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【浜崎洋介】「親孝行」の困難と向き合って

浜崎洋介

浜崎洋介 (文芸批評家)

 ここしばらく、「人間の自然」シリーズとでもいうべきメルマガ連載を勝手に続けていたのですが(まだ少し続けるつもりです…笑)、そんななか、東京都にお住まいの、こはママさん(45歳)から丁寧な質問メッセージを頂きました。せっかくなので、今日は、こはママさんからの質問にお答えするかたちで、メルマガの続きを書こうと思います。

 質問を拝読すると、こはママさんからの訴えは次の二点に整理できそうです。一つは、自分の子供には「日本の伝統や文化を伝えたい」と思いながら、しかし、自分自身は、その文化の一つでもある「親孝行」に素直に向かえないことについての不安。そして、もう一つは、そのように「自然」が壊れているかもしれない自分でも、しかし、娘には、「日本の伝統文化」や「自然」を伝えていきたいのだが、どうするべきかという質問です。

 二つは、密接に絡み合っている問題ですが、一つずつ順番に解きほぐしながら――私の経験も交えて――答えていきたいと思います(質問文は最後に掲載しておきます)。

 まず、一つ目の主題ですが、おそらく、私や、こはママさんの世代(高度成長後に生れた世代)の問題の一つに、親との関係の難しさがあります。私の両親は、団塊の世代より少し下で、70年代初頭に大学に上がり、そこで「リベラルな観念」を身に着けて社会に出ていったという人間です。それもあってか、こはママさんと同じく、私自身も、両親から「日本の伝統文化」について積極的な話を聞いたという記憶はほとんどありません。

 その点、こはママさんの「親世代を尊敬していないので、素直に親孝行に向かえない」という想いは、実は、そのまま私の想いだと言っても言い過ぎではないと思います。

 ただ、それを承知の上で言うのですが、「素直に親孝行に向かえない」人間に、それでも、できることがあるとするのなら、それは、なぜ自分が「素直に親孝行に向かえない」のかを、一度、正直に親にぶつけてみることくらいなのかもしれません。もちろん、それには、現在の親子関係を変えたいという思いが前提になければなりませんが(現在の関係に我慢できているのなら、それはそれでいいと思います)、その思いがあるのなら、親と正面から向き合うという意思だけが、親に対するかろうじての「誠意」なのかもしれません。

 というのも、つい2、3年前、そのように親と向き合った結果として、少しずつですが、両親との関係が変わっていったということが、私自身の経験としてあるからです。

 私が、改めて親に向き合わなければならなくなったのは、親が、私の子供に対する態度に口を挟みはじめたことが切掛けでした。もちろん、はじめは、どこまで我慢できるかを探りました。が、たいして子供に向き合いもしなかった父親が、毎日のように子供の保育園の送り迎えをしている私に対して、知ったような口をききだしたときは、さすがに私も堪忍袋の緒を切らざるを得ませんでした。そして、その場は文字通りの修羅場と化したのでした。

 ただ、今から思えば、親子の縁を切る寸前までいったあの大喧嘩は、二人にとっては大切な時間だったのかもしれません。というのも、それを機に父親の態度が変化していったからです。もしかすると、あの喧嘩によって父親は、「息子が、もう子供ではない」という当たり前のことを、そして、そうである以上、そこには大人同士の適切な距離=礼儀が必要であることを、ようやく、頭ではなく体で理解したのかもしれません。逆に言えば、あの喧嘩がなければ、未だに父親は、私を「子供」として扱い続けたのかもしれないということです。

 ただ、更に不思議だったのは、私と親との間に距離ができ上がってくるにしたがって、私の気持ちのなかに変化が兆しはじめたことでした。心に余裕ができたせいでしょうか、私のなかに、孫の顔でも見せに行くかという「孝行心」が自然と生まれてきたのでした。

 もちろん、それは単に運がよかっただけなのかもしれません。大喧嘩の末に、親との縁が本当に切れてしまうことだってあり得たはずです。しかし、それならそれで、それが私の「宿命」だったのでしょう。少なくとも、喧嘩に踏み出す時は、自分に「無理」をする(自分に嘘をつく)ことで、自分の心をいじけさせてしまうくらいなら、親と縁を切った方がマシだといった程度の覚悟はありました。いずれにしろ、己の「宿命」に直面することを避けている限り、人が人の「自然」を見出し、それを生きるなどということはあり得ないのですから。

 その限りで言えば、自分に嘘をつかなければできない「親孝行」なら、そんなものは捨てるに如くはない、と私は思います。「親孝行」という言葉のなかには、すでに「自然な気持ちで」ということが含意されていますが、それなら、自分の度(一線)を超えて無理をすること自体が、ますます自分を「親孝行」から遠ざけてしまうということにもなりかねません。

 そして、このことは、そのまま、自分の子供に「自然」を伝えたいという第二の質問に対する答えにもなってくるはずです。子供と正面から向き合うことを恐れないこと、そして、それによって齎されるだろう親子間の対立や葛藤から逃げないこと、それこそ、子供の「自然」を育てたいと願う親が身に着けておくべき態度ではないでしょうか。

 子供が不完全な存在であることはもちろんですが、親も完全な存在ではない。そこに、様々な対立や葛藤が生まれてくることは当然のことです。ただ、もし親に一日の長があるのだとしたら、その対立や葛藤そのものが、「人間の自然」であることを知っているという余裕、あるいは、そこから生れる、ユーモア(優しさ)くらいのものでしょうか。

 事実、私も含めて、親の期待通りに育った子供などいたためしがありません。仮に、そのような子供がいたとしたら、それは、その時点で、「自立的な生き方」を放棄しているか、親の奴隷として「人格」を失っているかのどちらかだと判断して間違いはない。

 とすれば、子供に「自然」を伝えたいと願う親に必要なものは、たった一つの心構えで足りるはずなのです。何も期待せずに子供を愛すること、あるいは、親の期待を裏切るだろうことをも織り込み済みで、そんな子供を愛すること、必要なのは、たったそれだけのことです。つまり、「この子が将来、親孝行するかどうか」などということは一切考慮に入れず、今、目の前にいる子供を、ただ心が赴くままに愛すればいいのです。

 しかし、すると不思議なことが起こる――と、少なくとも私は信じています。「親孝行」も何を期待されずに愛された子供の心のなかには、いつの間にか「親孝行」の心が芽生えはじめているのです。それは、私が、私の人生の全体から汲み取った、人間の真理です。

 果たして、こはママさんの質問に答えられているかどうか心もとないところですが、以上を私からの答えとさせていただければ幸いです。私自身、東京で子供を育てていくことの難しさを日々実感しながら生活しています。共に諦めずに頑張っていきましょう!

こはママさん(東京都・45歳)からの質問

 こんにちは。初めてメールさせて頂きます。
 今年に入ってからyoutubeで「表現者クライテリオン」のことを知り、最近になって定期購読を始めました。メルマガで、浜崎先生の『人間の自然』についての記述を読み、数年前からずっと心につっかえている事を思い切って質問してみようと思いました。

 私は45歳の専業主婦です。10歳になる娘がいます。子育てを通じて、いろんな事を考えるようになりました。私がたいせつに思っていることの一つに、日本の伝統や文化を伝えたいということがあります。大袈裟なことはできませんので、家庭では折に触れて日本人らしさについて話したりしています。私は、とくに自分の親とそのような話をした記憶がないので、本を読んだりして心に残ったことを話しています。

 そこで、いつも考えてしまうのが、親孝行や敬老の大切さについてです。こう書いていると、私って冷たい人なんだなって自己嫌悪に陥るのですが、続けます。

 なぜそこに引っかかってしまうのかは、何度も考えました。私自身が親世代を尊敬していないので、素直に親孝行に向かえないということなのでしょう。
 私の両親は本当によく働いて、私と姉を育ててくれました。いい思い出もありますが、忙しい家だったな。という印象です。感謝の気持ちはあります。が、
同居の義母が娘に、親孝行するようにと言っている姿を見て、それは娘自身が決めることなんじゃないの?と嫌悪感すら感じてしまいます。また、私の親世代が言う孝行と、その前の世代が言う孝行は意味が違うのかな?と思うこともあります。
 自分が実感できないものは、伝えられない。でも、

 私の手前で日本の伝統文化は壊れているんでしょうが、娘には伝えたい。
 私の自然は壊れているんでしょうが、娘の自然は守りたい。

 これは、無理なことなんでしょうか?もしお時間がありましたら、何かアドバイス頂ければ嬉しいです。

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