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【柴山桂太】保守思想と経営学

柴山桂太

柴山桂太 (京都大学大学院准教授)

本日は、「保守思想と経営学は相反するものなのか」という、たかにしさんの質問を取り上げます。(質問の全文は最後に添付します。)

私は経営学の現状について詳しくないため、「最新経営学」がどんな議論を展開しているのかをよく知りません。ただ、新聞や雑誌に出てくる経営学者の論評に、軽薄さを感じることが多いのは確かです。

一例を挙げると、何年も前の話になりますが、総合電機メーカーのシャープが液晶事業に特化して成功していた頃、「オンリーワン経営」について好意的に語る経営学者がたくさんいました。経営資源の「選択と集中」を見事に実現している、という話でした。

ところが数年後、シャープが液晶事業の不振で経営危機に陥ると、今度は「オンリーワン経営」の失敗を皆が口にするようになりました。うまく行っているときは優れた経営手法だと褒め称え、失敗したと分かるとその経営手法に問題があったと非難する。これほど不誠実なことはありません。

これは経営学に限った話ではない。政治であれ経済であれ、教育であれ福祉であれ、世論はうまくいっているものを褒めそやし、うまくいっていないものを非難します。社会科学が、そうした世論の流れをただ追認することしか出来ないとしたら、そんな学問に意味などないでしょう。

世論や時流とは独立したところで、正しいものは正しい(間違っているものは間違っている)と、確かな証拠をもった理論を打ち出す。いつの時代にも、社会科学に求められているのは、そのような役割だと思います。そこでは、当然ながら守るべき「価値」が問われることになります。その意味で社会科学は、科学としての「理論」の確かさと、われわれが依拠すべき「価値」の正当性の、両方が問われる学問分野なのだと思います。

たかにしさんは、「最新経営学」は最大利潤や金儲けを説いたものばかりだとお考えのようです。確かに書店に並ぶ経営書の類には、成功した企業や経営者を取り上げて、その成功の秘訣がどこにあるかを分析したものが多くあります。実業界での「成功」とは、結局のところ、利潤や成果で測られるわけですから、そのような印象を持たれるのは仕方がないことかもしれません。

しかし、私の理解する範囲では、経営学は必ずしも利潤や金儲けの仕方を説く学問ではありません。むしろ、現実の企業経営が目先の業績主義に陥りやすい傾向にあることを戒める。成功のすぐ裏には失敗の可能性が貼り付いており、一見したところ失敗に見えるものに成功の種が潜んでいる。

こうした複雑な論理連関を解明することに、経営学本来の意義があるように思えます。

そもそも経営学は、そのルーツが社会学にあることからも明らかなように、組織行動について研究する学問として出発しました。どうすれば組織が円滑に運営できるのか、労働者のやる気(モチベーション)はどのような条件の下で高まるのか、リーダー(経営者や上司)とフォロワー(従業員や部下)の関係はどうあるべきか、事業の目的をどのように定義すべきか。そうした問いに答えるのが、経営学が本来、目指すべきものであったはずです。

組織行動論が経営学の本筋であるとすると、その応用範囲は営利企業にとどまらないはずです。官庁であれ教育機関であれ、病院であれ財団であれ、軍隊であれスポーツチームであれ、経営学の知見はあらゆる人間組織に応用できるはずです。

組織は人間が作り出すものですから、当然、一枚岩ではありえません。そこには対立もあれば協調もあるでしょう。ある段階ではうまくいった組織運営の方法が、次の局面ではうまくいかないこともあるでしょうし、その方法は組織の規模や性質、組織を取り巻く環境によっても変わってくることでしょう。

組織は、時間とともに構成員を変えていきます。新しく入ってくる者もいれば、抜け出る者もいる。ですから、組織のありようが時間を通じて一定ということはありえません。当然、組織によって抱えている問題は違うので、万能の解決策などというものはない。組織という「生き物」を扱う経営学は、大変に難しい課題を背負った学問分野なのだと思います。

だから、現場の経営者には、経営学を「机上の空論」であるかのように語る人も大勢います。それでも経営学に意味があるとすれば、日々目の前の課題と格闘している経営者やサラリーマンに、自らの属する組織を客観視させること、それ以外にない。現実を客観的に眺めることは、ありうべき組織の理想を考えることにも繋がるはずです。その気づきを与えるのが、経営学本来の役割だと思います。

ピーター・ドラッカーは、企業経営のありようを体系的に考察した偉大な経営学者ですが、事ある毎にエドマンド・バークへの尊敬を公言していました。私は、その気持ちが分かるような気がします。企業経営には絶えざる変革が不可欠だと言われます。ただしその変革は、「保守するための変革」でなければならない。優れた企業(長生きする企業)は、そういう経営方針を実践しているのだと思われます。

手短ですが、以上がご質問への回答になります。繰り返しになりますが、「最新経営学」が何を言っているか、私はよく知りません。しかし、組織運営という人間行為の本質をつきつめれば、それは保守思想とは無縁のものではありえないはずです。だから優れた経営学の系譜には、保守思想と重なり合う部分が確実にある。そのように考えてもよいのではないでしょうか。

たかにしさんからのご質問

こんにちは。発言者の頃からの読者です。
どっぷりビジネスの世界に浸かって20年以上なります。
ビジネスをとりまく環境は、かつて以上に不確実なものとなっており、日本の会社そのものがいわば羅針盤をなくした船のように浮き沈みを繰り返しながら、株主優位の短期決戦に経営者は日々全力疾走しているような会社が増えており、中身がない“空洞経営”に陥っている会社は多くある気がしています。
ギャンブル資本主義のなかで、保守思想と最大利潤を求め続ける最新経営学との交わり方を指南しているようなビジネス書があるかといえば見たことがありません。
質問ですが、保守思想と経営学というのは相反するものなのでしょうか?
故西部先生に言わせれば、金儲けを第一に考えることは、そろそろおやめなさいとお叱りがありそうな気も致しますが・・・・(笑)
もし、何かそういった話がメルマガでしていただけますと、ありがたいです。
サラリーマンの読者は同じような疑問やストレスをもった意見が多いのではないでしょうか。宜しくお願いします。

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