東京医大の入試における不正問題がいろいろな議論を呼んでいます。
文科省の支援事業に選定してもらうかわりに高級官僚の息子を裏口入学させた、という贈賄事件が明るみに出たあと、入試で女子受験者(と男子の多浪生)が不利になる得点調整が行われていたことが明らかになり、女性差別問題として厳しい批判にさらされていますね。
ところがその女性差別が、大学の附属病院を中心とする医療現場のニーズに実は合致しているのだという、東京医大の見解をある程度支持する声もあって、話がややこしくなっています。
女性医師は結婚や出産で突然離職することも少なくなく、また外科のように不規則な勤務には対応できない女性が多いため、男性医師がその穴を埋めているのが現状であって、男性を多目に配置するのは「必要悪」だというわけです。
https://www.yomiuri.co.jp/national/20180801-OYT1T50132.html
下記は、豊中市医師会の雑誌に10年ぐらい前に掲載された女性医師の記事ですが、「極端な話、診療科選択時点での男女比や必要人員数に至るまで配慮していかなければ、産婦人科医療は本当に崩壊してしまうのではないか」とまで主張しています。
http://www.toyonaka.osaka.med.or.jp/houkai/12.pdf
近年医学部に入学する女性が増え、女子学生に人気のある産婦人科の女性医師比率がどんどん上がってきた。その結果、子育て等によって当直や緊急呼び出しに対応できない医師が増え、そのしわ寄せが男性医師に回っているというわけです。
そもそも過重労働の存在自体が問題である、という論点ももちろんあります。以下の記事では、男女に関係なく、そもそも大学病院が勤務医を安価な労働力として使い倒し、不当に利益を得ていることが問題であるとされています。
https://president.jp/articles/-/25879
で、女性はそういう職場環境の不当さに敏感だからすぐに辞めていく一方で、男性は大学病院内の「肩書」にこだわる傾向があり、劣悪な待遇下であっても我慢して一所懸命に働き続けるから、大学病院側からすると格好の「搾取」対象になるというわけです。
一般論として、「無理が利く」のは若い人であるのと同時に、女性より男性であることが多いのでしょう。「無理」が発生するのは、それ自体マネジメントの失敗ではあります。しかしそうは言ってもどんな職場にも無理はつきもので、無理を利かせる必要が特に大きい職場には、男性を多目に配置しておくことがある種の合理性を持つのでしょう。
もちろん、だからと言って今回の東京医大のようなやり方が正しいわけでもありません。
たとえば、今回多くの人が文句を言いたくなったのは、小論文の得点を性別(と浪人年数)に応じて一律に調整するという手法があまりにも公明正大さに欠けるからでしょう。女性であっても「無理が利く」人材はいるはずで、そういう個別事情を考慮することなく、性別だけで「役に立たない可能性が高い」というレッテルを貼るという安易な「統計的差別」を行ったことが、世間一般の「公正」の感覚から外れていたということだと思います。
もう一つ、より重大な問題は、「無理の効く人材を集める」という発想ではなく、「無理を少なくするための環境整備」を優先すべきなのでは、ということでしょう。医療の現場、特に大学病院のような大病院の労働環境が相当に「ブラック」であるという話は報道でもよく目にしますが、ブラック耐性のある人材を探し出すよりも、ブラックな環境を改善するほうが望ましいのは間違いありません。
しかし、問題が簡単に解消できるとも思えないのが辛いところです。
前者の問題については、入試は平等にしておいて、たとえば夜勤に従事する場合としない場合とで大きな賃金差ができるようなシステムにすれば、相対的に夜勤に耐えられる人の志願が増えて行くのかも知れません。その結果、自然に男性志願者が多くなったとしても、今回のような批判にはさらされないでしょう。しかし、18歳かそこらの学生の想像力ではインセンティブに想定通り反応しないかも知れません。
「そもそも無理を少なくする」のはもっと重要な課題ですが、もっと解決が難しいであろうことは言うまでもありません。クオリティを落とさずに医師の供給人数を急に増やすのは簡単ではないでしょうし、いわゆる歯科医師過剰問題のようなことを起こさないためのコントロールも必要になります。かといって、医療サービスの水準を落とすのも難しいでしょう。
ただ、難しいとは言え、それ以外に考えるべきことが無いようにも思います。「男女平等」だけ唱えて怒っていても意味がないし、逆に「男女差別は必要悪だ」と開き直っていても進歩が無いことはハッキリしています。
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