『表現者criterion』メールマガジン

【柴山桂太】「戦後」後のナショナリズム論

From 柴山桂太(京都大学大学院准教授) 

『表現者クライテリオン』の第3号が完成しました。さきほど手元に現物が届きましたが、今回も分量が250頁を超えており、なかなかの分厚さになっています。

分量だけではありません。編集委員の自讃と言われるかもしれませんが、内容もかなり充実したものになっていると思います。

今号の特集はナショナリズムです。いま世界ではナショナリズムの再燃が言われていますが、この言葉の意味するところは曖昧です。よく、グローバリズムの反対概念がナショナリズムと言われます。グローバル化の潮流に背を向けるトランプの保護関税や、イギリスのEU離脱は、危険なナショナリズムが再燃している証だ、というわけです

しかしこの伝で行くと、外資や移民受け入れを推進しようとしている日本の安倍政権は、ナショナリズムとは縁遠い、ということになる。世間では、安倍政権(やそれを支える支持層)を「ナショナリスト」と見なす向きが多いように思えますが、この不整合はどう理解すべきなのでしょう。

少し前の話になりますが、英誌エコノミストがナショナリズムの特集をしていました。ナショナリズムを、民族的を強調する「民族的ナショナリズム」と、民族性を強調しない普遍的な「市民的ナショナリズム」に分けた上で、いま世界的に後者から前者への移行が進んでいるとする論調でした。(https://www.economist.com/leaders/2016/11/19/the-new-nationalism

この記事が興味深いのは、今や「民族的ナショナリズム」の代表格がアメリカとイギリスで、「市民的ナショナリズム」の先頭をいくのがドイツとされていたことです。

この「民族的/市民的」の二分法は、もともと第二次大戦の反省から生まれたものです。当初は、敗戦国ドイツのナショナリズムが「民族的」で、戦勝国イギリス・アメリカが「市民的」とされていました。

ところがイギリスはEUに公然と背を向け始め、アメリカはトランプを選び「国境の壁」を引き上げようとしている。一方ドイツは積極的に難民を受け入れ、「自由貿易」や「人権」などの価値観を積極的に打ち出している…。戦後七〇年が経ち、評価がまったく入れ替わってしまったわけです。

言うまでもなく、この評価は表面的です。ドイツが親EUの姿勢を貫いているのは、自国の優位性があってのことでしょう。逆にアメリカやイギリスがこれまでグローバリズムを推進してきたのは、そうすることが利益になると考えたからですし、最近になって態度を変更したのは、それが利益にならないと考える人が増えたからに他なりません。

つまりナショナリズムは、状況次第で「市民的」にも「民族的」にもなる。言い換えると、ナショナリズムとグローバリズムは対立する概念ではなく、その時々でくっついたり対立したりするものなのです。

だから「世界的にナショナリズムが再燃している」という言葉が意味しているのは、既存の国際政治・経済体制に不満を持つ人が増え、それを別の形に作り変えようとする動きが世界中で出てきたということを意味しているに過ぎません。そして、既存の体制をひっくり返そうとしている者たちに「(民族的)ナショナリスト」のレッテルを張っているに過ぎないのです。しかし、いくらレッテルを貼って貶めたところで、世の中の何が良くなるわけでもありません。

今回の特集で試みたかったのは、ナショナリズムをそういう表面的なレッテルとしてではなく、思想的・文学的な次元で問い直すことでした。特集原稿には、抽象度の高い議論が並んでいますが、それはナショナリズムを党派的に論じるのを避けようとしたためでもあります。

戦後日本でも、ナショナリズムや愛国心は党派的な論争の種でした。主として左派やリベラル派がナショナリズムを観念的に批判し、右派や保守派がそれらを実感的に擁護する。最近では、経済界を中心に、「ランキング・ナショナリズム」とも言うべきものが台頭しています。「世界~位」というランキングの上位・下位で一喜一憂するという風潮です。

いま世界で起きつつあること、これから起きるであろうことを見通す上で、この種の党派性は害悪以外の何ものでもありません。どんなにグローバル化が進んでも国境線はなくならないし、言語や文化の違いも消えません。その事実を受け入れつつ、しかしその事実にただ居直るのでもなく、「ネイション(国民)」や「ナショナリズム」をどう理論の俎上に載せるべきか。これは、政治的左右を問わず考えるべき問題です。

ナショナリズム特集と関連して、今号から、戦後文学を見直す座談会の連載も始まります。個々の感覚を言語の力で掘り下げていくところに成立する文学は、戦後日本の現実、とりわけ対米従属という国際関係の現実とどのように切り結んできたのか。浜崎洋介さんによる選書と司会で進められる座談会は、すでに2回分を取り終えていますが、毎回、面白い発見があります。

こちらも是非、お読み頂ければと思います。『表現者クライテリオン』第3号は、6月15日発売です。

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