著者でノンフィクション歴史作家の保阪正康氏は、亡くなった西部邁先生の中学の一年後輩であ
る。氏の繊細な描写に生きる中学期を「すすむさん」と綴る一方、学生運動と学者を経、保守論客
として駈け上がる先生には「Nさん」と呼び著される。そして、この二つの時代をとつおいつ触発されながら、語りはゆっくりと繰り返すさざなみのように進む。先生に少しでも関わり、また終戦
から学生運動の時代を知らない人間にとって、西部邁という人の輪郭を形作った時代を学ぶ上で
の貴重な一冊だ。
「中学時代の一歳差」は、大人になってからのそれより大きい。まして、相手が西部邁となれば人生を左右する。互いに越境通学、札幌・柏中学の生徒は汽車のデッキで仲を深め、政治や文学の話に花を咲かせる描写に始まる。僕がギョッとさせられたのは「昭和二十年代のむせるような雰囲気」と「吃音症が治癒していないこと」以外に、西部の振る舞いが何も変わっていないことだ。彼の正義感からなる言葉に対する慎重さ、そして、人間に対する正確な洞察と身体から湧き出る優しさが、老いてからと寸分違わないのだ。そうだとは思っていたが、と実証される思いがした。
保阪氏の文体から伝わる繊細さと頑健さを併せた心もまた西部とは別種の保守主義者だ。しかし、西部の感情の軸を「怨念」と呼ぶのは如何なものか。西部なりの義の感覚にそぐわない戦後日本人を、あらゆる学問を使って痛罵した公儀を、私的な感情に近い言葉で評す。僕が美化しすぎているのか、思想の差異の問題か。
このコントラストはそのまま氏と西部を隔てる壁になる。戦後的なるものに懐疑がありつつも、政治的態度を異にする氏にとって、西部の保守的な言論には違和感があった。それでも「アメリカ兵に帽子を剝がされるカラカイに身を挺して助けてくれた兄貴」に対する「弟分」としての記憶が、氏を情念の廻廊に誘っていく。
僕ら遅れてきた世代としてこの書の言葉に触れれば、以前の「表現者」がある種、政局にコミットしなかった理由をはっきり確認できた。それは西部が唐牛健太郎と政治運動、そして戦中の人間の情念を引き受けたことで、自家中毒的に、現代政治に接地することを遠ざけ、かなり若い時分に西部を疲弊させた。西部の上京前と後を知る幼馴染にしかわからない変化だったのだ。よって、氏が「Nは東京に殺された」と評するのは正確であろう。若い世代に期待したのも、その経緯を知らねば理解できない。
戦後時代の証言として、また西部邁の自伝以外の観察として、感謝の念を覚えずにはいられない一冊である。西部邁に会えなかった世代がなすべきは、彼がもたらした周囲に対する緊張感と誠実さ、そして、戦後時代の霧の中で戦うことを辞めなかった人間の爪痕を知ることに他ならない。
《編集部より》
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