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【小浜逸郎】『万引き家族』を見て(その1)

小浜逸郎

小浜逸郎 (評論家/国士舘大学客員教授)

今回からクライテリオン・メルマガに、月一程度のペースで書かせていただくことになっ
た小浜逸郎です。どうぞよろしくお願いいたします。

数日前、カンヌ国際映画祭で栄誉あるパルムドールを獲得した是枝裕和監督の『万引き家族』を見てきました。じつに緻密に組み立てられた傑作です。ミステリー仕立てにもなっているので、そういう楽しみかたもあり。

是枝監督の映画は、これまで『歩いても歩いても』と『そして父になる』の二本しか見たことがありませんでしたが、三作見た限りでは、本作が群を抜いていると思います。
というか、彼が追求してきたテーマ――「不全を抱えた家族」とでも言っておきましょうか――が今回ほどくっきりと打ち出された作品はなかったのではないかと考えられます。
その意味で、一つの頂点を極めたような気がします。ここまで同一テーマを突き詰めると、この先が難しいかもしれない、と余計な心配をしてしまいました。もっとも他の作品を見ていないので、あまり大きなことは言えないのですが。

この作品を本気で批評してみたいと思うので、その関係で、ネタバレと非難されるのを覚悟
の上、あらすじを詳しく述べます。
ビルの谷間に取り残された狭く汚いおんぼろ屋に住む五人家族の柴田家。

祖母・初枝:樹木希林
父・治:リリー・フランキー
母・信代:安藤サクラ
父の妹・亜紀:松岡茉優
息子・祥太:城桧吏

治は日雇いの建設労働者、信代はクリーニング会社のパートタイマー、亜紀は(時々?)風俗嬢。
これだけでは暮らしが成り立たないので、みな祖母の年金を当てにしています。
翔太は11歳ですが学校に通っていません。
治は日用品や食材を万引きで得ていて、翔太にそれを指南中。翔太もかなりの腕前に達し
ています。
ある夜「仕事」を終えた二人は帰宅途中、アパートから締め出されてしゃがみ込んでいる幼女(ゆり:佐々木みゆ)を見つけます。これが初めてではありません。治は哀れに思って家に連れ帰ります。
夜更けに夫婦で返しに行きますが、親が大喧嘩の真っ最中。窓越しに事情を知った二人は、
返すに返せず戻ってきてしまいます。
誘拐ではないかとの詮議もしますが、監禁も身代金要求もしていないのだから誘拐ではないという話になり、養う結果に。
虐待の環境に慣れ切っていたゆりは、初めはなかなか打ち解けませんが、初枝に優しくしてもらったり、信代とお風呂に入ったり、翔太と遊んだりしているうちに、しだいに溶け込んでいきます。
治は現場で足の骨にひびが入るケガをし、労災も出ず自宅療養。やがて翔太はゆりに万引きを教えるようになります。

あるときテレビでゆりの失踪事件が報道されます。ブラウン管からは二か月も捜索願が出ていなかったことをいぶかる声も。
柴田家では、髪を切り名前も「りん」と変えることにします。りんの洋服や水着を買うために(実は盗むために)初枝と信代はりんを連れてスーパーに出かけます。更衣室でバッグにしこたま衣服を詰め込む初枝。洋服を買ってもらった後には叱られるという観念連合に縛られていて、「ぶたない?」と聞くりん。
りんは、夜になっても帰宅しない翔太を慕って寒い玄関で待ち続けます。治が廃車にこもっている翔太を見つけ、りんが妹であることを認めさせます。ついでに「俺はお前にとって……」と言いかけ、「とうちゃん」と言わせようとしますが、翔太は「まだ」と拒否。
しかし「いつかは」という合図を交わして夜更けの駐車場でふざけ合います。

あるとき信代ともう一人の同僚が上司から呼ばれ、ベテラン二人のうちどちらかが解雇の対象とされます。遠慮なく冗談を言い合う仲だった二人の関係はこわばり、相手にりんを隠していることを指摘された信代は、しゃべったら殺すと言いつつ、解雇を受け入れます。

かく話が進むうち、以上六人は、一人も法的に認められた「家族」ではないことがしだいにわかってきます。
初枝は亡夫に不倫されて離婚、一人残され、どこで治夫婦(彼らも籍を入れていません)と出会ったか、同居することになったのですが、亜紀も治の妹ではなく、初枝の亡夫が新しく結んだ家庭から生まれた孫世代に当たるので、初枝とは血がつながっていません。亜紀は二人姉妹の姉ですが、裕福な家の子だったにもかかわらず、妹ばかり可愛がる親に反発して家出し、初枝と知り合って同居するようになったのです。初枝は亡夫の命日にひそかに亜紀の実家を訪ね、いくばくかの金をせびることを続けています。
翔太も治夫婦の子ではなく、ゆり(りん)と同じように家族からはじき出されて車の中にいたのを、治に拾い出されてメンバーに加わったのでした。じつは後でわかることですが、翔太という名前は、治の本名だったのです。

この「疑似家族」は時間を追うごとにしだいにその絆と幸福感が高まっていく様子が観る者の目にはっきり映るように描かれています。
亜紀は風俗店で言葉に障害を持つ若者と出会って、気脈を通じさせることができ、少しうきうきした気分で帰宅。
激しい雨の降る真昼、治と信代は久しくなかった性行為に及ぶことができます。
その絆と幸福感の頂点を感じさせるのが、一家六人で海水浴に出かけるシーンです。全員が楽しんでいることがとてもよくわかります。

この後、初枝はあっさりと死んでしまいますが、「家族」でないため死亡届も出せす葬式代も出せません。治が中心となりみんなで庭に穴を掘って埋めてしまいます。
死亡届を出さないままにしておくので、年金を引き出すことができます。信代がATMからこれを引き出したとき、翔太もついてきて「いくら?」と聞きます。「十一万六千円」と淡々と答える信代。
二人で歩いていると物売りが「買ってかない、お母さん」と呼びかけるので信代は思わず笑い崩れますが、その瞬間をとらえて翔太が「お母さんて呼ばれたい?」と聞きます。信代は複雑な表情を浮かべます。治よりはクールです。

さてこれよりも前に重要な伏線があります。
翔太がりんと共謀で駄菓子屋で万引きをはたらきますが、駄菓子屋(やまとや)の親父さん(柄本明)はこれをとうに見抜いており、おまけをつけてくれながら「妹にはさせるなよ」とぶっきらぼうに言います。このひとことが翔太の中でずっと尾を引き、店のものは誰のものでもないから取っていいんだと治から教えられてきたこととの間に心の葛藤を呼び起こすのです。
治が翔太を連れて駐車中の車のガラスを割って盗みをはたらこうとした時、翔太は、「これは人のものじゃないの」と抵抗の気持ちを吐露しますが、治はこれを無視します。

葛藤を抱えながらも、翔太はりんを外に待たせた上で、「仕事」に入りかけます。すると、りんが勝手に店に入ってきて万引きをしようとします。翔太は狼狽します。店員の目をこちらに惹きつけてようと店の品を音を立てて崩し、オレンジを抱えて店から逃げ出します。
二人の店員に追い詰められ、高架のフェンスを飛び超えて下の道路に落下し、重傷を負って病院に運ばれます。

りんは慌てて家に戻ります。何があったのかを告げたのでしょう。このことがきっかけで一家は夜逃げを企てます。その時、「お兄ちゃんは?」と聞かれた治は、後で迎えに行くと答えます。そこに警察の手入れが入り、「柴田一家」は全員取り調べを受けることになります。もちろん「死体遺棄」も発覚します。

この死体遺棄は信代が治に代わって罪を着ることになります。ここには、二人の過去の事情が絡んでいます。信代には前夫がおり、DVを受けていたらしく、それを助けようとした治に前夫が切りかかってきたのを、治が逆に殺してしまったのです。法廷では正当防衛として無罪判決が出ました。これは、りんと信代がお風呂に入った時、腕の傷痕を見せ合うシーンからも想像されます。信代にとっては、この場面で、ゆりの両親の殺伐たる関係に、自分の経験の記憶を重ね合わせる思いだったことでしょう。要するに信代は治に恩返ししたわけです。

また取り調べの過程で、亜紀は初めて初枝が亜紀の実家から金をせびっていた事実を知らされます。その時の亜紀の「じゃ、私に近づいたのはお金のためで私じゃなかったんだ」というセリフは印象的です。愛情か金か、どちらかに分けられるものでしょうか。たとええ初めは金のためだったにしろ、現に同居してからは初枝との交情は甘やかなものになっていたのですから。

さらに信代が、「義母」を棄てたことについて問い詰められたとき、「捨てたんじゃない、誰かが捨てたのを拾ったのよ。」と答える場面は、この作品全体の意味を解き明かすキーワードの意味を持っていて、強烈な印象を与えます。

ともかくこの取り調べ尋問のシーンは、大人三人が殺風景な壁をバックに正面大写しで観客の方を見つめながらしゃべるので、その迫力が圧巻です。特に安藤サクラ演じる信代のセリフ回しと表情には何とも言えない凄みが感じられます。

今回は、ほとんどあらすじだけを追いかける格好になってしまいました。これでもまだ、筆者の言いたいことを展開するために必要な部分を記述しきれていません。
紙数も尽きましたので、あらすじの残りと、本格的な批評は次回に回したいと思います。
どうぞご期待ください。
(一回見たきりの記憶に頼っていますので、セリフなど細かい点で誤りがある可能性があります。その節は平にご容赦ください。)

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