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【柴山桂太】世相を反映する美術市場

柴山桂太

柴山桂太 (京都大学大学院准教授)

バブル華やかなりし頃、日本の損保会社がゴッホのひまわりを58億円で落札したと話題になったことがありました。当時は、いくらなんでも高すぎる買い物だと言われていましたが、世界の美術市場は、今やその何倍もの値段がついて名画が取引されるのが普通になっています。

昨年、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたキリストの肖像画「サルバドール・ムンディ」が、約4億5000万ドル(日本円で500億円超)で落札されたというニュースが大々的に報じられました。この事実に見られるように、世界の美術市場は大変な活況を呈しています。

背景に、世界的なカネ余りがあるのは言うまでもありません。リーマンショック後、いったんは落ち込んだ資産市場は再び勢いを取り戻しています。新興富裕層はこぞって美術品を買っている。それは投資対象であり、自らの威信を高める手段でもあります。

フィナンシャル・タイムズ紙の記事によると、2008年のリーマンショックで世界の美術市場は大幅に減退したものの、わずか2年ほどで元の水準に戻ったとのこと。

また、少額の売買が低迷していて中小の画廊の経営は厳しくなる反面、超富裕層が「ブランド価値」のある新旧の作品を、大枚をはたいて買い求める傾向が強まっています。市場規模は56億ドルから68億ドルの間を行き来しているといいますから、相当な大きさです。

なかでも存在感を強めているのがアジア勢で、過去10年で市場規模は3倍に増えているとのこと。中心はもちろん中国です。流出した中国の美術品(陶器など)を買い戻すだけでなく、近現代のアートにも進出し、ゴッホやモネ、ピカソなど「ブランド価値」の確立した名画を買い集めたり、現代作家の作品に投資したりしている。ちょうど80年代の日本がやっていたのと同じことを、今、中国がやっているということなのでしょう。

バブル崩壊で日本の美術投資熱が一気に冷めたように、中国の現状も長続きするかどうか分かりません。ただ、現時点でいえば、アジアの美術市場の中心は中国に移っています。

美術のコレクションが威信を高めるのは個人だけではありません。国家も美術品のコレクションを持ち、その価値を高めることがソフトパワーの源泉になります。

先に挙げたダ・ヴィンチを落札したのはサウジアラビアの王子でした。中東の王子様がキリストの肖像画を買い求める? アブダビの美術館(ルーブル美術館別館)に収蔵され、目玉作品として展示されるとのことですが、背景にはカタール vs.サウジ・UAEの地政学的対立で、後者が文化的な威信を高めたいという思惑もあるようです。

美術というと、経済や政治など俗世と無縁の世界のように思われていますが、そうではないのだということが、こうしたニュースからも分かります。資本主義の力学と、国際政治の複雑な現実が、美術の世界にも入り込んでいるわけです。

これは今に始まった話ではないのでしょう。作家が作品を売り、富裕層は蒐集して権威の源泉とする。国家が美術を保護するのは、趣味と文化をめぐる国家間競争で優位に立つためでもある。美術市場を大きくしてきたのは、資本家であり国家でもある。そういう歴史があるわけです。

日本は、バブルの時代には大きな存在感を示していました。海外の名画を買い集めてよしとするという当時の発想に問題があったのは言うまでもないことですが、次のステップに進もうとしても、市場が停滞したままでは業界は活性化しませんし、美術関連の仕事に就く若い人の境遇も改善しません。

日本はこれからカジノを含む統合型リゾートに成長の活路を求めるとのことです。しかし国内には十分なノウハウがないので、外資を誘致せざるを得ないとのこと。世界のカジノ市場の規模が大きいのは事実ですが、今から参入して一体どれほどの分け前を得られるというのか。

カジノにお金や政策資源を投じるなら、その何割かでもいい、美術市場の整備や美術館の改善に使った方が、よほどに国力を高めてくれることになると思うのですが、どうでしょうか。

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