元新聞記者でフリージャーナリストの松林薫です。
『表現者クライテリオン』での連載に加え、今回からメルマガにも寄稿することになりました。よろしくお願い申し上げます。
昔から新聞は「一日経てば、ただの古紙」と言われます。最近ではネットでニュース速報が読めるので、翌朝に届く新聞が「半分くらいはすでに古紙」という日まであります。ところがそんな古新聞も、さらに時間が経つとかえって面白みが出てくるものです。「新聞は歴史の秒針」という言葉がある通り、古い記事を読むと何十年も前の世相が浮かび上がってくるからです。
この連載では古新聞(新聞縮刷版)の地層から、私たちが忘れかけている記憶を掘り起こし、現在や未来を考えるヒントを探したいと思います。手始めに、あと半年ほどで終わろうとしている「平成」の源流を訪ねてみましょう。
昭和天皇が崩御されたのが1989年1月7日。同日、小渕恵三官房長官(当時)が新元号を発表し、翌日から平成が始まりました。そこで翌2月の紙面を覗いてみることにしましょう。
平成元年2月1日付の新聞をめくって最初に目につくのは「新電電」の広告です。各社とも東京〜大阪の平日・昼間・3分間の料金が280円と、NTTの330円より安いことを強調しています。
【きょうから、安い。 あちらより、安い。】(日本テレコム)
【本日、第二電電は値下げです。】(DDI)
【0070は、きょうから値下げです。】(日本高速通信)
一方、NTTも値下げ広告を出しています。
【遠くの電話も、近くの電話も、今日から約10%値下げになります。】(NTT)
電話の大競争時代が幕を開けたのです。料金表を見ると、当時の長距離電話が今と比べてけっこう高かったことが思い出されます。遠距離恋愛の相手とうっかり長電話をして、高額の料金を請求された記憶が蘇った人もいるかもしれません。そういえば、現政権も携帯電話料金の値下げを目玉政策にしていましたね。
実は、古新聞を読む楽しみの一つがこの広告で、ときには記事より雄弁にその時代の世相を物語ります。この日の新電電のキャッチコピーも「新自由主義」の時代が、平成の幕開けと時を同じくして始まっていたことを教えてくれます。
紙面をめくっていてもう一つ気づくのが、このころ「働き方改革」が花盛りだったという事実です。もちろん、当時は「働き方改革」という言葉は使われていません。「ゆとり」「時短」がキーワードでした。
【鉄鋼労連 「春闘」が消えた 「ゆとり」時代へ死語に 時短も明確にセット】(2月13日付朝日夕刊)
中央官庁が週休二日制(隔週)を導入したのが1ヶ月前。これを追う形で金融機関が完全週休二日制を導入したのです。ここから、自治体や大企業へと週休二日制が広がっていきました。
【期待の2月 トレンドは「完全週休二日」 銀行などGO 信販「貸しますよ」】(2月1日付読売夕刊)
【金融街ひっそり ゲレンデ花模様 心は立春…完全週休2日 スキー場「人出最高」】(2月4日付毎日夕刊)
週休二日制に注目が集まったのは、「カローシ(過労死)」が外国メディアに取り上げられるなど働きすぎが問題になっていたからです。「余暇を楽しむことで内需を拡大しろ」という米国の圧力もありました。そこに、景気の過熱による人手不足が拍車をかけます。
【総実労働時間が微増 昨年の月平均0.3%増 残業8.1%と急増 労働省調査】(2月1日付日経朝刊)
【“いざなぎ”以来の求人難 中小企業、急速に深刻化 動向調査】(2月4日付朝日朝刊)
【外国人留学生、10年前の5倍】(2月4日付毎日朝刊)
【大企業の外国人雇用 4割近くが経験 法務省調査】(2月27日付朝日朝刊)
今日の紙面で見たとしても違和感がない記事です。当時も人手不足が深刻化し、中国からの留学生らがその穴を埋め始めていたことがわかります。中年以上の方は、バブル期に建設現場で働いていたイラン人労働者の存在を思い出すかもしれません。新卒採用も難しくなり、こんな企業まで現れました。
【完全週休3日制を導入 8月から八百半デパート】(2月16日付日経朝刊)
人手不足は省力化投資を促します。2月2日付の朝日夕刊1面には、ジャンボジェット機のコックピットの写真が2枚、掲載されています。機長と副操縦士に加え「航空機関士」の席があった旧型機と、2人だけで操縦できる新型機を比べたものです。
【ハイテク操縦室おひろめ 最新鋭ジャンボ】
記事には、同型機の導入を決めた日航と全日空の労働組合が「二人乗務は安全の切り下げ」だと主張し、従来の3人制を維持するよう求めている、という記述があります。最近、人工知能(AI)が仕事を奪うのではないかとの懸念が広がっていますが、すでにコンピューターが仕事を奪い始めていたのです。私たちがバスの車掌さんや駅の切符切りを最後に見たのはいつだったでしょう?
少子高齢化に備えるとして税率3%の消費税が導入されたのもこの年の4月。紙面にも関連記事があふれています。
【対策に追われる流通業界 4月から消費税3%課税 価格転嫁、どう説明 消費者対策 想定問答集作りも】(2月3日付毎日朝刊)
平成の入り口に立ってみると、そこに広がっていた風景が恐ろしいほど現在と似ていることに気づきます。時代は一回りして元の地点に戻ろうとしているのかもしれません。だとすれば、私たちは「その後」にどんな変化が待ち受けていたのかを思い起こすべきでしょう。
日経平均株価はこの年の大納会にピークをつけ、その後は下降線を辿りました。バブルが弾けたのは2年後の91年です。それとともに人手不足も解消。逆に「就職氷河期」や「中高年のリストラ」が始まります。
戦後の世界秩序が音を立てて崩れていったことも忘れてはなりません。6月には中国で天安門事件が勃発。同じ月に東欧革命が始まり、11月にはベルリンの壁が崩壊しました。ソ連は91年末に崩壊し、世界は本格的なグローバル化時代に突入していったのです。
もちろん、歴史はそのまま繰り返すとは限りません。しかし平成元年の新聞を少し眺めただけで、二十年、三十年のスパンで見た時に自分たちがどんな地点に立っているのか、イメージが湧いてくるのも事実です。この秋、図書館で古い新聞縮刷版をひも解いてみてはいかがでしょう。きっと、たくさんの発見があると思います(老眼の方はルーペ持参で!)。
新聞縮刷版(朝日新聞、平成元年2月1日付)のコピー
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