表現者クライテリオン編集部です。
今号クライテリオンの特集は「ウクライナからの教訓」。
特集対談では藤井編集長と元外交官の東郷和彦先生による、ロシア・ウクライナに対する日本外交の在り方が論じられています。
本日はその冒頭部分を限定公開します。是非ご一読ください!
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東郷和彦×藤井 聡
藤井▼このたびはお時間をいただきまして、ありがとうございます。我々『表現者クライテリオン』は、東郷先生もお付き合いいただいていた西部邁先生がつくられた『発言者』『表現者』の後継の雑誌としてやっております。
今回の企画は「『ウクライナ』からの教訓」です。テレビ・新聞・雑誌を見ると、「ロシアの軍事侵攻は許されざる暴挙であり、ロシアが全面的な悪でウクライナが完全に被害者である」という勧善懲悪のストーリーになっています。もちろん、そういう側面があることには同意するのですが、それ以外の様々な文脈もあることもまた事実です。そうである以上、アメリカ・ウクライナ側の激しいプロパガンダ戦も割り引きながら、第三者の視点で冷静にウクライナとロシアの戦いを眺め解釈し、淡々と教訓を引き出していく必要があります。
しかも、日本はロシアとの間で北方領土問題を抱えています。そうした関係がある中で、単に欧米と同じ論調でロシアを非難し、ウクライナを支援するだけでは適当とは言い難いように思います。そこで今回は、雑誌等でロシア・ウクライナ問題について多面的なご意見を書かれている元外交官の東郷和彦さんをお招きし、様々な論点についてお聞きしたいと思っております。
「プーチンは勝ってはならない」という西側の主張
藤井▼まず、ウクライナとロシアの現状について、東郷さんがお感じになっていることをお話しいただけますでしょうか。
東郷▼現状について一番恐れていることは、ゼレンスキーが「完全に勝つまで戦争をやめない」と言い、その後ろにいるバイデンやNATOが、「プーチンは勝ってはならない、負けろ」と言っている点です。
ゼレンスキーは、二月二十四日にロシアが攻め込む以前のところまでプーチンを押し返さない限り、自分たちは戦い続けると言っています。もともと彼は、三月二十九日に出した十項目の交渉提案の中に、中立条約の本体の交渉範囲から、クリミアとドンバスの一部は除くという項目を入れていました。これは実によくできた提案です。中立条約交渉では、戦争しているところをどう扱うか処理しない限り、絶対に合意はできないからです。
クリミアとドンバスの一部を除くということは、中立条約の交渉とは別途の処理が可能ということです。さらにクリミアについては、十五年かけて話し合いをするという項目も入っています。話し合うといっても、別に兵を退却させる必要はないわけです。
藤井▼そうですね。話し合うだけですから。
東郷▼ロシアは交渉の中で「ここは自分たちのものだ。歴史を見てみなさい」と言い続け、ウクライナは「いや、ここは私たちのものだ」と言い続けていればいいんです。そう言い合いながら戦争をしなければいいわけですから。
ところが四月六日に、ゼレンスキーは一番肝心な「クリミアを中立条約の範囲から除く」という項目をなくしてしまったんです。
藤井▼ゼレンスキーは、「手打ち」となって戦争を終わらせることができる枠組みをせっかく提案しておきながら「やっぱりやめた」とばかりに自らぶっ壊したわけですね。
東郷▼四月七日にラブロフ外相が直ちにそれを指摘しました。この瞬間から平和条約交渉は完全にストップしてしまいます。ゼレンスキーはクリミアも取り戻すつもりですが、その方向に舵を切ると、ロシアは絶対に譲りませんから全面戦争になります。その全面戦争に勝つまでやるんだ、侵略者はあまりにもひどいことをやっているから最後まで戦うんだということです。
藤井▼いわばゼレンスキーは、あえて戦争を長引かせ、戦争を拡大する方向に舵を切ったわけですね。
東郷▼その後、西側からは戦争の目的に関する発言が出始めることになります。四月十九日にドイツのショルツ首相が、「我々は、EUやNATOのパートナーとともに、ロシアがこの戦争で勝ってはならないという見解で一致している」と発言し、これがロシアで非常に注目されました。「勝ってはならない」というのは「負けろ」と言っているのと同じです。
僕はこの戦争を終わらせる唯一の方法は、「ロシアもウクライナも負けていない」という認識を構築することだと思います。停戦とは本来そういうものです。そうでなければ、一方が他方を完全にやっつけることになります。ショルツ首相の発言は、完全にやっつけるぞという決意の第一弾だったわけです。
それから、アメリカのブリンケン国務長官とオースティン国防長官がキエフに来ます。そして四月二十五日にオースティンが記者会見をして、「ウクライナ侵攻のようなことができない程度に、ロシアを弱体化(weaken)させる」と言っています。ショルツに比べればトーンダウンしているかもしれませんが、プーチンの理想である「強くて安定したロシア」を絶対につくらせず、冷静終了時の「弱くて小さいロシア」を前提とする秩序につくり替えるぞと言っているわけです。その意味で、このオースティンの発言はロシアにとって聞き捨てならないものです。
五月八日に行われたG7サミットでも、全く同じ発言が出てきます。日本のマスコミで報道しているところはないように思いますが、ご覧になった記憶はありますか。
藤井▼いやー、ないですね。
東郷▼そのこと自体が驚くべきことだと思います。日本のマスコミはG7サミットのフルバーションは報道していないので、英語のG7のサイトを見てみました。すると結論部のパラグラフに、”We remain united in our resolve that President Putin must not win his war against Ukraine.”(私たちは、プーチン大統領がウクライナとの戦争に勝ってはならないという決意で団結し続ける)と、つまり「プーチンはこの戦争に勝ってはならない」という表現が出てくるんです。
藤井▼ショルツ首相と同じ表現ですね。
東郷▼全く同じ表現です。日本もG7に入っていて連名していますが、ロシア側から見ればある種の宣戦布告です。すでに日本は、バイデンとゼレンスキーのやっていることが正義、プーチンは完全な悪だと考えています。日本はあらゆる側面で、アメリカと同じ考え方でやってきているんです。
藤井▼これは極めて危険ですね。
東郷▼このような「プーチンに勝たせない、負けろ」という主張に裏付けはあるのかというと、あるんです。それが巨額の武器援助です。アメリカは、二月二十四日から五月六日までに三八億ドル(四八〇〇億円)の武器援助、しかも最新鋭のものを供与。加えて五月一日にペロシ下院議長がゼレンスキーに会い、バイデンが要求する三三〇億ドル(四兆三〇〇〇億円)の追加支援の早期承認を約束します。このうち二〇〇億ドル(二兆六〇六〇億円)が追加武器支援です。実にこれまでの供与額の概ね五倍の巨額支援です。五月九日には「武器貸与法」(ウクライナ民主主義防衛・レンドリース法)が成立しましたが、これは当面象徴的な意味にとどまっています。
(続きは表現者クライテリオン7月号をご覧ください)
『表現者クライテリオン』2022年7月号 『「ウクライナ」からの教訓』
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