発生したら、「弁護士を挟めばいい」とか「裁判になれば負けることはないから無視しておけばいい」ということになるわけですが、それはあくまで「利害」のフレームに全てを巻き取ってしまうということであって、解決策とは言えないように思います。我々にできるのは、人間関係というものが持っている「調整力」の価値をしっかり認識して、できるだけそれを活用するような生活なり商売なりを営んでいくということでしょう。

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