【藤井聡】「日本人の野蛮化」を防ぐには、「戦力の保持」が絶対条件です。

藤井 聡

藤井 聡 (表現者クライテリオン編集長・京都大学大学院教授)

こんにちは、表現者クライテリオン編集長、京都大学の藤井聡です。

「憲法改正」が具体的に論じられる昨今、
「憲法記念日」には、
普段にもまして憲法が様々に議論されました。

当方がコメント差し上げているあるラジオ番組でも、
「藤井さん、憲法問題というと何が一番大切だと思いますか?」
というご質問をいただきました。
https://www.facebook.com/Prof.Satoshi.FUJII/posts/1335718566529083

ついてはその折りに、当方の見解を
簡潔にお話差し上げましたので、
改めて下記にご紹介したいと思います。

(1)戦力を放棄した日本は、野蛮化する

当方の九条を巡る見解は、
簡潔に以下の9段階で解説できます。

1)
当方が憲法問題で一番関心があるのは、
やはり、「9条」問題。

2)
第一項の「戦争放棄」は、
国際的にも「当たり前」の条項であり、
さして問題は無い。

3)
ただし、「戦力を持たない」という第二項は、
大いなる問題がある。

4)
なぜなら、「戦力を持たない」のなら、
「侵略」された場合にも、
「自身を守る」事が具体的に出来なくなるから。

5)
結果、本当に「戦力を放棄」し続けるのなら、
「日本は自分で自分を守る事ができない」
という国となる。

6)
結果、
「自分の国を守る」ための、
軍事的な「危機」への対処については、
「外国に依存」することが「絶対条件」
になってしまっている。

7)
一方、「自分の事を、自分で守る」のでなく、
「危機(ヤバイ事)については兎に角全て、
他者に頼って生きて行く」
という存在は、
男でも女でも、組織でも国家でも、
「確実に、倫理的・道徳的に腐敗する」

8)
したがって、「憲法九条第二項」における
「あらゆる戦力の放棄」の条項が有効である限り、
日本人の「倫理性・独特性」は確実に腐敗し、
日本人の品性は喪失し、野蛮化する事は避けられない。

9)
以上より、今日の日本におけるあらゆる
「腐敗」「劣化」そして「野蛮化」の重大な原因が、
「憲法九条第二項」に明記された
「戦力の不保持」であるという大局が浮かび上がることとなる。

(2)自分の事を自分で守れない者は、確実に野蛮化する
以上の1)~9)をラジオでお話したのですが、
時間の都合で、

「なぜ、自分の事を自分で守れない者は、
確実に腐敗し、野蛮化するのか?」

については十分に解説できませんでした。

ついてはここで改めて、
その理由をお話したいと思います。

そもそも、私達は、自分の命以外の、
様々なものを「守ろう」としながら生きています。

家族や恋人、友人、同胞の命や幸せ「守ろう」とする人もいれば、
自らが引き継いだ「伝統」を「守ろう」とする人も、そして、
自分や家族の「誇り」を「守ろう」とする人もいます。

時に、そんな「守ろうとするもの」を守るために、
自らの生命を投げ出すことすらあります。

そんな命の投げ出し方ができるのは、
おそらくは人間だけなのであり、
それこそが、「人間らしさ」の究極の形であり、
そんな「人間らしさ」故に、わたしたちは、倫理やモラル、そして、
人間としての「品位」を得ているのです。

煎じ詰めて言えば、

全力を賭して(時に自らの命まで投げ捨て)、
「自分の力」で「守るべきものを守る」のだという「態度」こそが
人間の品位の唯一の源泉、

なわけです。ところが・・・

「赤の他人に頼って生きている」ような人間は、
この「態度」を根本的に喪失した人間

ということになります。

(ちなみに、こうした人間は、
家族や恋人同士や組織内で支え合って生きている人達とは、
根本的に異なるのですが・・・
それについてはまた別の機会があればお話したいと思います)。

仮に、そんな人が、

「『伝統』を俺が守る!」
「『家族』を俺が守る!」
「『自らの死』を賭しても『守るべきもの』を俺が守る!」

なぞとエラソーに立て板に水でまくし立てていたとしても、
信用できる筈もありません。

なぜといって、それだけエラソーに言うのなら、
「守るべきものを守る」ために必要不可欠な、
「自分の命」を「自分で守る」必要がある―――
にも関わらずそうせず、他人に任せているのなら、
結局は「○○を俺が守る!」というエラソーな言葉は、一つ残らず
  「ウソ」
だという事になるからです。

つまり「自分で自分の身すら守れない輩」は、
結局は、「何ものをも守ろうとしない輩」なわけす。

そうなれば、もう彼は、
嫁や娘が陵辱されようが、
自分の故郷が蹂躙されようが、
自分の誇りがどれだけ汚されようが、
「別にいいですよ」と言ってのけてるに等しいわけです。

だからそんな輩は(極端に言うなら)
人の形をした「畜生」以外の何者でもないわけです。

かくして、今の「戦力不保持」を前提とする日本は、
「国家存続の危機」に陥ったとしても、
「自分では何もしない」わけですから、
結局はどれだけ口先で「○○を守る!」と言っていたとしても、
それは全部「ウソだ」ということになるわけです。

だから、
我が国が、自らを守る「戦力」を放棄し続ける限り、
自らの力で「何かを守ろう」とする態度を
失い続けているのであり、
結局は、美しいものや良きものなんて、
どこにも「無い」という前提で生きさらばえているだけの、
情けない、不道徳な、品性のカケラも無い、
野蛮な国家になってしまう他無い―――
ということになるわけです。

(※、以上がもし、分かりづらいとお感じになった方は是非、
以上の()だけでも、もう一度お読み下さい)

そうである以上、
今、ありとあらゆるところで、進行している
「日本人の野蛮化」
を防ぐには、「戦力の保持」が絶対条件なのです。

したがって、筆者は、「戦力の保持」が可能となる憲法改正が
必要不可欠だと―――考えている次第です。

(なお具体的には、条文の修正を伴わない「解釈改憲」でも、
第九条第二項削除でも、第九条二項の修文でも、
どれでも構わないと思います。
後は、政治的なプロセス論を加味しながら、
必要な改正を行えばよい、と考えます。)

以上の筆者の見解が、
本メルマガ読者の日本国民の憲法観の形成に、
貢献し得ることを祈念しつつ、
今週のお話は終えたいと思います。

追伸1:
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追伸2:
日本の「経済財政」の分野では、まさに今、
「経済安全保障」を巡る戦いが激しく展開されています。
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追伸3:
今日のお話は、「週刊ラジオ表現者」でお話した
「奴隷くん」とも随分関係するようです。
是非、一度お聴きください。
https://the-criterion.jp/radio/20180312-2/

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