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【金子宗徳×柴山桂太×浜崎洋介×川端祐一郎】戦争と人文学~歴史・民族・アイデンティティ~

啓文社(編集用)

皆さんこんにちは。
表現者クライテリオン編集部です。

 今回は2022年7月号(103号)より金子宗徳先生、柴山桂太先生、浜崎洋介先生、川端祐一郎先生の特集座談会『戦争と人文』を四回にわたってお届けします。

 ロシアはなぜ、ほとんど全世界を敵に回してまで、隣国への大規模な侵略に踏み切ったのか。その背景には、軍事上の安全や経済上の利害のみならず、国家としてのアイデンティティや歴史的使命に関わる動機がある。それらに「妄念」めいたところがあるにしても、国家の行動原理として現実に力を持っているのである限り、無視するわけにはいかない。

 かつての日本の大東亜戦争も、多くの理念や使命感に彩られたものであった。日露それぞれの民族の成り立ち、文明の性格、思想の構造などを比較しながら、戦争の人文学的側面について討議を行った――。

 日本国体学会理事としても活躍する金子宗徳先生を迎えての座談会。是非、ご一読ください!!

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【特集座談会】

『戦争と人文学』 歴史・民族・アイデンティティ

金子宗徳×柴山圭太×浜崎洋介×川端祐一郎

 

暴力の背後に何があるのか

川端 二月二十四日にロシアがウクライナに侵攻して以来、世間で聞かれる論評は大きく分けて二種類あります。一つは「国際法と人権」の観点からロシアを非難するもので、このリベラリストの立場が大勢を占めている。
もう一つは、NATOの東方拡大などでロシアに地政学的圧力をかけた西側にも責任があるとする、リアリスト的な主張です。
両者の間には論争も起きていて、例えば、少しでも「アメリカの責任」や「ロシアの言い分」に言及する論者がいると、主流派の学者たちが「どっちもどっち論」、「相対主義」のレッテルを貼って吊るし上げるという空気もある。

 どちらも重要な議論だとは思うのですが、今回の紛争は、これら二つ以外の面から解釈する必要もあるように感じます。
例えば、二〇二一年七月のプーチンの論文や、今年二月の開戦演説、それからロシア国営メディアが誤って配信した勝利宣言記事の予定稿などを見ると、歴史的に形成されてきたロシア、ウクライナ両国の国家アイデンティティの問題や、西欧の一極支配に対する理念的な対決姿勢があからさまに掲げられていて、紛争の背後にある「人文学的な文脈」を論じないわけにはいかないと思える。
また、それらのことを考えていくと、戦前の日本が抱えていた課題と似ているところもあって、他人事でなくなってくるというのが私の印象です。

 そこで今回は、里見日本文化学研究所所長で、『国体文化』の編集長であり、国体学やアジア主義などの研究をされてきた金子宗徳先生をお迎えして、この紛争の人文学的文脈を考察することでどのような教訓を引き出すことができるのか、また近代日本の歴史的経験や思想がこの紛争の解釈にどのような示唆を与えうるか、といったことについて議論していきたいと思います。

金子 言うまでもなく殺生は悪であり、戦争を賛美するつもりは全くないのですが、左派が相変わらず「戦争反対!」と声高に叫んでいるのを見るとウンザリします。また、ウクライナに理があるかロシアに理があるか、といった二者択一の議論にも与したくないというのが正直なところです。

 戦争が始まってしまった以上、当事者の一方が戦意を喪失せぬ限り、終わりは来ないわけです。当事者でない我々が戦争の是非や双方の理非曲直について云々したところで、どれほどの意味があるか。

 それよりも重要なのは、戦争という愚行を続けざるを得ない、個人の力では如何ともし難い共同体としての運命、仏教的にいえば「共業」(人類全体が背負っている「業」のこと)と向き合うことではないでしょうか。

 「因業」という言葉がありますけれども、あらゆる「業」には何らかの原因があり、とりわけ、戦争という極めて深い「業」の背景には因果関係が絡み合っているように思われます。
そうした複雑な因果関係を解きほぐすことなく、「プーチンが悪い。だから、彼を排除すれば解決する」というだけでは、根本的な解決にはなりません。本日は、皆さんとお話ししていく中で、解きほぐす見通しが立てばよいなと思います。

浜崎 戦争が始まった当初は、私も驚きました。普段からウクライナ情勢をウォッチしているわけでもない限り、なぜ今、ここで戦争が起きなければならないのかは見えにくかった。
それで、世間的には、「とにかく国際法を破ったロシアが悪い」という「空気」が作り出されましたが、しかし、それも二カ月経ってみると、ロシアという国の歴史や性格を踏まえた解釈や、これまでの外交の経緯をロシア側から見ればどうなるかといった想像も可能になっている。

 例えばミアシャイマーやトッド、あるいは伊藤貫さんは、アメリカがロシアを追い詰めた結果としてこの状況に至ったのではないかと分析している。
経緯を見てみると説得力があって、二〇一四年にヤヌコヴィッチ政権が崩壊したその一カ月後にロシアによるクリミア半島の強制編入がありましたが、まさに今、ここで行動しておかないと手遅れになるという危機感がロシアにはあったんでしょう。

 実際、民主党よりは交渉の余地のあるトランプ政権期にロシアは我慢していて、バイデン政権になってから再び動き出している。二〇二一年十二月に、バイデンがウクライナ国境付近でのロシア軍増強に懸念を表明しますが、それに対してプーチンは、米国との間にNATO不拡大の確約を求める条約案があったことをばらす。
つまり、約束を破ったのはアメリカだと。すると、ブリンケン米国務長官は、NATOの不拡大拒否を表明して、NATO拡大の可能性をもろにちらつかせる。そして、その一カ月後の二月二十四日、ついに今回の戦争が起こるわけです。

 西側の(無自覚な?)挑発は、これに限りませんが、こうしてみると、ロシアという国の被害妄想もあったのかもしれませんが、その被害妄想を現実に刺激してしまった西側のやり方の方がより問題だと見えてくる。戦争の良し悪しを括弧に括れば、その結果として、ロシア側の堪忍袋の緒が切れたというのが今回の戦争の真相ではないか。

 ただし、堪忍袋の緒を切るにも大義名分が必要で、その大義名分がどう作られ、それがロシア国内でどのように説得力を持ってきたのか、そういったロシアの歴史と思想を問わない限り、「悪魔のプーチンVS連帯する西側諸国」というバカみたいな二項対立が幅を利かすだけで、今回の戦争の行方も見えてこないだろうと思います。
まず、そんなところから議論を始められればと思っています。

柴山 今回の戦争をきっかけに一九七〇年の映画『ひまわり』がリバイバル上映されていたので観てみました。

 ファシズム期のイタリアで若い夫が兵隊に取られて、ソヴィエト戦線に送られる。妻は帰りを待ち続けるけど、戦争が終わっても帰ってこない。
絶対に生きていると信じて単身ソ連に探しに行くと、夫は現地で命を救ってくれた女性と新しい家族を作っていて……という話です。

 夫を探す旅の途中で、ソ連やウクライナの広大な大地が映し出されます。
有名なのはひまわり畑の光景で、現地の女性が「ひまわりの下にたくさんの兵士の遺体が眠っている」と説明する。それとは別に、もう一つ印象的なシーンがありました。
夫を探しにソ連領内の激戦地を訪ねたら、見渡す限りの草原に無数の白い十字架が地平線の果てまで並んでいる。
そこで激戦があって、たくさんのソ連兵やドイツ兵、イタリア兵が死んだということを一瞬のカットで切り取っているんです。

 歴史を振り返ると、ユーラシア大陸では無数の国家や帝国が戦争に明け暮れていた。
特に、ロシアと東欧は、侵略したりされたりの繰り返しですね。そこで膨大な血が流れ、あの広大な大地に吸い込まれてきた。
『ひまわり』でも、マストロヤンニ演じる夫は、生き延びたものの魂はロシア・ウクライナの大地に飲み込まれてしまった。
そんなふうに描かれていました。あの地域で無数に繰り返されてきた悲劇の最新版が、今のウクライナで起きていることなんだろうと思います。

 地政学の大きな見方は、ランドパワー(陸上権力)とシーパワー(海上権力)の相剋がユーラシア大陸の歴史のダイナミズムを作り上げてきたというものですね。
重要なのは、この争いは永遠に続くということ。どちらかが勝ち切ることはない。
ランドパワーが膨張すればシーパワーが押し込んでいくというように、両者が干渉し合う地帯では戦争・紛争が絶えることなく続いていく。
この感覚は、ユーラシア大陸から海で隔てられた日本人にはなかなか掴みがたい。
頭では分かるんだけど、争いが永遠に続いて、その都度、大量の血と魂が大地に飲み込まれていくことの身体的な感覚までは共有し切れないところがあります。

 今回の戦争を、国際法や国際政治学の理論できちんと理解する必要があるのはもちろんですが、そうした社会科学の分析では届かない、もっと深いところにある「何か」にも目を向ける必要があるように思います。

 

我々は「西側」なのか

川端 侵攻が始まって一週間ぐらいの時に、ロシア側がどういう気分や感覚を持っているのか気になって、まずアメリカの研究者が書いたプーチンの伝記を読みました。
世間で流布されているのは「プーチンは狂った」とか「強欲な独裁者だ」とかいう話ばかりですが、伝記を読むと、ロシアの保守派のコミュニティにはプーチンと似た考えの人たちがたくさんいたのだということが分かる。
彼らは皆、九〇年代のソ連崩壊後のロシアが、無節操な民営化で経済を大混乱に陥れたこと、大統領と議会が対立して政治を不安定化させたこと、チェチェンなどの分離主義に屈服したことなどに本気で怒っていて、「強力な中央集権体制」と「旧ソ連圏の一体性」を再構築する必要を唱えていた。その機運の中でプーチンが大統領になるわけです。

 それともう一つなるほどと思ったのは、ロシアの国営メディアが誤って配信したフライング勝利宣言記事です。
数日でウクライナを降伏させるつもりで準備していた予定稿ですが、そこでは、NATOの東方拡大など安全保障上の問題は「二番目の重要性を持つものでしかない」とはっきり言われている。
では筆頭の問題は何なのかというと、九〇年代にソ連邦がバラバラに解体され、世界史を左右する大国としての地位を失ったという「国民的恥辱のコンプレックス」で、これを乗り越えるための戦争なんだと。
そして、この勝利──実際には勝利はしていないわけですが──によってロシア、ベラルーシ、ウクライナが一体性を取り戻し、アングロサクソン世界への対抗軸が確立された。
つまり、「ロシアは西側に挑戦しただけではなく、西側のグローバル支配の時代がようやく、完全に終わったということを世界に示したのである」と言う。

 私はこれを読んだ時、「ああ我々の祖父たちは、大東亜戦争に勝ったら、まさにこういう宣言をしたかったのだろうな」と思って、妙な懐かしさを覚えました(笑)。
経済の混乱、国内社会の分断、政党政治の不安定、英米の軍縮要求に苦しめられながら、「昭和維新」を試み、「大東亜共栄圏」の夢を見て泥沼にはまっていったわけですからね。大規模攻撃に踏み切るロシアの内面のロジックを辿ろうとするとき、善し悪しは別として、他人事ではないものを感じます。

金子 私たち日本人は、「西側」に属していると言い切れるのでしょうか。

 主流派の学者からすれば自明の前提かもしれませんが、実は国内の言論状況を見ると親ウクライナ一色ではありません。とりわけ、右派の内部には親露的な言論が目立ちます。
一水会の機関誌『レコンキスタ』(五月号)の一面には、「ウクライナ紛争の経済的背景について──日本は国益を毀損している!」という記事がありました。

 日本は第二次世界大戦で負け組となりましたが、続く冷戦ではアメリカの庇護下にあったため勝ち組に仲間入りし、今日に至るわけです。
そうした流れを是とする主流派の学者たちは、現在の国際秩序を否定するプーチンのロシアを非とするわけです。
けれども、日本人の中にはアメリカの庇護下にある状況からの脱却を望む人たちもおり、そうした人々は、現行の国際秩序を刷新する存在としてプーチンのロシアに期待をかけています。

 江戸時代以来の経緯もあり、ロシアに対する日本人の感情は決して良好ではありません。
とはいえ、ロシアが「反アングロサクソン」の色彩を鮮明にすればするほど、日本国内の一部に根強くある「脱アメリカ」志向を刺激します。
そうした流れの中から生まれたのが新しい「反ユダヤ主義」とも言える「ディープステート論」で、主要メディアは黙殺していますが、一定の支持者が存在することは否定できません。

 つまり、現在の国際秩序に対し違和感を持ち、大きな変化を待ち望む感覚も日本人の中にはあり、そこにプーチンの一挙が刺さったことは否定できない。
そうした「西側の一員」という括りには収まり切らない部分を直視すべきだと思います。

川端 「我々は西側なのか」というのは面白い問いですね。
私はプーチンにシンパシーを持っているわけではないですが、テレビなどで声高にプーチンを非難している日本人が、まるで「名誉連合国民」にでもなったかのような口ぶりなのが気になって仕方がない。
我々は、世界を敵に回して戦った枢軸国民の末裔じゃないかと(笑)。
戦後はアメリカの腰巾着で「西側」の自由主義陣営にいますが、かつてはファシズム陣営で、今のロシアの立場に近かった。
私は、アメリカの作った西側の秩序から離脱すべきとは思わないものの、枢軸国としての敗北の歴史も堂々と背負えばよく、それを自分たちのアイデンティティから切り離すのはむしろ不健全だと思うので、「名誉連合国民」化した日本人を見るのは嫌ですね。

金子 対外的には国連憲章の旧敵国条項が残っているし、国内的にも日本国憲法の第九条によって手足が縛られたまま。そうした敗北に伴う桎梏がありながら、現代日本人は「名誉連合国民」としての意識を有しています。
その辺の歪みが、ウクライナ政府制作の「動画」における昭和天皇の扱いを巡る問題にも繋がるのでしょう。

川端 ウクライナ政府が、ファシズムとロシアをかけて「ラシズム」という言葉を作り、「ラシズムと戦うぞ」という趣旨の動画を公開したところ、敵の象徴としてヒトラー、ムッソリーニ、昭和天皇の画像が並べられていたので、日本人の反感を買って炎上した。
私はあそこに昭和天皇を並べるのは不適切で、近衛文麿とかにしてくれよと思いましたが、それはともかく、日本人は本当に三国同盟の記憶に触れられるのが苦手なんですね。

柴山 日本人の多くがウクライナに肩入れしているのは、台湾問題を重ね合わせているからでしょう。
中国が台湾を併合するのと、ロシアのウクライナ併合には、彼らの考える「歴史的領土」の回復という点で一致する面がある。
中国が「植民地支配の残滓を振り払い、香港・台湾を取り戻してようやく本当の歴史的領土を回復できる」という論理で台湾侵攻を正当化したとしても、日本はそれに同意することはできません。

 中国もロシア同様、米欧諸国が差配する現行の国際秩序に不満を持ち、独自の秩序を構築しようとしています。
日本はどちらに付くかと言われれば、アメリカ側に付かざるを得ない。そのポジションの自覚が、ロシアへの拒否感とウクライナ側への強い感情移入となって現れているようにも思えます。

川端 確かに、米中露のような軍事大国と、その間にある日本、台湾、ウクライナのような中小国の立場の違いに注意が必要ですね。
「ロシアを刺激すると戦争が起きるのだから、無用な介入は控えるべきだ」というアメリカのリアリストは賢明だと思いますが、「ウクライナは緩衝地帯にしておけ」とまで言われると、中小国の立場を軽く扱いすぎていて違和感もある。
大国間の力関係だけで判断する人たちの論理に、我々日本人が全面賛同する必要はない。

柴山 NATOの東方拡大がロシアの反撃を招いてしまった、アメリカはウクライナをどっちつかずの曖昧な地位にとどめておくべきだったというのがミアシャイマーの論理ですが、同じことが台湾について言えるのだろうか、という疑問はありますね。
中国が台湾に侵攻した場合でも、「アメリカが台湾に肩入れしすぎたから反撃を招いたのだ」ということになるのかどうか。

 アメリカのリアリストにとって、ウクライナも台湾も、もちろん日本も、彼らの大戦略における手駒の一つでしかない。
アメリカの国益を軸に考えれば当然のことですが、日本人が無批判に乗っかるのは危険ですね。
日本は日本で、独自の広域安全保障と、それを支える歴史的な論理を打ち出さなければならない。

 

今回はここまで。次回更新は6月28日の予定です。

 

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