『表現者criterion』メールマガジン

【浜崎洋介】「大人」のいない国、日本――「成熟」とは何か

From 浜崎洋介(文芸批評家) 

 こんにちは、浜崎洋介です。

 先週は、「就職ルール廃止」の話題を通じて、「カネ」に直結しないもの(例えば教育)について、理解する能力を持たない「企業人」の幼さを批判しておきました。

 ただ、これは、戦後の日本人が、人間の「成熟」について何も考えてこなかったことの当然の結果だと言うこともできるのかもしれません。

 かつて、孔子は、「十有五にして学に志ざす。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳従う。七十にして心の欲する所に従って矩を踰えず」と語って人間の「成熟」のあるべき姿について述べていました。あるいは、中国の五行説では、人生を「青春」、「朱夏」「白秋」、「玄冬」の四季節に分けて、人生のあるべきサイクル――人間にとって最も自然なサイクル――に対する理解を示していました。

 ただ、こういった「成熟論」は、過去の人間論に限った話ではありません。アドラー心理学や、エリクソンの「アイデンティティ」論、あるいは、R・D・レインの「現存在分析」なども、人間の「成熟」についてよく論じていました(ちなみに、そういった「成熟論」を国家論に適用した例が、よく知られた岸田秀の『ものぐさ精神分析』です)。

 たとえば、私たちが直感的に分かるベルでも、人生はおおよそ三つの時期――幼児・児童期、思春期、成人期――に分けられますが、精神医学でも(もっと詳細に細分化はしますが)、基本的には、この三つの区別によって人間の「成熟」を解釈しようとします。

 まず、幼児・児童期で強調されるのが、親からの無条件な「愛情」です。この「愛情」によって、最初に子供は、「自分」がこの世界に存在していいこと――あるいは他者とともに存在すべきだという無根拠な「自己肯定感」(自己の根本感情)を養うことになります。

 だから、もし、この「自己肯定感」が上手く養えなかった場合は、思春期以降の他者関係に苦労することになります。他者を「自分を脅かす恐ろしいもの」としてしか感受できなくなってしまった子供たちは、異常に自己防衛的になる(引きこもる)か、あるいは、引きこもっていく先(自分)さえない場合は、その不安と恐怖から、他者に対する過剰な依存と攻撃を繰り返してしまうことになります(いわゆる「愛着障害」です)。

 ただし、ある程度の「自己肯定感」が育っている場合でも、問題となるのは、やはり思春期です。というのも、思春期において、人は、親からの承認とは別に、社会において自立しているという感情(理想的な自己像)を得なければならないからです。つまり、親との関係によって形成された「内発的な信頼感」を基盤としつつも、そこに、他者の眼に映る「外的な自己像」を接続させなければならない時期、それが思春期だというわけです。

 それゆえ、思春期には、人間の原型的な「葛藤」――内と外の摩擦――が集約的に現れます。特に、共同体が解体して以降の近代社会では、「内的な自己像」と「外的な自己像」とは齟齬をきたしますから、どうしても「思春期」が長引いていってしまう傾向があります(前近代では、元服式を11歳~17歳までの間に迎えていたのに対して、現代では、大人になる前の「思春期」は、10代後半から20代の全部だと言ってもいいでしょう)。

 が、いずれにしても、この児童期の「自己肯定感」と、思春期の「葛藤」を潜り抜けることによって得た「内と外のバランス感覚」に支えられて、ようやく人は、人として落ち着いた成人期を迎えることになるのです。つまり、自らの「内発性」(自己肯定感)を保持しつつ、それを絶対化するナルシシズムを退け、なお、どこで自分が社会的功利性と折れ合うことができるのかを知っているできる人間、それこそが「大人」だということです。

 しかし、だとすれば、今、世間を騒がしている大人たち――セクハラ・文書改竄問題で騒がれる財務官僚、裏口入学を画策する文部官僚、不正入試を続けていた医科大、不正会計に手を染めた東芝、品質改竄をした神戸製鉄、排ガス検査で改竄工作をした日産、不正融資を続けていたスルガ銀行、セクハラ、パワハラに明け暮れる各界の指導者たち(早稲田、日大アメフト、各種スポーツ界)、そして「カネ」のことしか考えられない経団連、経済同友会の幹部たち――ほど「大人」から遠い存在もないということになりはしないでしょうか。

 彼らには、「功利性(エゴイズム)」とは折り合う対象であるという自覚(痛み)もなければ、それに歯止めをかけるための「倫理(内発性)」もない。やはり、この社会全体の「バランス感覚」の喪失ぶりは、ただ事ではありません。

 ただ、それも戦後の日本人が、73年間もの「平和」のなかで、人間の〈成熟=適切な人生のサイクル〉を考えてこなかったことのツケなのかもしれません。

 幼児・児童期の子供を、早くから「お受験」などの外的規準にさらし、思春期の葛藤を無意味な「中二病」として退け、古典教育(文系学部)などは無意味だから廃止しろと言い、それを真に受けた一部の学生たちが、ただ社会的地位が高いと言うだけで、医者になり、弁護士になり、官僚になり、学者になり、果てはコンサル、外資、メディアに就職していく。そんな大衆社会に過剰適応した「慢心しきったお坊ちゃん」(オルテガ)たちのことを「エリート」などと囃し立てる社会が、成熟した「大人」を持てるはずがないではありませんか。

 しかし、本当に怖いのは、その先なのです。

 たとえば、「内発性」(自信)を育てはぐってしまった人間の場合、社会的地位が高くなればなるほど、その後ろめたい「不安」は雪だるま式に膨れ上がっていきますから、その「不安」をなだめるために、さらに外的評価(地位とカネ)を求めて焦燥していくという悪循環が現れる(その典型がヒトラーですが、他にもミニヒトラーは大勢います)。となれば、世にいう「エリート」ほど、醜悪な「大衆」もいないということにもなりかねません。

 こうして、「大人」のいなくなってしまった社会は滅んでいくのでしょう。が、ここまでくると、私などは、それはそれでいいのではないかとさえ思えてきてしまいます。そんな軽口をたたく余裕もなくしてしまえば、それこそ「大人」ではなくなってしまいます。

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