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【浜崎洋介】「正しさ」とは政治的に求められるべきものではない

浜崎洋介

浜崎洋介 (文芸批評家)

今回は『表現者クライテリオン』2021年5月号の掲載されている記事を特別に一部公開いたします。

公開するのは本誌編集部の浜崎洋介の記事です。

タイトルは「「ポリコレ」について私が知っている二、三の事柄

表現者クライテリオン,コロナ,ポリコレ

表現者クライテリオン』では、毎号、様々な連載を掲載しています。

ご興味ありましたら、ぜひ最新号とあわせて、本誌を手に取ってみてください。

以下内容です

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まず私は、「ポリティカル・コレクトネス」などという言葉を全く信じていません

「政治」に絶対的な「正しさ」はない

 というのも、「政治」において絶対的な「正しさ」などあり得ないからです。いや、正確に言うなら、「正しさ」とは政治的に求められるべきものではないからです

 なるほど、「政治的正しさ」は、飽くまで目指すべき理想だと言いたい向きもあるのでしょう。

が、理想とは、それが現実ではないから理想と呼ばれているのであって、もし、それを実現しようと思えば、必然的に私たちは、脳内にある理想の王国を裏切って、現実の大地に下りて来なければならない。

それは、共産革命の理想=正義だろうが、大東亜共栄圏の理想=正義だろうが、戦後民主主義の理想=正義だろうが同じことです。

 たとえば、「差別なき世界」を空想するのは勝手ですが、その「差別なき世界」を本当に実現するためには、まず「差別者」を差別した上で、彼らを現実の政治権力を使って排除する(警察権力によって指導・拘束する)しか手はありません。

 いや、私は、それを否定しているわけではない。むしろ、その反対で、たとえば私は、「ヘイトスピーチ」について書いた原稿のなかで、

「法規制を一刻も早く整備すること(ヘイトの定義=範囲を明確化し、それに引っかかる行為に対して左右を問わず迅速に罰すること)」

を訴えたことさえあるのです(「『ネオリベ国家ニッポン』に抗して─テロ・ヘイト・ポピュリズムの現在」『対抗言論vol.1』法政大学出版局)。その点、私は差別批判者だということになる。

 けれども、その際も私は、「正しさ」だの「正義」だのといった観念とは無縁で、ただ、社会というものを成り立たせている最低限の礼儀、他者関係を調整する上での手続きや秩序を維持した方が何かと「生きやすい」と考えているだけなのです

要するに、私は、私の「生の力能」(スピノザ)を守りたいのであって、だからこそ、過剰な受動性──悲しみ・不安・憎悪──を掻き立ててしまう「ヘイト」は、厳に取り締まるべきだと書いたにすぎません。

それを、わざわざ「ポリティカル・コレクトネス」などといった大義名分で飾り立てる必要はないし、それによって、自分の言葉を正当化する必要も全く感じません。

 つまり、異物や他者と共にある社会のなかで、「秩序」などというものは、お互いの折り合いと譲歩のなかでしか発見できないのであって、その礼儀作法が社会のなかで定着するかしないのかという基準は、その譲歩によって、より多くの「力能」を担保することができるのか否かという、ただその一点にかかっているのだということです。

 その点、マイノリティの擁護にしても同じことが言えます。たとえば弱者、女性、LGBTなどに対する配慮というのは、手前勝手な同情や、被害妄想的、あるいは殉教者然としたセンチメンタリズムとは無縁なのであって、
一つの「区別」を、社会を壊してしまうほどの「差別」へとエスカレートさせるよりは、その手前で自他共に折り合いをつけた方が何かと「息がしやすい」という以上のことではないでしょう。

そして、その「息のしやすさ」というのは、世代によって、性差によって、社会的階層によって違ってくる。しかし、そうならば、やはり私たちは、ますます他者と折り合っていくしかないのだということになります。

(中略)

呆然の中、一つのことに気づいた少年時代

たとえば私の両親は、戦後的観念を身につけて育った「リベラル」な人間ですが、彼等から常日頃、「差別だけは絶対にしてはならない」と無条件に教えられて育った私もまた、「反差別」の見方を伴って、思春期以降の他者と出会っていくことになります。

 が、そんなある時─それはたしか、美術部で絵を描いていた高校一年生の秋のことでした─、私は、ちょっとしたショックに見舞われることになります。

絵の展覧会場で重そうなキャンバスを搬入していた女の先輩を見た私は、咄嗟に、「それは先輩には重すぎますよ、僕が運びましょうか」と呼びかけたのでした。
が、その先輩からの返事に私は言葉を失うことになります。彼女は言ったのでした、「女だからって、バカにしないで」と。

 それ以来、私は、目の前の女性に対して、自然に─つまり内発的感情にしたがって─声をかけるということができなくなってしまったのでした。

 もちろん、当時の自分に女性を「バカにする」気持ちは微塵もなかったし、主観的には厚意でさえあったわけですが、しかし、そんな自分の言動が向こうの主観には「バカにしている」と映ってしまった事実は変えられません。

とすれば、もはや、どんなに言い訳をしようが、やはり、彼女からすれば、私は鈍感な「差別者」だということになってしまう。それは「リベラル」な高校生の「身うごき」を封じるには十分な言葉でした。

 が、またしばらくした頃です。今度は、大学生になっていた私は、重い映画機材を運ぶ女の同級生を眼にすることになります。

しかし、一度失敗していた私は、「ここで声を掛けることは、女性の自立を阻害することになりかねず、引いては、差別者として誤解を受けることにも繋がりかねない」と考え、
その時は、何も言わずに彼女を見送ることにしたのでした。が、後で彼女に掛けられた言葉は痛烈なものでした。

彼女は諦めるように、そして侮蔑するように言ったのです、「浜崎くんって、本当に女の人の気持ちが分からない人なんだね」と。

 その言葉を聞いたとき、私は呆然としながらも、しかし、一つのことを朧気ながら理解しつつあったように思います。

区別と差別の違いに明確な規則はない

つまり、一つの言動が「区別」になるのか「差別」になるのかは、その時と処と人によって全く違うのだということに目覚めはじめていたのです。

 「区別すべきではない文脈(人)」で「区別」をしようとすれば、それは「差別」になり、その反対に、「区別すべき文脈(人)」で「区別」をしようとしないなら、それは「冷酷」になる

では、その「区別すべきではない文脈」と「区別すべき文脈」とは、どのように区別すべきなのか? 実は、それを決める明確な規則はどこにもないのです。

いや、だからこそウィトゲンシュタインは、私たちの眼を、私たち自身が折り合ってきた生活の事実に、その生成変化する「生活形式」のあり方に向けようとしてきたのではなかったか。

 しかし、それなら、まず私たちが心掛けるべきは、一つの視点=観念から学ぶことではなく、むしろ、一つの視点=観念に囚われないようにすることであり、また、私たちの生きている〈歴史的文脈─生活の流れ─己の力能のあり方〉に耳を傾け、柔軟に視点を変えていくことだということになるでしょう。

むろん、その流れが「規則」(ポリティカル・コレクトネス)ではない限り、私たちは常に間違い得ます。
が、だからこそ私たちは、「社会」という観念に対してではなく、具体的文脈を共有している「個人」に対して、「失礼しました」と謝罪する言葉を持っているのではないでしょうか。

 なるほど、「謝れない大人」が多いのも事実です。

しかし、その多くは、悪魔のような「差別主義者」なのではなく、単に「礼儀知らず」なのです。
いや、その点で言えば、文脈を一度読み間違ってしまった程度のことで、鬼の首を取ったかのように「差別者」のレッテルを貼り、その「失言者」の存在を社会から抹殺しようとするなら、それこそ「ポリコレ諸君」の方が、よっぽど「礼儀知らず」だと言わなければなりません…(続く)

(『表現者クライテリオン』2021年5月号より)

 

 

続きは『表現者クライテリオン』2021年5月号にて。
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