【藤原昌樹】「辞世の句」ホームページ掲載を巡るドタバタ劇の第2ラウンド ―陸上自衛隊第15旅団HPリニューアル―

藤原昌樹

藤原昌樹

「辞世の句」の掲載に新展開

 

 牛島満軍司令官「辞世の句」

《秋を待たで 枯れゆく島の青草は 御国の春に よみがえらなん》

 

 以前の記事(注1)牛島満軍司令官が沖縄の再興を願って詠んだ「辞世の句」のHP掲載を巡る騒動に新展開がありました(注2)

 

 以前の記事(2024/6/14)までの経緯を簡単に振り返ると、陸自第15旅団の公式HPには2018年に開設した時から牛島満軍司令官の「辞世の句」を掲載して昨年6月になって突然、『琉球新報』『沖縄タイムス』など地元メディアが非難し始め、それに触発される形で市民団体や識者などが論難して削除を求める声が上がるようになったのです。

 

 当初、陸自第15旅団側は削除や修正を否定していました。

 しかしながら、森下泰臣陸上幕僚長や木原稔防衛相(当時)の発言などから「削除しない」方針が揺らいでいるように見受けられ、当時、私自身は「この辞世の句をHPに掲載することが『旧日本軍の思想の継承』や『旧日本軍と自衛隊の一体化』『皇国史観に基づく沖縄戦賛美』を示すものだと看做す議論は、あまりにも論理が飛躍した無理筋であり、『絶対平和主義』を妄信する人々による自衛隊を否定する『為にする議論』である」「ごく近い将来、陸自第15旅団のHPから辞世の句が削除されてしまう蓋然性が高いが、『絶対平和主義者』による誹謗中傷に屈する形で辞世の句を削除してしまうということは、彼らの理不尽な主張を認めることを意味するのであり、悪しき前例を作ることになる」

 と論じて、「世論の批判やメディアで騒がれたから」との理由で「辞世の句」を削除すべきではないとの見解を示しました(注1)

 

一旦削除も、元旦に再掲載

 

『琉球新報』『沖縄タイムス』では、その後も数ヶ月にわたって「辞世の句」掲載を非難し、削除を求める記事を散発的に掲載していました。

 非難の声が収まらない状況に対して、陸自第15旅団は10月31日に「辞世の句」のページを差し替える形で「第15旅団ホームページの見直しについて」と題した文章を掲載してHPを見直す考えを示し、「辞世の句」の掲載を取り下げます(注3)。その理由として「掲載していた情報が古いという認識があった」「第15旅団の様々な活動は、地元の皆様のご理解が不可欠である」などを挙げ、「辞世の句」の取り扱いについては「検討する」として方針を明らかにすることはありませんでした。

 

「第15旅団ホームページの見直しについて」の発表と「辞世の句」の掲載が取り下げられたことを受けて、的中することを望んでいなかった自らの予想が当たってしまったことを残念に思っていたのですが、今年の元日に「辞世の句」が再掲載されました。

 望ましい形で予想が裏切られることになったのです(注2)

 

 マスメディアの取材に対して、第15旅団はHPに「辞世の句」を掲載することについて「さまざまな意見があった。2027年度までに(旅団から)師団になるにあたって県民の理解が不可欠だ。歴史的背景も知ってもらうため、当時の資料をそのまま示すことにした」「32軍との連続性を示す意図も、牛島司令官の沖縄戦における指揮を礼賛する意図も全くない」「15旅団の歩みを知ってもらうため、部隊の歴史的事実を示す資料を掲載していることをご理解いただきたい」と強調しています。

 

「辞世の句」再掲載に対する非難の声

 

 第15旅団がHPのリニューアルで「辞世の句」を再掲載したことに対して、即座に非難の声が上がり、地元紙を舞台に見慣れた光景が繰り広げられています。少し長くなりますが、以下に目立つ人たち(や新聞社)の声をご紹介します(注4)

 

  • 沖縄県民の抗議には耳を貸さないと開き直る挑戦的な対応だ。
  • 戦後80年の年明けに「沖縄戦の苦しみは顧みない」「住民の犠牲はためらわない」と宣言しているようなもので到底許されない
  • 「沖縄戦の実相を踏まえ削除すべきだ」と県民がたくさんの声を上げてきたが、聞く耳を持たないという自衛隊の表明だ。共存できないことがはっきりした。

(「沖縄県平和委員会」大久保康裕事務局長)

 

  • 県民にとって受け入れ難い句を押しつけようとしている。辞世の句には沖縄の住民に犠牲を強いたのは誰なのかという視点が全く欠如している。県民から反発が出て一度削除されたにもかかわらず、あえて載せるのは県民への挑戦だ。「二度と住民を犠牲にすることはあり得ない」という反省のコメントもなく載せている。
  • 日本軍の思想を受け継ぐのか、自衛隊の認識が問われている

 (「ノーモア沖縄戦命どぅ宝の会」具志堅隆松共同代表)

 

  • (陸上自衛隊第15旅団が沖縄戦を率いた牛島満司令官の辞世の句をホームページに再掲載したことは)自衛隊が「皇軍の末裔」であることを公言しているようなものだ。
  • 「日本軍とは関係がない」と言ってきた戦後の自衛隊の歩みを自己否定している
  • 「皇国」と詠んだ牛島司令官の辞世の句は、天皇の神格化を肯定する内容だ。
  • 自衛隊・防衛省の幹部は勉強不足だ。

 (芥川賞受賞者・政治活動家の目取真俊氏)(注5)

 

  • 沖縄戦で牛島司令官は「最後まで敢闘し悠久の大義に生くべし」として住民が降伏することを否定し、そのためにおびただしい犠牲が出たのである。15旅団はこうした史実をどう捉えているのか。
  • 「辞世の句」の掲載は住民犠牲への配慮を著しく欠く上に憲法の精神にも合致しない。いったん取り下げたのに再び掲示することになったのはなぜなのか。背骨がふらつくような対応で信頼は得られない。再掲となれば「意図はない」では済まされない。

(『沖縄タイムス』社説) (注6)

 

  • 15旅団の師団化に向けて県民の理解を得るための広報活動に牛島司令官の句が必要なのか。逆に県民の不信をあおるだけであり、ただちに掲載を取りやめるべきだ。
  • 沖縄戦最大の教訓は「軍隊は住民を守らない」であり、それは沖縄戦の実相である。沖縄戦の実相を語り継ぐことによる平和の構築を目指す県民の願いと、牛島司令官の句は真っ向から対立する。
  • 「皇軍の論理」は戦争を放棄した日本国憲法によって明確に否定されたはずである。自衛隊組織を維持する上で「皇軍の論理」が必要なのか理解に苦しむ。肯定的に継承するのではなく、厳しく検証した上で断ち切ることが自衛隊、さらには日本社会に求められているはずだ。
  • 沖縄を再び軍事的な防波堤とする動きに抵抗する意味でも再掲載を認めるわけにいかない。

(『琉球新報』社説)(注7)

 

「辞世の句」をどう読み解くのか

 

 前回の記事でも論じた通り、「辞世の句」を掲載していることを非難している人たちによる「旧日本軍の思想を継承していることを示している」「皇国史観そのものである」「司令官の句にはそうした(沖縄戦で犠牲となった)住民への謝罪の思いはなく、専ら皇国しか念頭にない。沖縄戦で無念死した住民に何ら思いを寄せない非人間的な句だ」「憲法9条下の戦後の平和主義を否定したとの疑念さえ湧く」などといった読解は、私には到底理解できるものではありません(注1)

 

 牛島満軍司令官の「辞世の句」について、沖縄県隊友会初代会長の石嶺邦夫氏による「沖縄の地は荒廃し、司令官は戦争が済んだらまた元の沖縄に戻ってほしい、再生してほしいとの最後の願いを込めて辞世の句を詠んだのだと思う」「日本軍を美化するといった意図をもって詠まれた歌ではない。最後の願いを素直に受け取るべきだ」との解釈(注8)が素直な読み解き方であるように思えます。私自身も「戦争で荒廃してしまった国土が甦る(復興する)こと」「国民が戦禍の苦難を乗り越えて再び立ち上がること」を願う祈りの句であると解釈しており、「『皇国』と詠んだ牛島軍司令官の辞世の句は、天皇の神格化を肯定する内容だ」(目取真俊氏)との読み解きは、自らの政治的信条を主張するために死者を冒涜する行為であるように思えてならないのです。

 

 この度の「辞世の句」を巡る騒動で論議の的となっている牛島満軍司令官については、その歴史的評価が分かれており、毀誉褒貶の激しい人物であることは間違いありません。沖縄戦における彼の言動や彼が遺した言葉などについて批判的に検証しなければならないのは当然のことであり、まさにその通りだと思います。

 しかしながら、現代を生きる私たちが史料を用いて沖縄戦の歴史を振り返り、俯瞰的に眺めて客観的に考察することができるのとは異なり、激しい地上戦が繰り広げられた沖縄戦の当事者が、その極限状態において自らを取り巻く状況を客観的・俯瞰的に捉えることが極めて困難であったということは想像に難くありません。

 牛島軍司令官も我が国の戦争の歴史に翻弄された、沖縄戦の当事者の1人なのであり、その当事者性について考慮することがない批判的な検証は「過去を客観的に見る」ということではなく、「先人達を断罪する傲慢な行為」となってしまうのではないでしょうか(注1)

 

 沖縄戦の悲劇を繰り返してはならないということと同時に、沖縄の地で国に殉じた日本軍将兵を貶め、先人の努力や尊い犠牲が歪められるようなことがあってはならないということは論ずるまでもない当たり前のことです(注8)

 この度の騒動において見受けられたような醜悪な振る舞いをしたり、過ちを繰り返したりしないようにするためにも、私たちには「旧日本軍に対し現在の価値観で批判的にとらえるのではなく、自分たちの先祖の歩みなのだと当事者的に受け止める姿勢が求められる」(潮匡人氏)ということを肝に銘じておく必要があるように思えます。

 

及第点を与えることはできないー陸自第15旅団のHPリニューアル

 

 これまで論じてきたように、この度の陸自第15旅団のHPリニューアルにおいて誹謗中傷や理不尽な削除の要求に屈することなく、牛島満軍司令官の「辞世の句」を再掲載したこと自体は肯定的に評価していますが、掲載の仕方には問題もあります(注9)

 

 2024年10月まで15旅団のHPに掲載されていた牛島軍司令官の「辞世の句」

 

 2025年元日から第15旅団HPに再掲された牛島軍司令官「辞世の句」

 

 リニューアル後のHPでは牛島軍司令官の「辞世の句」と桑江初代群長による訓示を歴史的資料『臨時第1混成群史』の画像を掲載することによって表示しており、「辞世の句」と「訓示」のいずれも判読不可能とまでは言えませんが、リニューアル前と比較して、かなり「見づらく」「読みづらく」なってしまっていることは明らかです。

 歴史的資料を画像で掲載すること自体を否定するものではなく、どちらかと言えば、多くの画像を掲載することが望ましいと考えていますが、今回のリニューアルに際して、何故、画像資料に分かりやすく、読みやすい解説を付記しようとしなかったのか、私にはその理由が分からず、理解に苦しみます。

 

 以前に「辞世の句」を巡る騒動を取り上げた記事で、陸自第15旅団のHPについて次のように論じています(注1)

 

 陸自第15旅団のHPに不適切な点があるとするならば、それは牛島軍司令官の辞世の句を掲載していること自体にあるのではなく、防衛省と自衛隊による情報発信が極めて不十分である、もしくはそのやり方があまり上手くはなかったということでしかないのではないでしょうか。確かに、現在のHPには「何故、桑江初代群長による訓示と牛島司令官の辞世の句が並べて掲載されているのか」について何ら説明がされておらず、「沖縄戦の歴史や牛島軍司令官を知らない人にとっては説明が不足していて不親切である」と指摘されれば、それを否定することはできません。

 

 今回のHPリニューアルで、プラスの評価を与えることができるのは「『辞世の句』を再掲載した」という一点のみであり、以前のHPで「説明が不足していて不親切である」という点が改善されておらず、以前は読みやすかった「辞世の句」や「訓示」が読みづらくなってしまったという点ではマイナスであり、総合的な評価において、現状ではとても及第点を与えることはできません。

 この度の陸自第15旅団HPのリニューアルを契機として、防衛省と自衛隊がより積極的に国民に向けた情報発信に努めて、HPについても及第点を取ることができるように改善を積み重ねていくことを期待しつつ、筆を置きたいと思います。

 

 

(注1) 【藤原昌樹】「辞世の句」ホームページ掲載を巡るドタバタ劇─悲劇を政治利用する平和主義者たち | 表現者クライテリオン

(注2) <独自>削除要請受けた牛島司令官の辞世の句 陸自15旅団の公式HPに年明け再掲載へ – 産経ニュース

 リニューアル後のHPで、「辞世の句」は第15旅団の前身である「臨時第1混成群」の歴史的資料を紹介するページに掲載されています。

 昨年10月までは

《秋待たで 枯れ行く島の 青草は 皇国の春に 甦らなむ》

 と記載されていましたが、「臨時第1混成群史」に掲載された記述に合わせて、

《秋を待たで 枯れゆく島の青草は 御国の春に よみがえらなん》

 と修正して掲載されています。

 関係者によると、リニューアル前のHPでも当初は「御国の春」と記載していたところ、2019年7月に外部からの「『皇国の春』ではないか」との指摘で「皇国の春」と直して記載した経緯があるということであり、この機会に元の表記に戻すこととし、この他に「秋待たで」を「秋を待たで」に変更するなどの修正が加えられています。

(注3) 陸上自衛隊第15旅団公式HP「辞世の句」掲載取り下げ | OKITIVE

(注4) [戦後80年]戦後節目に皇国賛美の句 陸自再掲 体験者ら怒る | 沖縄タイムス+プラス

(注5) 【識者談話】「戦後の歩み、自己否定」 牛島氏「辞世の句」陸自HP再掲載 目取真俊氏(作家)  – 琉球新報デジタル

(注6) [社説]牛島司令官の句 再掲載 住民犠牲への配慮欠く | 社説 | 沖縄タイムス+プラス

(注7) <社説>「辞世の句」再掲載 「皇軍の論理」なぜ断てぬ – 琉球新報デジタル

(注8) 牛島司令官「最後の願い」どう捉えるか 「辞世の句」陸自15旅団がHPに再掲載 – 産経ニュース

(注9) 陸上自衛隊 第15旅団

mod.go.jp/gsdf/wae/15b/15b/hondohuxtukikunji.html

 


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