浜崎 洋介 著 『三島由紀夫 なぜ、死んでみせねばならなかったのか』 NHK出版/2020年10月刊 の書評です。
書評者:磯邉精僊(小幡敏)
『三島由紀夫 なぜ、死んでみせねばならなかったのか』の購入はこちら
この書評は『表現者クライテリオン』2021年1月号に掲載されています。
『表現者クライテリオン』では、毎号、様々な特集や連載を掲載しています。
ご興味ありましたら、ぜひ本誌を手に取ってみてください。
以下内容です。
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三島由紀夫という人が居る。こんなにも不気味な、人をまごつかせる人はいない。
なぜだろうか。生きて動く三島は半世紀も前に死んでしまっているのに、それを知らぬ我々が彼との対話を強いられ、彼との距離に悩み、いつのまにか彼への定まらない評価を重ねてしまっている。これは何も私に限ったことではあるまい。
三島とはそういう存在である。躊躇なく肯定することは難しく、かといって知らぬを決め込むことも能わない魔性。
断罪された時代を生き永らえる我々にとって、彼の二面性、すなわち文学と政治、その両者を統合させることは難しく、故に三島は、その顔に表情を与えることが極めて難しい男である。
然るに、三島がこれほど我々を悩ますのは、彼のあらゆる営為が彼の個人史でありながら現代日本人の精神闘争の祖型であることに根を持ち、だからこそ三島は、我々の前に繰り返し現れ来るのである。
こういうと人は奇異に思うだろうか。三島は奇形に過ぎないのだと。
だが、著者が本書で力強く粗描するように、三島が「『言葉』の全能感」から歩き始め、苦心惨憺の末に“死を欲してしまう肉体”の姿を見出すまでの道程は果たして、我々と無関係のものであろうか。
否。著者が終章で指摘する通り、我々は「『もの』による支えを失った『非現実感』」とその「孤独」の前に、三島を先覚者と仰ぐ立場にある。
なるほど小さな我々は、三島が直面した
「『思想』を生きていることを自他ともに納得するためには、自らが信じ込もうとした『思想』に自ら殉じてみせる」必要を感じない。
だが、著者が三島とともに語るように、「言葉が単なる虛構」であってはならない。
本書は、三島が“そうでしかありえない”ように生きた様を丹念に辿ってきたからこそ、我々にそれを糺す迫力を備えているのである。
思えば、世間の三島評は、概して彼の細部を穿つものであり、切り取ればなるほど、頷けるものであろう。
だが、彼の相貌の一端を神経質に書き出す作業が果たして、三島との対話になろうか。
それらを切り貼りした怪物、キメラの様な三島像に、我々は惑わされていないか。
三島への理解は、まずその近づき方に注意すべきである。
さもなくば、三島を語ることはいつしか自分を、そして時代を語ることに落ち込んでしまうのだから。
本書における著者の試みはこの点においても成功しているといえよう。
すなわち、三島の魔力に額づくことも、また疎外されることもなく、誠実に描いている。その証拠に、本書を通読して現れる三島その人は、表情を備えていた。
そこにいたのは、昭和を全力で生きた律儀な男のはにかんだ顔、何故だか知らぬが、幼き日の自分を見るような、抱きしめてやりたいほどに愛おしく、また懐かしい裸の存在であった。
この意味で本書は、三島に顔を与えるための、謹直で礼儀正しい近づき方を実演しているといえるのではないか。怪物を怪物にしなかった、それが本書の価値であろうと思う。
(『表現者クライテリオン』2021年1月号より)
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コメント
このテーマでは西部邁氏の文壇デビューとなった論文が思い出される。西部氏は明快に不可解な部分を抽出して驚かしたがこの論文は凡庸に思えました。政治における言葉と力の問題を本書は語っているのか?