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【柴山桂太】「周縁」国の隘路

柴山桂太

柴山桂太 (京都大学大学院准教授)

先週、ポルトガル経済の話を少しだけ書きました。欧州債務危機で落ち込んだGDPは、ようやく危機前の水準に戻ってきました。失業率も低下し、国債の格付けも投資適格級に戻るなど、経済は上向いています。

しかしその影で、国内経済の構造は様変わりしたことが、別の統計数字から見て取れます。

まず、輸出の依存度が大幅に上昇しました。輸出の対GDP比率は、2009年には27%でした。それが直近の2016年には40%にまで上昇しています。これは、経済が急速に外需型にシフトしていることを意味します。

対内直接投資、つまり外国企業のポルトガル向け投資も順調に増え続けています。経済危機で賃金が下がったこと、労働法の改正で不況時に従業員を解雇しやすくなったことなどから、ポルトガルに生産拠点を移す企業が増えてきました。

また、歴史遺産を多数抱えるポルトガルは、もともと観光業が盛んな国ですが、危機以後、観光客の受け入れにさらに熱心になっています。統計を見ると、観光客は年々10%のペースで増えており、それが国内の建設投資を呼び込んでいます。

私が訪れた際も、リスボンのあちこちで大型クレーンが稼働していました。古い建物をホテルやレストランに改装するなど、街並みの整備も熱心に行われているという印象でした。

つまりポルトガルは、投資を受け入れ、輸出を大幅に増やし、観光客を呼び寄せることで、経済の建て直しを図っている、ということになります。カネ・モノ・ヒトの越境移動の活発化、すなわちグローバル化の度合いを上げることで、経済的な苦境を突破しようとしているのです。

ただしグローバル化といっても、ポルトガルの場合、輸出の75%、対内直接投資の9割はEU諸国からのものです。観光客も、欧州からが大半を占めます。例えばドイツ人からすれば、ポルトガルへは日本で言えば国内旅行感覚で行けるわけですから、これは当然のことと言えます。

債務危機に陥った南欧諸国は、金融支援の見返りとして、緊縮財政と経常収支赤字の是正、構造改革による競争力強化をトロイカ(EU、IMF、ECB)や、その背後にいるドイツから求められていました。ポルトガルは、今のところ、その要求を忠実に実行していると言えるでしょう。

しかし、輸出と観光に依存した経済は、別の脆弱性を抱え込むことになります。何らかのショックが発生し、外需が落ち込めば輸出は止まり、観光客も減少します。ふたたび経済が悪化しても、現行のユーロ体制の下では内需拡大に限界があるため、打開策は競争力の強化と、観光客誘致しかない。

こうして危機が起こるたびに、外需依存に拍車が掛かっていく。これはポルトガルに限った話ではありません。債務危機を体験した他の南欧諸国も、事情はよく似ています。

輸出を増やし観光客を積極的に受け入れる。構造改革を進めて、他の欧州主要国(特にドイツ)からの投資を積極的に受け入れる。今のところ、欧州の周縁国(peripheral countries)は、そのような道を進む以外に、活路を見いだせなくなっているのです。

その意味で、欧州諸国は確かに運命共同体になっています。ただし、運命の手綱を握っているのは、ポルトガルのような周縁国ではなく、ドイツのような中心国である。この構図は、この一〇年間ではっきりしてきたように思えます。

昨年、スペインのバルセロナで、観光客の増えすぎに抗議するデモが発生したと報じられました。バルセロナの人口160万人に対して、年間観光客は20倍の3200万人。市街地の家賃上昇、民泊による騒音被害、中心市街地を観光客が埋め尽くすことによる生活の質的低下など、地元住民の不満は高まっているようです。

「増えすぎた観光客」問題は、いまや世界の主要観光地の至る所で起きている問題と言われます。(京都も例外ではありません。)しかし、この問題で真に考えるべきは、次の局面になると今度は「減りすぎた観光客」で大騒ぎになるだろう、ということです。

観光は、その時々の景気状況に大きく左右されるので、例えば経済危機が起きると、今度は閑古鳥が鳴くことになります。そうなると、観光客を当て込んだ雇用や、建設投資はどうなるのか、という問題が当然出てくることでしょう。観光地の住民は、増えすぎたり減りすぎたりする観光客の波に、翻弄されることになるわけです。

輸出であれ観光(ちなみに旅行は「サービス貿易」に入るので、観光客受け入れは輸出になります)であれ、外需依存に傾斜した経済には固有の脆弱性があります。次に世界的な景気後退が始まると、その脆弱性が人々の間で強く意識されるようになるでしょう。これは、輸出拡大と観光客誘致に突き進んできた日本にとっても、他人事ではありません。

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