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【辻田真佐憲】「内なる地上波信仰」を捨てよ ―ジャニーズ問題とその「腐敗の正体」

啓文社(編集用)

啓文社(編集用)

芸能事務所に忖度し、明白な人権侵害を黙殺し続けたテレビ局。

国家権力への監視は本当にできるのか。

 

「一億総懺悔論」の危うさ

 旧ジャニーズ事務所をめぐる事件について、多くのひとが首をひねったのは、大手メディアの変わり身の早さだった。

 業界内でジャニー喜多川の性加害が広く知られていたにもかかわらず、『週刊文春』など一部を除いて、この問題はまったくと言っていいほど報道されてこなかった。ところが、昨年三月に放送されたBBCの長編ドキュメンタリーがきっかけになり、その性加害の実態がつぎつぎに告発されると、突如としてテレビや新聞で「史上類をみない犯罪行為」などと批判する報道が巻き起こった。「どの口で……」と呆気に取られた視聴者も多かったのではないか。

 とりわけとりわけ罪深いのは、地上波テレビである。かれらは、 旧ジャニーズ事務所と日常的に接触しており、性加害問題について事実確認ができる立場にあった。それにもとづいて、所属タレントを起用しないなどの選択もできた。 それなのに、この問題に無視を決め込んでいただけではなく、むしろ所属タレントを積極的に起用して利益を上げていた。それが同事務所の営業活動にもプラスの効果を与えた。ジャニー喜多川の共犯者と指弾されてもやむをえない所業だった。

 これにかんして「旧ジャニーズ事務所の問題はよく知られていた。そのため、発言などをしてこなかったすべてのひとに責任がある」などという意見もある。なるほど、所属タレントのなかには今上天皇の即位イベント(天皇陛下御即位をお祝いする国民祭典)に呼ばれ、奉祝曲を披露するほど国民的な存在となっていたものもいた。厳密に探れば、利害関係者の範囲は果てしなく広がるだろう。

 だが、ここで安易な「一億総懺悔論」をとるべきではない。なぜなら、さきの大戦後もそうやって責任の所在が曖昧にされたからだ。戦時中に大臣や軍の高官を務めた人間と、一般国民とのあいだで責任の重さが異なるのは当然だろう。今回も芸能界との関わりの深かったものがまず、これまでの言動を批判的に検証されなければならない。

 ところが、現在のところ、地上波テレビは少しばかり検証番組を放送しただけで、社長や会長が引責辞任したわけでもなければ、放送免許を返上したわけでもない。それどころか、いつの間にか旧ジャニーズ事務所を追及する側に回り、いまでは問題がおおよそ解決したかのように構えている。

 そのなかでもNHKは、受信料というかたちで国民から広く資金を集め、目先の視聴率に左右されずに番組づくりができ、民放以上に公共的に振る舞うべき責務を負っていた。それなのに、実際は紅白歌合戦などで旧ジャニーズ事務所のタレントを積極的に起用していたわけだが、これについても十分な責任を果たしているようにはとうてい思えない。

またもや「空気」の問題

 

 「旧ジャニーズ事務所の問題はスルーしよう」から「同事務所の問題は徹底的に批判しよう」へ。今回起きたのはそのような空気の変化であり、この変化への節操のない適応だった。

 ジャニー喜多川の問題について、人権意識が向上し、ポリティカル・コレクトネスの重要性が理解された結果だと解説する向きもあるが、本当にそうだろうか。すでにここ 数年、そのような問題提起があり、メディアもそれを鼓吹していた。それなのに、ジャニー喜多川の性加害は放置されていたのではなかったか。BBCの報道さえ、当初は黙殺の構えではなかったか。突如として旧ジャニーズ批判に舵が切られたのは、少なくとも人権意識が急速に高まったからだけではあるまい。

 この国では、いかに正しいことを言っても、空気に乗らなければまったくないもののように扱われてしまう。逆に空気にさえ乗ってしまえば、軽薄な「ポリコレしぐさ」でも影響力をもってしまう。今回あらためてそのことが明らかになった。今後同じような事件を繰り返さないためには、 この空気の問題にこそ取り組まなければならない。

 これに関連して、メディアの権力監視という建前にも疑念が生じざるをえなかった。
大手メディアの関係者はしばしば、自分たちには国家権力をチェックする役目があると自負してきた。そのためには、地上波を数社で独占することも、新聞社がテレビ局に資本参加することも(いわゆるクロスオーナーシップ)、大きな 「敵」に対抗する以上、やむをえないものだと説明することもあった。

 ところが実際はどうだったか。旧ジャニーズ事務所は大きな影響力をもっていたとはいえ、しょせん一民間企業にすぎなかった。それなのに、メディアの多くはそこに忖度 して沈黙をつづけてきた。これで、遥かに大きな力をもつ国家権力に切り込むことなど本当にできるのだろうか。

 いわゆる「反権力」の構えさえ、いまのメディア業界で受ける一種の空気なのではないか。ひとたび戦争協力が必要だという空気に変わったら、メディアはなだれを打つようにそちらのほうになびくのではないか。コロナ禍で、それまで後生大事にしていたはずの移動の自由や集会の自由を軽んじてしまったように。そうメディア不信を高めた人間は筆者ひとりではあるまい。

 このように、旧ジャニーズ事務所の問題は、たんなる芸能界の問題だけではなかった。大手メディアへの国民的な 不信感が噴き出す問題だったのである。

(続きは本誌にて…)

 

○著者紹介

辻田真佐憲( つ じ た・ま さ の り )

84年大阪府生まれ。評論家・近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業。同大学院文学研究科中退。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がける。軍事史学会正会員、日本文藝家協会会員。著書に『古関裕而の昭和史』『文部省の研究』(文春新書)、『天皇のお言葉』『大本営発表』『ふしぎな君が代』『日本の軍歌』(幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)、『たのしいプロパガンダ』(イースト新書Q)、『「戦前」の正体』(講談社現代新書)など。監修に『満洲帝国ビジュアル大全』(洋 泉社)など多数。

 


〈編集部より〉

本記事は4月16日より発売中の最新号『表現者クライテリオン2024年5月号』に掲載されております。

全文は本誌に掲載されておりますのでご一読ください。

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