今回は『表現者クライテリオン』2021年5月号の掲載されている特集インタビューを特別に一部公開いたします。
公開するのは前回に引き続き、
『表現者クライテリオン』2021年5月号の特集「コロナ疲れの正体 暴走するポリコレ」に掲載のインタビュー記事です。
インタビューをしたのは與那覇潤先生、インタビュアーは本誌編集部の浜崎洋介です。
興味がありましたら、ぜひ本誌を手に取ってみてください。
以下内容です。
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與那覇潤(以下與那覇)▼
(中略)、最近は著名人から普通のSNSユーザーまで、「それはあなたの感想だ」って言われることを過剰に恐れているみたいですね。
個人的には、それを解除するのがファーストステップかなと思うんですよ。
「あなたがそう感じただけですよね」に対しては、「ええ。僕みたいに感じる人が増えることが、より住みやすい世の中を作ると思って広める作業をしていますが、何か?」でかまわない。
少なくとも、相手を脅して不安に陥れるように加工された「データ」を、撒き散らすよりはマシですよ、と。どうして世の人文学者たちが、堂々とそう主張しないのかがわからない。
浜崎洋介(以下浜崎)▼
そもそも「文芸批評」という営みは、「感想」が起点ですからね(笑)。
與那覇▼そのことに変な劣等感を抱くと、大概おかしな方向に行きますよね。
浜崎▼その点、文学アカデミズムは完全におかしな方に行っていますよ(笑)。
(中略)
與那覇▼正しい意味での「人文学の復権」は、その点で急務のはずなのですが、たとえば過剰自粛の問題一つとっても動きが鈍い。
一部であれ法律の専門家が「合理性を欠く飲食店への過料は不当」と批判したり、経済学者が「解雇や失業で失われる命を考慮に入れよ」と主張しているのに比べても、本当に何もしていない。
浜崎さんや私は率直にいえば、その中での希少事例でしかないのですが、やはり例外的に人文学の知見から過剰自粛を批判してくれた識者に、医療人類学の磯野真穂さんという方がいます。
彼女には、九鬼周造の研究者だった宮野真生子さん(哲学。故人)との往復書簡集である『急に具合が悪くなる』(晶文社)という、かなり話題になった本があって、そこに大事なことが書かれていました。
対話相手の宮野さんは、磯野さんと知り合った頃にはすでに末期ガンだったようで、「いつか急に具合が悪くなって、死に至るかもしれないから、気持ちの準備を」と医師から言われていた。
そういう状態の患者さんとのコミュニケーションでは、通常の「ポリティカルコレクトネスを守った病気についての会話を続ける」(同書一五〇頁)ことが、ある時点からできなくなる。そうした局面が記録されているんです。
病気の人に対しては安易に励ましても(「大したことないじゃん」)、逆に大げさに同情しても(「本当にかわいそう」)、どちらも相手の心を傷つけかねないので、これを言っておけば双方傷つかないとわかっている、いくつかのフレーズに会話が帰着しがちです。
たとえば「治ったらご飯行こうよ」等ですが、これはガイドラインに沿うことで無難なコミュニケーションを可能にしているという点で、きわめてポリコレ的なんですね。
しかし相手がもうすぐ死ぬ、つまり「治らない」ことがわかると、それは通じなくなる。ある意味でそこが、真のコミュニケーションが始まり、言葉の発し手の主体性─あるいは両者の関係の内実が問われてゆく瞬間ではないか。そういう考察です。
浜崎▼なるほど面白いですね。しかも、非常にリアルな認識です(笑)。
よく指摘されるのは、フランスで黄色いベスト運動が起きたり、アメリカでデモが起きたりしている中で、なぜ日本だけ静かなのかというとき、集団主義的で大人しいという日本人の性格が言われることが多い。
確かに、それは一理も二理もあるとは思いますが、でも、今の話でいえば、まだ日本は「末期ガン」に直面してないということなんでしょうね。だから、未だに「ポリコレ」でやって行けると思っている。まずは、行くところまで行けと。
與那覇▼ポリコレには本来「対症療法」としての意義があったと述べましたが、換言すればカンフル剤(苦痛の緩和剤)にはなるということです。
それで時間を稼いでいる間に、どう差別という病を治療するかが大事なのですが、ポリコレで「緩和したじゃないか!」という点で勝ち誇ってしまったら、いわゆる「茹でガエル」になってしまう。
一気に熱湯にはならない分、徐々に迫る破局に気づかず、「熱い!」となった時は手遅れ。オバマで黒人大統領も実現したし、で安心していたら、次はトランプだったみたいな事態になる。
浜崎▼ただ、本来なら、そこに行きつくまでに気がつくはずなんですけどね、想像力で(笑)。でも、その想像力を育てるはずの他者との関係性が壊れているから。
浜崎▼そう思うと、與那覇さんの「自粛とステイホームがもはや『正義』ではないこれだけの理由」の中に、感動的な言葉がありますよね、
「なにが自分にとって要であり急なのか、自ら判断する基準こそがほんらいはその人の価値観であり、生き方である。そうした自覚を抱きえない空疎な生の持ち主こそが、他の人が訴えるニーズを、いくらでも残酷に棄却できるのだ」と。
與那覇▼魂を込めて記した箇所を拾ってくださり、ありがとうございます(笑)。
浜崎▼「行き着いてしまう前に手当てしようよ」というのも、ある種、エビデンスやファクトだけでは辿り着けない想像力の問題じゃないですか。
とすれば、ファクトより、その想像力をどう育てていくのかという「倫理」や「生き方」の方が大事になってくるということなんでしょうね。
與那覇▼まさにそうで、自粛に同調する人に言いたいのは「君ら、自分が積み重ねてきた生き方を不要不急とか言われて、悔しくないんか」ということなんですよ(笑)。でも、もうそれくらい、多くの人が自分の感覚を信じられないんでしょうね。
斎藤環さんとの共著を踏まえて言い直すと、これは「医者と薬と、どちらに依存した方がまだましか」という問題と似ています。
欧米で普及しているフロイト流の精神分析は、長時間かけてじっくり患者の人生を掘り下げる点はいいのですが、患者を分析医に依存させてしまうことがある。「私の人生すべてを知っている、この先生が認めてくれたなら私は生きていける」みたいな。
しかし、そうした転移性治癒は長続きしない。
一方で「三分間診療」と揶揄される、「薬はあげるから、もういいでしょ」的な治療法だと、より皮相な弥縫策にしかならない半面で、医師に依存する患者も出てこない(笑)。実は客観性の看板を掲げるエビデンス主義者がやってきたことは、こちらと似ている。
「俺はファクト重視だから、『俺の思想を信じろ』なんて言いません。合理的でしょ?」と。しかしそこで売られているイージーな薬だけでは結局、相互の信頼を築くような主体性は回復できず、服薬依存症になってしまいます。
だから今、データで世界を切るみたいなメディアに「意識高く」アクセスしながら、一方で成功した起業家がオレ自慢しているだけの「カリスマ自己啓発本」にもはまってるといった人は、たぶんすごい多い(笑)。
そうした現状に対して、「それ、どちらも依存ですよ」と。そう指摘して「ハッ」と気づかせるポジションが大事なのかなと思います。
浜崎▼おっしゃる通りです。これは『クライテリオン』的な話になるかもしれませんが、それは、どこか「戦後」のメンタリティとも関係がある気がしてしまいます(笑)。
ただ、山本七平や與那覇さんがお書きになっているように、僕自身も、「戦前」と「戦後」は、どっちもどっちだと思っているんですよ。「戦前」が素晴らしいなどとは全く思わない。
ただ、一点だけ違うと思うのは、戦前は「西欧依存」への自覚があった、そして、その分、無理をしながらでも自分で立とうとする意識はあったんじゃないかと…(続く)
(『表現者クライテリオン』2021年5月号より)
続きは『表現者クライテリオン』2021年5月号にて。
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