『八重山日報』の論説主幹である仲新城誠氏が、その最新著『オール沖縄崩壊の真実-反日・反米・親中権力』(注1)で描き出すのは、翁長雄志前沖縄県知事とその後継である現職の玉城デニー知事を支持する「オール沖縄」勢力の興亡史であり、2014年の「オール沖縄」県政の誕生―翁長雄志沖縄県知事の就任―から現在に至るまで展開されてきた「辺野古移設」に関する非現実的な政策が、沖縄振興はもとより日本の安全保障にも深刻な影響を及ぼしている実態です。
著者は冒頭で「オール沖縄」を「辺野古移設阻止のため、保守、革新支持層が一丸となって作り上げた政治勢力」「辺野古移設という日本政府の外交・安全保障政策に反対することを県政運営の主目的に据えた、極めて特異な地方権力」であると指摘し、その県政の実態を「反基地イデオロギー県政」と端的に表現しています。
そして、「オール沖縄」県政の歴史を概観することを通して、その表現が相応しいことを示していきます。「辺野古移設」を巡る国と県の法廷闘争、毎年「慰霊の日」に繰り返される恥ずべき光景、安和桟橋近くでの危険な抗議活動によって発生してしまった死亡事故など反対運動の現場における遵法意識・モラルの崩壊、「特定利用空港・港湾」指定を巡るドタバタ劇、陸自第15旅団ホームページの牛島満司令官の「辞世の句」掲載をめぐる騒動、反対運動によって頓挫した陸自訓練場整備計画の泥沼化、「ワシントン駐在」に関する問題など、本書で取り上げられている事例のいくつかは、これまで私自身が拙稿で論じてきた事例と重なります(注2)が、その他にも「オール沖縄」の壮大なパフォーマンスとして実施された「県民投票」の実態、緊迫化する尖閣・台湾情勢など多くの事例が紹介されています。
中国が尖閣侵奪へ着々と歩を進めていることによって急速に緊迫の度合いを高めている尖閣諸島・魚釣島周辺海域の状況や、それにもかかわらず、「オール沖縄」県政が尖閣問題を軽視し続けている背後に伏在する「沖縄本島住民の離島への差別意識」などは、石垣島に本社を置く『八重山日報』を拠点に長年取材を続けてきた著者だからこそ提示することができた重要な論点であると言えるように思います。
著者は、沖縄本島住民の尖閣問題軽視(=沖縄本島と石垣島との間にある尖閣問題に対する危機意識のギャップ)の背景にあるのが「抑止力」を否定的に捉える「オール沖縄」県政の姿勢(注3)と沖縄本島住民の「離島への差別意識」であると指摘しています。
本島の基地反対派は、本土が沖縄に過重な基地負担を押し付ける「構造的差別」が存在すると主張し続けている。県民の「民意」を大義名分に掲げ、沖縄が本土から差別されていると言い立て、自分達こそ民主主義の体現者だと胸を張る。
だが本島と離島の関係でも、本島による離島軽視という「構造的差別」が歴然と存在している。彼らが言う「本土対沖縄」の構図は、本島が数を頼んで離島を抑圧してきた「本島対離島」の構図と、そっくりそのまま重なる。その象徴が現在の尖閣問題である。
「オール沖縄」県政や沖縄本島メディアが尖閣問題に弱腰なのは、米軍基地反対の主張にとって不都合だからということも大きいが、彼らの意識の根底に離島差別が存在することも一因、と私は考えている。つまり「オール沖縄」が尖閣問題に不熱心なのは、離島差別に根源があるのではないか。
離島は本島よりも遥かに実際の侵略に対する危機意識を持っていますが、本島の人たちは(平和主義に不都合なら)その危機意識を無視して良いと考えている。この背後には離島差別があると指摘しているのです。
一方で、日本国民による本土からの沖縄に対する「構造的差別」や「沖縄ヘイト」という沖縄県民に向けられた誹謗中傷、沖縄出身であることを理由とした不当な差別などについては、慎重に議論していかなければなりません。
本書では「沖縄は差別されているのか」と題する一つの独立した章を設けて、次のように論じています。
私は生粋の沖縄人として、自信を持って断言したい。沖縄の反基地運動に対し、本土からの誹謗中傷は存在するかもしれない。だが、「沖縄ヘイト」なるものは存在せず、その概念は全くの虚構だ。
「沖縄ヘイト」とは、基地問題に対する本土と沖縄の対立を民族的な差別問題にすり替え、本土の反論を封殺しようとする基地反対派の戦略なのである。実際のところ、普通の県民で「沖縄が本土の日本人から民族的な差別を受けている」と感じている人はほぼ皆無だろう
沖縄県民が過去、実際に差別を受けてきた歴史は確かに存在しますが、現在は「『沖縄ヘイト』なるものは存在し」ないとする著者の見解に賛同すると同時に、(沖縄本島住民の一人である私自身にとって耳が痛い話であるのですが)著者が指摘する「沖縄本島住民の離島への差別意識」が存在することを一概に否定することはできません。
これまで機会ある毎に、沖縄の基地問題の本質は我が国の防衛・安全保障の問題であり、本来であれば日本国民全てが当事者意識を持たなければならない問題であるにもかかわらず、現状において沖縄から遠く離れている本土で暮らす大多数の日本国民にとって他人事でしかないということについて批判的に論じてきました。
沖縄の基地問題(=我が国の防衛・安全保障の問題)を解決するためには、私たち沖縄県民自身が「沖縄本島住民の離島への差別意識」を自覚し、彼らの危機に対して当事者意識を持つように努めなければならないのです。
著者による「オール沖縄」の定義や、本書で取り上げられている事例に関する事実認識及びその評価について、私自身、ほぼ全面的に賛同するものであり、そのほとんどについて異論を差し挟む余地がないように思います。
しかしながら、政府が推し進めている辺野古移設そのものに対する評価には、若干の認識のズレがあるようです。
著者は、本書において「辺野古の代替施設が完成すれば、日米間で成立している合意の通りに普天間飛行場が返還される」ことを疑うことなく議論を展開しているように見受けられますが、私自身は、かつて拙稿で描いた「沖縄の近未来予想図」のように、辺野古の代替施設が完成しても、普天間飛行場が返還されない蓋然性が高いのではないかと考えており、そもそも「辺野古移設」を実現することが「我が国が『防衛・安全保障』の側面で米国に従属している『半独立』状態が永続化することに繋がるのではないか」との疑念を拭えずにいます。
辺野古移設を巡る著者の認識が楽観的に過ぎるように思えてならないのです。
近い将来、私が思い描く悲観的な「近未来予想図」が間違いで、著者の見解が正しかったと証明されることを願わずにはいられません。
著者は、本書の「まえがき」で「仮に沖縄の外から『オール沖縄』に批判的なことを言っても、沖縄が地理的、歴史的に複雑な事情を抱えた地域だけに『ウチナーンチュ(沖縄人)の心を知らない人間が何を言うか』と素通りされたり、酷いときは『沖縄ヘイト』と一刀両断されたりする」「結局のところ『オール沖縄』の問題点を明確にするには、沖縄県民、それも生まれも育ちも沖縄という私のような『生粋の沖縄人』による内部告発しかない」と自らの決意を明らかにしています。
私自身、「藤原」という姓から誤解されることが多いのですが、著者と同じく「生まれも育ちも沖縄」の「生粋の沖縄人(ウチナーンチュ)」であり、沖縄に関する諸問題について拙文を書き続けると決意していることから、同書に記された著者の決意表明に同志を得た思いがして心強く感じたものです。
また、我が国の防衛・安全保障に関して「米軍基地の整理縮小と、自衛隊の役割拡大をセットで進めることで、抑止力の維持と基地負担の軽減を両立できる。中国の脅威に最前線で直面する沖縄としては、自衛隊の活用こそ基地問題解決の『落としどころ』ではないか」「台湾情勢や尖閣情勢など、現在の沖縄を取り巻く安全保障環境は厳しく、脅威から沖縄をどう守るかが喫緊の課題だ。自衛隊について考えるなら、自衛隊をより力強く、即応能力がある組織にするために何が必要かという視点でこそ活発な議論をしたい」とする著者の見解にも強く同意します。
これまで繰り返し論じてきたように、我が国の言論空間では、米国に従属している「半独立」状態を是とする「現状追認」の言説と「絶対平和主義」に基づく非現実的な「夢物語」が蔓延っており、最前線ともいえる場にいる沖縄県民にこそ、防衛・安全保障上の危機に関する鋭敏な感性が求められるにもかかわらず、残念ながら、沖縄の言論空間こそ、防衛・安全保障上の危機に関する緊張感が最も欠けていると言わざるを得ません(注4)。
混迷の度合いが増し続ける国際社会において、我が国にとって喫緊の課題とも言える独立した主権国家に相応しい防衛・安全保障体制の構築を成し遂げるためには、「オール沖縄」県政=「反基地イデオロギー県政」の実態と沖縄の基地問題の現状を正しく認識し、「自分の国は自分で守る」という「独立の気概」を取り戻すことが必要不可欠です(注4)。
『オール沖縄崩壊の真実』は、現在の沖縄の基地問題(=「我が国の防衛・安全保障問題」)を解決するために必要とされる多くの知見を提供してくれる良書であり、沖縄県民のみならず、一人でも多くの日本国民に手に取っていただきたく思います。
(注1) 国の安全保障政策に反対した「極めて特異な地方権力」の興亡 〈産経BOOKS〉『オール沖縄 崩壊の真実』仲新城誠著 – 産経ニュース
(注2) 【藤原昌樹】裁判所は「辺野古移設」の是非を判断している訳ではない ―「砂川事件」最高裁判決と「辺野古移設」裁判― | 表現者クライテリオン
(注3) 著者は、「オール沖縄」勢力には「抑止力に頼らず平和を構築できるのであれば、辺野古移設の論拠は崩れる」との思惑があり、「抑止力」に否定的な姿勢を貫いていると指摘しています。その上で、「米軍普天間飛行場の辺野古移設」に反対することで成り立っている「オール沖縄」県政は、尖閣問題に深入りすると米軍や自衛隊の「抑止力」を認めざるを得なくなってしまうため、なるべく尖閣との関わり合いを避けたいというのが、彼らの本音であると論じています。
(注4) 【藤原昌樹】沖縄でこそ、「日本独立」の狼煙をあげるべし ―「半独立」状態の脱却を目指す『表現者クライテリオン』シンポジウム開催― | 表現者クライテリオン
(藤原昌樹)
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