『カッサンドラの日記』74
北極海航路が日本に突き付ける問題
橋本 由美
地球温暖化が進んで、極地の氷床や氷洋が縮小している。異常気象や生物環境の保護という環境問題の観点からは憂慮される事態であるが、一方で、商業流通や資源開発という経済分野では、新たな好機として注目されるようになっている。北極海を利用する航路は、ヨーロッパとアジア太平洋地域を最短距離で結ぶルートとして既に航行が始まっているが、本格的な利用はこれからである。
極地の海域を航行するという考えは、早くも大航海時代に始まっている。アジア貿易の主導権を握っていたスペインとポルトガルに対抗して、ヨーロッパ北部の国々は北からの航路を模索した。もし、北極海に航路が拓かれれば、アフリカ南端の喜望峰や南アメリカのホーン岬を経由するよりも短時間でアジアに到達できるはずだという期待である。しかし、まだ帆船の時代である。彼らの情熱とは裏腹に、北極海域に関する情報不足と過酷な気象条件によって、実現するどころか実情把握すら難しかった。太平洋側の出口も見当をつけてはいたものの、長い間その正確な位置は不明だった。ユーラシア大陸とアメリカ大陸とが陸続きなのか、海峡に隔てられているのかさえ、確かなことはなかなか判明しなかった。
【 北極海 北東航路と北西航路 】

ユーラシアの物流は東西交流で語られることが多い。世界史にヨーロッパが登場するのは17世紀以降であり、9世紀に全盛期を迎えたイスラム帝国は、当時のユーラシア商圏の中心であった。そのころ最大の消費地であったバグダードには、イスラム商人によって世界中の物品が持ち込まれた。シルクロードを通して中国との文物の往来が頻繁になったが、同時に北方からイスラム圏への物資の流れも盛んになる。イスラム圏は東西と南北との物資の交点であった。
とくに奢侈品は文明の中心地に集中する。ヴェルナー・ゾンバルトは、奢侈とは「必需品を上回るものにかける出費のことである」という。奢侈品は時代や地域や文化によって異なるが、審美性と希少性や機能性が備わったものであることに変わりはない。彼は、「どんな時代でもよい。奢侈が一度発生した場合には、奢侈をより派手なものにしようという他の無数の動機がうずき出す。野心、はなやかさを求める気持ち、うぬぼれ、権力欲、一言でいえば他人にぬきん出ようという衝動が、重要な動機として登場する。」と述べていて、権力者や富裕層の虚栄心が際限なく膨らんでいくことで商人の活動意欲を掻き立て、遠隔地との交易を拡大・成長させた。
この奢侈品の中に「毛皮」がある。バグダードの最盛期は北方のヴァイキングの時代でもある。東西交易では中国の絹や陶磁器が珍重されたが、ヴァイキングはバルト海特産の琥珀や、蜂蜜・奴隷・毛皮などを取引に使っていた。モスクワ西北のヴァルダイ丘陵の雪解け水を水源とする河川を利用した「琥珀の道」は古代から利用され、古代エジプトのファラオの墓からも琥珀が出土している。ヴァイキングは、喫水線の浅いロングシップを操ってバルト海から河川を遡り、ヴァルダイ丘陵で、黒海に注ぐドニエプル川やカスピ海に注ぐヴォルガ川の上流までの陸路を舟を担いで移動した。黒海の南には地中海があり、カスピ海の南岸はイスラム圏である。この古くからの「琥珀の道」が、「毛皮の道」になった。
北の海だけではなく、陸の森林地帯も探索の対象になった。ウクライナやロシアなどの北方の森林地帯で捕獲されるリスやキツネやテンなどの小動物の毛皮交易については、ヘロドトスが既に触れているほどで、古代から地中海地方にまで運ばれていたことがわかる。日中の暑さに比べて砂漠地帯の夜は冷えるため、砂漠でも防寒の毛皮が必要だった。その中でも「クロテン(黒貂)」は最高の毛皮として宝石以上の価値があった。
クロテンは英語で「セーブル(sable)」と呼ばれる。イタチ科の小動物で、ユーラシア北部の森林地帯に棲息し、毛の長さは4~5センチ、毛が密集していて手触りはうっとりするほどである。ダ・ヴィンチの絵画「白貂を抱く貴婦人」を見ればその大きさがわかるが、1枚のマントの裏地には40匹のクロテンが使われ、40枚の毛皮をセットにして売ることもあったという。西洋絵画の肖像画には、クロテンを用いた衣装を纏ってポーズをとる王や貴族の姿がある。源氏物語の「末摘花」にも、渤海使が黒貂の毛皮を「1枚しか献上しなかった」ことでプライドを傷つけられた様子が書かれていて、クロテンは世界中の上流階級にとってステータスシンボルになっていたようだ。
最盛期のイスラム圏には、黒海やカスピ海を経由して大量のクロテンの毛皮が輸入された。バルト海やヴォルガ川流域のヴァイキングの墓からはイスラム銀貨が大量に出土する。クロテンの毛皮1枚は、猟師にとっても商人にとっても、一生が安泰なほどの高値で取引されたと言われる。それだけ高額な値がついても、需要は落ち込まなかった。
十字軍以降にヨーロッパ商圏が勃興すると、クロテンの毛皮はヨーロッパに流れ込むようになる。クロテンの毛皮は、中国の宮廷にも運ばれていて、どの時代にもどの商圏にも尽きることのない需要があった。モンゴル帝国が西へ勢力を伸ばすと、モンゴルの遊牧民もクロテンの毛皮の流通に参入し、市場を拡大するようになる。飽くなき需要は供給地での「乱獲」となり、東欧やロシア西部の森林でのクロテンの生息数が減った。猟師たちは、クロテンを求めて広大なロシア北部の森林地帯を東に移動するようになった。
ロシアの語源になった「ルーシ(ルス)」は、スラブ語で「舟の漕ぎ手」を意味し、バルト海からヴォルガ川を利用してイスラム商圏を往復したスウェーデン系ヴァイキングを指す。1462年に即位したルーシの後継を自認するイヴァン3世はモスクワ大公国を建てて領土を広げ、その後、1533年に即位したイヴァン4世(雷帝)が1547年に自ら「ツァー」を称して国号を「ルーシ(ロシア)」とした。
ウクライナから南ロシア地域にいたトルコ系の騎馬集団コサックは武力に優れ、ロシアに対抗してたびたび反乱を起こしていたが、ロシア帝国は、彼らのエネルギーをシベリア征服に動員した。コサックの首領イェルマークはコサックを率いてシベリアを征服しながらクロテンの毛皮をロシア皇帝に献上した。コサックによる征服で、ロシアは広大な森林地帯のシベリア全域を支配下に置くのに、僅か68年しかからなかったという。その後、毛皮猟師のセミョン・デジニョフ(1605頃~1673)が陸路で東シベリアを探検し、シベリア東端の岬を回った。ベーリングがアメリカとの海峡を発見する100年も前であるが、中央の記録には残らず、西洋世界に知られることがないままになっていた。イギリスやオランダが北極海航路を探していた頃、クロテンを追ったロシアが、陸路でシベリア東端の太平洋への出口に到達していたことになる
ピョートル1世(在1682~1725)の国家近代化政策のひとつに、海軍創設がある。英蘭を手本にした彼は海洋進出の必要性を痛感し、アムステルダムやロンドンで造船所や海軍の演習を見学した。しかし、当時のロシアはバルト海に面した領土を持っていなかった。ロシアは多くの大河やその支流を巧みに利用して移動する「川船の交通」は盛んだったが、冬には氷に覆われる北極海からは、海への進出はできなかったのである。
ロシアの海洋への出口はバルト海である。ピョートル大帝は、まず、バルト海を支配していた大国スウェーデンから覇権を奪うためにポーランドやデンマークと北方同盟を結んで戦い、現在のエストニアやラトビア付近からラドガ湖周辺を領土に加えた。そして、ラドガ湖を水源とするネヴァ川河口に「聖ピョートルの街」を建設した。新しい街はサンクトペテルブルクとドイツ語で命名され、1712年にモスクワから遷都し、大貴族や司祭、商人や職人を移住させた。
ピョートル大帝の北極海航路への思い入れは相当に強かったらしい。晩年の死の床からも、シベリア東端の太平洋側の海峡の発見を命じていた。1725年初めにピョートル大帝が死去すると、その年のうちに大帝の強い意思を受け継いだロシア海軍は、ベーリングを指揮官とする北太平洋探検隊をシベリア経由で送り出す。ベーリングはデンマーク人の御雇外人として20年もロシア海軍に勤務していた「海のベテラン」だった。
軍人や船乗りに加えて、船大工や鍛冶師を含めた50人余りの探検隊は、まるで物資輸送部隊だった。彼らは、カムチャッカで帆船を建造しなくてはならない。木材は現地調達ができても、大砲や弾丸などの武器、造船に必要な帆布や錨、鎖や釘などの現地にはない装備品や部品、作業用の道具、食糧などを積んだ馬車の長い隊列が、10000キロに及ぶ森林地帯の悪路を踏破するのは容易ではなかった。途中、15名の隊員を失って、オホーツク海に面した10軒ほどの小屋を拠点とする港に辿り着いたのは2年後だった。
拠点で小舟を作ってオホーツク海を渡り、カムチャッカ半島を横断して東南端の河口にあるアバチャ湾に到達したとき、サンクトペテルブルクを出発してから3年が経っていた。アバチャ湾で探検用の小型帆船を建造して、カムチャッカ半島沿いに北上し、ようやく「北東航路の太平洋側の出口」である海峡の探索が始まった。
この航海でベーリングは、シベリアとアメリカの間には海峡があり、陸続きではないことを確認したが、強風と濃霧でそれ以上の航行を諦め、アバチャ湾で越冬する。翌春、再度海峡を通過して北極海航路に挑戦しようとしたが、やはり濃霧と悪天候で探索を終了せざるをえなかった。結局、念願の北極海航路を発見し航行するという目的は果たせず、1730年、サンクトペテルブルクに帰還した。
1733年に、ベーリングは第2次探検隊を組織し、再び北太平洋の航海に挑む。前回の10倍以上の規模の人員を動員した大部隊の目的は、アメリカ大陸への航路の開発とシベリア北方海域の調査、更に対日貿易の可能性を探ることも含まれていた。彼らはアリューシャン列島を発見し、アラスカ南岸からバンクーバー沖の海域を探検したが、この航海は過酷なもので、多くの隊員を失い、生き残った隊員も壊血病で動けず、帰路の航海で操船できる者は10人にまで減っていた。カムチャッカ近海まで戻って来たときに嵐に遭って無人島に上陸するが、船が岩に激突して航行不能になり、この島で越冬することになる。1741年、ベーリングは越冬中に壊血病で命を落とした。隊員たちは、この無人島をベーリング島と名付け、冬を越してから難破した船を解体して小舟を造りペトロパブロフスクへ辿り着いた。ベーリング島はカムチャッカから僅か200キロだった。
イギリス人のジェームズ・クックは1768年~1776年の間に3度に亘って太平洋のほぼ全域を航海し、ベーリング海峡から北極海にも入り込んだ。しかし、彼の調査によって、北東航路も北西航路も結局は氷に閉ざされて大西洋に抜けられないことが明らかになった。この航海でクックが持ち帰ったラッコの毛皮は、緻密な毛によって保温性と防水性に優れ、クロテン以上の上質なものだった。これ以後、ラッコ猟を目的にした人々がこの海域にやって来て、ラッコは絶滅寸前に追い込まれることになってしまう。ラッコは北海道沖にも棲息しているが、当時の日本人はラッコの毛皮には無関心だったようだ。
ここから話は現代になる。ほとんど諦めていた北極海航路は、地球温暖化で現実のものとなった。いまでは、夏の間に大西洋から太平洋まで航行できる期間があり、中国は既にベーリング海峡を通過して北方資源を自国に輸送する試みを行っている。北極海航路が注目されるのは、イギリスから極東までの距離が、スエズ運河経由のほぼ3分の2から半分近くになり、時間的にも経済的にも輸送コストが大幅に縮小されるためである。このような「経済性」に加えて、中東の紛争地域やマラッカ海峡やソマリア沖の海賊の危険地帯を通らずに済むという「安定性」、更に、原油や天然ガスといった北極海の「資源開発」への期待も大きい。
ロシア北西部のヤマル沖のガス田は、ロシアの独立系天然ガス開発大手Novatek(ノワテク)が採掘し、コラ半島のムルマンスクに大規模な液化天然ガス(LNG)積み替え基地を建設して各国に輸送している。ヤマルLNGプロジェクトには、日本、フランス、韓国などの西側諸国や中国が、資本投資やプラント輸出、インフラ開発、技術供与などで参画し、海氷を砕氷しながら航行する砕氷専用LNG船はすべて韓国で造船されロシア企業の所有ではない。これらの砕氷LNG船の運航を担っているのは西側諸国に本拠地を置く企業で、西側の保険制度に依存している。
ウクライナ戦争で西側によるロシア制裁があまり功を奏さないのは、中国の支援だけではないようだ。ロシア北極海沿岸の資源開発の国際規模が、西側諸国とロシアの互いの依存関係を抜き差しならぬほど深めていて、資源を外部に依存している多くの西側諸国の経済的ダメージが計り知れないからだろう。ウクライナのドローン攻撃は、ムルマンスクのLNGプラントを破壊したいに違いない。しかし、ムルマンスクの壊滅は、ウクライナが頼るヨーロッパ経済を直撃する。
北東航路はロシアのEEZに属するが、氷海という特殊事情のため、ロシアは通航船の事前申請や船舶の構造要件、船員の氷海航行の熟練度、砕氷船によるエスコート義務などを求めている。しかし、北極海の氷床・氷洋の縮小は加速度的で、2030年代半ばには、通年の航行が可能になると予測されている。その頃には、航行条件は相当に緩和されるだろう。
北極海航路が現実味を帯びてくると、各国の防衛戦略が大きく変わる。既にそのことに期待を抱いて早くから戦略を練っていたのが中国で、それに危機感を抱いているのがアメリカである。トランプ政権がグリーランド領有を要求したのは、トランプ大統領の領土欲という単純な話ではない。中国は、トランプ第1期政権時には既にグリーランドに拠点を造り始めていた。当時のマティス国防長官は「北極海を南シナ海にしてはいけない」と演説している。グリーランド買収案は、人口の少ないグリーランドの脆弱な防衛体制下で着々と北極海航路の覇権を進めている中国を排除するためである。グリーンランドとベーリング海峡の覇権を握れば、中国は北極海を制することができる。ロシアも内心、複雑な心境に違いない。
ちょうど1年前に、アラスカのアンカレッジで米露首脳会談が行われた。笹川財団の畔蒜泰助氏によれば、このとき、米露両国はウクライナ戦争の停戦・和平を巡る「アンカレッジ方式」と呼ばれる一定の共通認識に達していたのではないかという。ウクライナはドローン攻撃によって戦術的優位にあるとはいえ、ロシアを敗北させるほどの大規模な攻撃はできずにいる。
2026年5月ころから、ロシア・エリート層の間では、膠着状態にあるウクライナ戦争を継続することのリスクを明確にして政治的妥協に基づく停戦の必要性を主張する動きがあるのだという。西側報道の解釈では、リスクとは、エスカレーションによって大国を巻き込む世界戦争への懸念で、譲歩する気配のないウクライナへの核使用が避けられなくなる事態のことらしい。とくにクレムリンに近い安全保障専門家からこのような意見が発表されたことは、プーチン政権の意向を汲んでいるのではないかという。
畔蒜氏は、このような意見が明確にされた時期が、プーチン大統領の中国訪問の直後だったことに注目している。ウクライナ戦争勃発後、ロシアが政治的・経済的に中国への依存度を高め、両国間の不均衡が拡大していることへの危機感があるのではないかという。確かに、この時の北京は、国民へのアピールのためかもしれないが、中国の優位を誇示していたように見えた。ロシアには、中国のバックパッシングとして対米戦略に利用されているのではないかという不信感が生じているが、ウクライナ戦争が続く限り、ロシアは中国との関係を悪化させられないというジレンマに陥っている。
ロシアは、トランプ政権の間にウクライナ戦争を一応の停戦合意に持ち込みたい。そうすれば、アメリカに対する中露の立場が逆転して、太平洋で米中が対立を本格化させたときに、中国に対してロシアが優位な立場を回復できると考えているのではないか。日本に対しても同様で、プーチン大統領の北方領土訪問で険悪になった面はあるが、高市政権発足以来、外務省や経産省のロシアとの接触が増えている。畔蒜氏は「(ロシアの)外交・安全保障専門家が、ウクライナ戦争の継続に伴う中露関係のパワーバランスの一層の悪化という戦略上のリスクを明確に意識していること」は、日本政府の対中戦略上、極めて重要なポイントだと述べている。
北極海航路の利用に関して日本の経済界の期待は高く、報道も経済効果の話題が目立つ。しかし、日本以上に強い関心を持っているのは中国で、当然、軍事利用も含まれる。北極海の資源開発や物流が本格化すれば、ベーリング海峡はホルムズ海峡以上のチョークポイントとして浮上するだろう。中国は既に日本近海を取り囲むように空母やフリゲート艦や情報収集艦を航行させ、日本列島間の海峡を通過させている。対馬海峡や宗谷海峡、津軽海峡、大隅海峡、宮古海峡は、すべて国際海峡であり無害通航が可能だが、明らかに測量と見られる「有害」な動きもある。更に、ロシア海軍との共同演習も行っていて、このまま中露協力が進めば、ロシアにウクライナ戦争での借りを太平洋で返すように要求することになるだろう。
ベーリング海峡へ抜ける日本海・オホーツク海経由ルートと太平洋経由のルートで、中国の2つのシーレーンに囲まれる日本にとっては、大きな脅威である。北極海からオホーツク海、日本海、東シナ海、南シナ海が、まるごと中国支配下に収まる危険がある。北極海と日本近海の中国によるシーレーンの確立は、日本のエネルギー・資源確保が脅威に晒されることでもある。北極海航路を利用する中国の貨物船が増大すれば、その保護を理由に北方海域での中国海警局の行動も活発になるのではないだろうか。宗谷・津島の両海峡に挟まれた北海道で中国資本の企業が盛んに土地を買い漁り、自衛隊基地周辺を狙っているのも危険な兆候である。
2026年1月のダボス会議でカナダのカーニー首相は、トランプ政権のアメリカ第一主義への警戒感からミドルパワーの連携強化を訴えた。移民や麻薬や関税などの問題でトランプ大統領に「いじめられている」という認識が強いカナダで反米感情が高まっていた時期である。自国中心主義になったアメリカへの依存から脱却して、中露の脅威を共有するミドルパワーが連携して新しい国際ルールを形成しようという提案であったが、これをアメリカからの離反と捉えたコルビー国防次官は「ミドルパワーには共通の利益基盤が乏しいために現実的ではない」と反論した。
コルビー氏の提唱する「拒否戦略」は、アジア地域の国々が中国の圧力を拒否することによって連携すべきだというものだが、あくまでも中心にアメリカがいることで成立する。確かに、ミドルパワーの連携でもアジア地域の協力でも、中心になる強国が存在しないと結束は難しい。中国の経済援助という一本釣りに弱い国は多く、中国市場の魅力にも抗えない。嘗て天安門事件のときの中国に対する国際制裁でも、日本が一本釣りされて制裁が無効になった。最近では、ミャンマーやラオスに続いて、タイも中国による台湾統一に傾いた発言をするようになっている(「タイも台湾統一を支持」2026.8.11 日経新聞)。インドネシアは8月12日に中国人民解放軍と台湾東部沖で合同演習を行った。どの国も国内の経済界の意向を完全に無視することはできない。
北極海航路が本格的に運用されるようになると、日本は防衛面で危機的な状況に陥るかもしれない。ヨーロッパのミドルパワーは極東の問題にどれだけ積極的に関与するか疑わしいし、アジア地域との連携も、台湾問題では協力できても遥か北方のベーリング海峡と中国を結ぶシーレーンには直接の軍事的利害がない。
経済力も資源も軍事力も兵士の数も圧倒的に上回る中国に、核を持たない日本が単独で対抗できない以上、アメリカとの同盟はまだ必要である。現時点で、日米以上に中国の脅威を強く感じている国は見当たらない。そのような中で、ロシアとの関係改善は、日本だけでなく、ウクライナ戦争後に中国との不均衡な関係を打破したいロシアにとっても、内心望むところだろう。シベリア東部の中露の国境線では、10倍の人口を持つ中国の経済力に押され気味で、とくに沿海州は中国が狙う地域である。
ウクライナ戦争は大国同士の話し合いで解決されるかもしれない。日本は、トランプとプーチン、トランプと習近平の間で日本の将来を決められることがないように警戒しなければならない。高市総理の睡眠不足は当分続きそうである。
『恋愛と贅沢と資本主義』ヴェルナー・ゾンバルト著 金森誠也訳 /講談社学術文庫 2000
「ロシア・エリートが語り始めた『政治的妥協』」畔蒜泰助 / Voice 2026 8月号
『北からの世界史―柔らかい黄金と北極海航路』宮崎正勝著 /原書房 2013
JETRO ビジネス短信 ヤマルLNGプロジェクトに関する記事一覧
(https://www.jetro.go.jp/database/search_result.html?content_type%5B%5D=biznews&searchWord=%E3%83%A4%E3%83%9E%E3%83%ABLNG&x=26&y=6)
「コルビー米国防次官『ミドルパワー連携は非現実的』 同盟国の危機感を見誤る危うさ」高橋浩祐
(https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/3a0ab14cfc21d44203d01595d7e418ad7401cf67)
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