今回は『表現者クライテリオン』2021年7月号の掲載されている特別対談を特別に一部公開いたします。
公開するのは、前回に引き続き「コロナがもたらす教育破壊」特集掲載、
宮台真司先生と本誌編集長の藤井聡の対談です。
〇前回から読む
興味がありましたら、ぜひ『表現者クライテリオン』2021年7月号を手に取ってみてください。
以下内容です。
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藤井聡(以下藤井)▼
日本国内でも海外でも、今の日本人は社会学的な配慮が徹底的に不在であるがゆえに社会学的アノミー、つまり、無秩序化が進んできてしまったということだと思うんですが。
で、今回のコロナでそれが露わになってきたのではないかと。
宮台真司(以下宮台)▼
その通りです。
藤井▼その中で、そんな日本社会の下劣さ故のアノミーの最大の被害者が若者だと思うんですが、その深刻さを考えるにあたって、
映画の『バタフライ・エフェクト』はとても分かりやすいのではないかと思うんです。
宮台▼映画批評家なので存じ上げています。
藤井▼あの映画は子供の頃の、それこそバタフライ(蝶々)がそこで一つ羽ばたくか羽ばたかないかというだけのちょっとした違いで、自分たち全員の人生が全く違ったものになってしまう、っていうことを描いたもの。
通常なら、人生は一回こっきりなので一つの現象や行動が違ったらその後パラレルワールドの中でどうなっていくかを知ることはできないんですが、
この映画はいわゆる何度も何度も若い頃に戻って体験し直す、っていういわゆる「ループもの」と呼ばれる形式の物語になっていて、だから、それぞれの振る舞いがどういう巨大な差異を我々の人生にもたらすのかが大変に分かりやすい形で描かれている。
僕はこの映画が大好きなんですが、なんでかっていうと、僕たち一人一人の人生っていうのは本当は全部こうなってて、ちょっとしたことで全然変わってくんだなぁということが手触りがある形で身体的に理解できるからなんです。
一回の飲み会の中のちょっとした出来事だけで、その結婚の有無とか、その子供が生まれるかどうかとか、あるいは自殺したりしなかったりだとかが全部変わってくる。
つまり僕たちの人生は毎日毎日、バタフライも羽ばたきまくってるわけです。
とはいえやっぱり、大人になってくるとバタフライの飛ぶ範囲もその影響の大きさもだんだん限定的になってくるわけですが、逆に言うと学生時代っていうのはすごい自由にバタフライが飛びまくっていて、その一つ一つの羽ばたきがそれぞれの人生に凄まじい影響を与えまくってるわけです。
だから学生時代の一つの飲み会や一つのデート、一つの会話や一つの旅行、そういったもの一つ一つが、我々大人のそれらとは比べものにならないくらい大切な大切なものなんです。
それが今、このコロナのせいで一年どころか二年にわたって若者全員に対して羽ばたくな、家に居ろ、リモートで授業受けろ、集まるな、酒飲むな、ってことになってるわけです。
もうこういう下らない自粛要請の被害は、若者たちに対してはバタフライ・エフェクトで超絶に巨大化するわけです。
でも、そんなことに配慮している大人たちをメディアの中で見聞きすることなんてホンットにほとんどない。何とも酷い奴らです。
さらに言うと、これまで自由だとか保守思想だとかエラソーに言論界や政界でしゃべりまくってきた奴らの中にも、そういうことを一顧だにせず、ただただコロナ怖い、感染拡大させちゃいけない、って言いながら、
その実、ただ単に「俺は罹りたくない」とだけ浅ましく思って主張し続けるような輩も多い。そういう姿を見るにつけ何とおぞましい俗物なのだろうとの認識を禁じ得ません。
宮台▼万事おっしゃる通りです。日本人はそもそも個人がすごい弱い。だから、政・官・民を問わず、また政治党派を問わず、上を伺うヒラメと、周囲を伺うキョロメだらけです。
人類学者ルース・ベネディクトの『菊と刀』まで遡ると、日本人には「内」の規範の焦点がなく、その時々の「外」からの視線にしか反応できない。
だから、日本兵を捕虜にしてシャワーを使わせて飯を食わせると、その日のうちから訊かれてもいないのに極秘事項をぺらぺら喋る。
彼女によると、“together”じゃなくなると変節したり悪いことをしがちなのが、日本人の一般的な姿なんです。
藤井▼ホントそうですね(笑)。
宮台▼抽象的に言うと、そもそも弱い個人は、血縁や地縁のネットワークや、市場・行政・テクノロジーを含めたシステムに守られていないと生きていけませんが、日本の場合、地縁ネットワークを壊し尽くしただけでなく、システムがそもそも脆弱です。
かつての帝国陸軍の参謀本部や帝国海軍の軍令部もそうでしたが、個人の性能が低すぎて、システムが合理的に動かないんですね。
たまたま「戦争に勝てそうだ、勝たなきゃいけない」とか「戦後復興できそうだ、しなきゃいけない」という共通前提があるときにだけ、皆同じ方向を向くのでうまくいく。
逆に言うと、そういう共通前提がなくなったとき、所属集団でのポジション争い、つまり「沈みかけた船での座席争い」が生じるんです。今の日本がまさにそうですよね。
日本の劣等性は、実は田中角栄を見ると分かります。彼は素晴らしい政治家だったし、僕の師匠小室直樹も尊敬していました。
でも、僕から見ると、田中角栄の言葉として記憶されてるのは「よっしゃ、よっしゃ」だけです。
藤井▼ははは(笑)。
宮台▼普遍的な言葉を持つ政治家じゃなかった。実は田中角栄の七〇年代は、日本人の共通前提が消えていく時代です。
以降、前提を共有しない人々に向けた個人の普遍的な言葉が必要になりました。
なのに、前提を共有しない人に届いて、前提の相違を超えて全体をまとめられる、個人としての言葉を語れる政治家が、いなくなった。
正確に言えば、昔からそんな政治家がいないことが、共通前提の崩壊で、問題化するようになりました。
以降の日本の政治家は、「そういうポジションだから言ってるだけだろ」みたいなヘタレぶりが目立ちます。
例えば、野党で言うなら細野豪志なんか所属が変わるだけで言うことが変わっちゃうし、与党で言うなら河野太郎も政権に取り立てられた瞬間自分のブログを封印しちゃうみたいなことをする。
藤井▼ホント恥知らずそのものですね(笑)。
宮台▼一九七〇年という早い時代に、共通前提の崩壊を見越して、ヒラメとキョロメだらけの日本人を憂えたのが三島由紀夫です。
三島が言うように「日本人は一夜にして天皇主義者から民主主義者に豹変する存在」です。
だから、一夜にしてフェミニストなり、SDGsになり、多様性主義者になります。その人間が表向き何を喋っているのかは“心ある者”にとってはどうでもいい。そいつが信頼できるかどうかだけがポイントなんです。
だからこそ、日本には天皇への帰依という参照点が必要だというのが、三島の天皇主義です。僕も若い頃から天皇主義者で、『援交から天皇へ』という九〇年代の評論集もあります。僕も予想していた通り、本当に三島の予言通りになりました。
不動点である天皇への参照を欠いた日本には、信頼に足る政治家も企業経営者もほぼいません。
アメリカのPR会社「エデルマン」の調査によると、従業員によるいわゆる取締役会等の幹部構成メンバーに対するリスペクトが、OECD加盟国の中で一番低いのが日本です。「クソがついたケツでも舐める輩だけが出世する」という事実を、皆が弁えるからです。
でも、それを皆が嫌悪しているわけでもない。心の中では、自分もケツを舐めてポジションを上げようと考えるクズだらけ。
経済指標を見ると日本がめちゃくちゃなのは、「沈みかけた船での座席争い」しかないからです。
だからこそ、日本だけが産業構造改革ができず、最低賃金は高い国の半分だし、平均賃金も昨年韓国に抜かれ、二〇一八年には一人当たりGDPも韓国に抜かれました。藤井先生もご存じの通りです。
藤井▼おっしゃる通りです。長期的な経済成長率は文字通りOECD加盟諸国中最下位。
昭和時代にはアメリカをも脅かしていた超経済大国の面影は平成の三十年で完全にぶっ飛んで、経済大国だなんて誰も思わなくなって、むしろ単なる世界最先端の衰退途上国に成り下がっている。
宮台▼ただし、経済政策の間違いという次元の問題ではありません。日本人の劣等性に起因する日本の劣等性に由来します。
かつては共通の前提があったから、日本人の劣等性が日本の劣等性として現れませんでした。今は、日本人の劣等性が直ちに日本の劣等性として機能します。
日本人の劣等性は、政・官・民を問わず、政治党派も問いません。それを僕は「日本全国どこを切っても、金太郎飴のスガ(菅義偉)の顔」と…(続く)
(『表現者クライテリオン』2021年7月号より)
続きは『表現者クライテリオン』2021年7月号にて
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『表現者クライテリオン』2021年7月号
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コメント
共通前提…とても包括性の高い言葉であり、日本の今昔を的確に表現していると思います。戦前戦中までの大日本帝国を上手く纏めた天皇中心国家思想までは…。でもその後欧米思想哲学が流入した現在、私が考えている共通前提は、マスメディアが造りあげていると思います。左指向が強いのではないでしょうか。だから右指向的な発言をしていかないと日本はどんどん左向きに反れていってます。既に様々な弊害が噴き出してます。日本の未来をこのマスコミに任せておいて良いものでしょうか?