いま、アイルランドの首都ダブリンに来ています。
先々週までの暑かった沖縄とは打って変わり、こちらは最高気温が18度と肌寒く、すっかり秋の気配です。
先週のメルマガで浜崎さんが、アイルランドとイギリス文学の関係に触れていました。イギリス文学の大物は、イギリス本国(中心)ではなく、アイルランド(辺境)出身者が多い、と。
確かに、アイルランドはたくさんの作家や詩人を輩出しています。ある種の文学的才能は、土着文化の上に花開くのでしょう。かのエドマンド・バークもダブリン出身で、幼少期にはアイルランド文化をたっぷり吸収して育ったと考えられています。
アイルランド出身で成功した文学者は、支配者の言語である英語で作品を書きました。
もともとアイルランドには固有の言語があり、今もアイルランド共和国の第一公用語はアイルランド語です。しかし、長年にわたるイギリスの支配で英語が事実上の公用語となっており、日常的にアイルランド語を使用する人はほとんど残っていません。政府は、義務教育で必修にするなどして、アイルランド語の存続に力をいれています。
ただ、現代世界では英語の利点が大きいため、アイルランド語はなかなか普及しない。優秀な若者は、より良い仕事を求めて海外に出て行ってしまうと言います。
先に挙げたアイルランド出身の作家たちも、生まれ故郷を離れてロンドンやパリで成功を収めました。バークもロンドンで成功し、以後、アイルランドには帰りませんでした。その傾向は、いまも続いています。
EU・ユーロ体制に参加して以後、アイルランドは企業誘致に力を入れるようになりました。アメリカ企業からすれば、英語が通じて法人税が安く、EUへのアクセスもいいアイルランドは投資にうってつけの場所ということになります。
優秀な若者が流出し、代わりに外資が流入してくる。「英語化」が極端に進んだ国家の運命とはそのようなものなのでしょう。
3日ほど前まで北アイルランドのベルファストにいました。こちらは連合王国の一部で、通貨も(アイルランドのようにユーロではなく)英ポンドです。
北アイルランドの目下の話題は、ブレグジット(英EU離脱)のゆくえです。イギリスがEUを離脱すると、北アイルランドとアイルランドの国境が復活します。
国境が復活すると、北アイルランドの帰属問題がふたたび意識されることになる。自由に往来できていた時には抑えられていた、北アイルランド内の民族・宗派対立がふたたび噴き出すのでは、と懸念されているのです。
よく知られているように、北アイルランドには英国からの入植者(プロテスタントが多い)と、もともとのアイルランド系(こちらはカソリック)の間に、根深い対立があります。イギリス系の民兵によるアイルランド系への暴行事件や、アイルランド系の過激派による爆弾テロなど、1970年代から90年代にかけて数々の血なまぐさい事件が起きました。
1998年のベルファスト合意で、両者のあいだに和解が成立し、以後は暴力事件は減っています。しかし、いったん生まれた溝は簡単には埋まらない。ベルファストの郊外には、今もプロテスタント系の住民地区とカソリック系地区を隔てる「壁」が、いたるところに残っています。
西ベルファストに今もある「壁」の一つを見に行って来ました。北部のプロテスタント系が住む地区と、南部のカソリック系の地区は道路一本で隔てられていて、その道に沿って高い壁が建設されています。
両方の地区は、昼間は自由に行き来出来ますが、夜はゲートが封鎖されるとのこと。同じ街の住民が、文字通りの「壁」で分断されて生活しています。
地区によって民族が微妙に棲み分けるということそれ自体は、多文化社会ならどこでも見られるものでしょうが、高さ3メールになろうかという物理的な「壁」ではっきり区切られている光景は衝撃的でした。拒絶と憎悪が、はっきりと目に見える形で具体化されているように感じられたからです。
しかも皮肉なことに、この「壁」はピース・ウォールやピース・ラインと呼ばれている。「壁」があることで平和が保証されている、というのです。
プロテスタント側からカソリック住民の側に移動すると、「壁」の近くに小さな公園があり、紛争で殺された市民の名前が石碑に深く刻まれています。いくら政治的な和解が進んでも、肉親が殺されたという負の記憶は、簡単に消え去るものではないのでしょう。
聞けば、これらの「壁」は和解後に減ることなく、むしろ新たに建設されているものもある、とのこと。人の交流が増えても自他を区別する「壁」がなくなることはない、という象徴的な出来事です。
今後、ブレグジットが実施されると、北アイルランドの帰属をめぐる争いが再燃すると予想されています。この一事をとっても、ブレグジットは難題だらけです。国境を無くすのと復活させるのとでは、後者の方が何倍も難しい。いったん無くした国境を復活させるのは、大変だということが分かります。
それでもイギリス人はEU離脱を選んだ。そして似たような動きは、これから各地で起きるに違いありません。アイルランド/北アイルランドでこれから起きる(かもしれない)混乱は、これから世界で起きることを先取りする事例なのです。
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