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【柴山桂太】「ロストフの14秒」〜失敗は検証されなければならない

柴山桂太

柴山桂太 (京都大学大学院准教授)

先週(12月8日)の大阪シンポジウムでも話題になったことですが、平成日本は芸も無く同じ失敗を繰り返しているように見えます。

過去に行われた改革が、ことごとく不首尾に終わっているのに、同じ路線の改革をさらに続けようとする。過去、消費税増税で財政が健全化するどころか、消費の落ち込みとデフレの進行で財政はむしろ悪化したにも関わらず、ふたたび同じことを繰り返そうとしている。

以前に実施された民営化によって本当に事業が活性化したのか。どこに落とし穴があったのか。その検証もまともに行われないうちに次の改革案が登場して、十分な審議を経ることなく実行に移される。反対する者は古い考えに縛られているか、既得権者だと決めつけて無視を決め込む。

グローバル化がもたらす社会の分断が、世界各地で大変な混乱を生み出しているのは今や誰の目にも明らかです。それなのに日本は、周回遅れの改革に突き進もうとしている。これはもう、自らの手で混乱を招き寄せているとしか言いようがありません。

帰宅後、たまたま録画してあったNHKスペシャルを見たのですが、これが実に興味深い内容でした。「ロストフの14秒 日本 vs. ベルギー知られざる物語」です。

今年のサッカーW杯の決勝トーナメント一回戦。日本代表はベルギーを相手に善戦しながら、後半ロスタイムにわずかな隙を突かれて失点、敗退を余儀なくされました。日本のコーナーキックがキャッチされてベルギーの高速カウンターが始まり、失点するまでわずか14秒。

このわずか14秒間にいったい何が起きたのか。選手達(日本側、ベルギー側)の証言を元に、この時の出来事を細かく検証するという内容です。

最後のコーナーキックで日本は、コロンビア戦での得点の再現を狙っていたと言います。実際、映像で見てみると、本田のコーナーキックは、コロンビア戦で大迫が得点した場面と同じ軌道を飛んでいます。

しかしベルギー側は、日本のセットプレーを研究し尽くしていました。キーパーのクルトワは「日本の動きはまさに予想通りだった」と証言しています。そしてMFのデブルイネは、まだキーパーがボールをキャッチする前に一気に前に走り出している。そこにパスが通ることでベルギーのカウンターが始まります。

その後、わずか10数秒のうちに日本の選手が一人かわされ、二人かわされ、あっと言う間に得点を奪われる。ベルギーにとっては「奇跡の14秒」、日本にとっては「悪夢の14秒」になったわけです。

結果的に言えばベルギーの方が一枚も二枚も上手だったということになるのでしょうが、そう言ってしまうにはあまりに残酷な瞬間だったというのも事実です。番組では吉田や長谷部、長友らがこのときのことを振り返るのですが、苦い記憶が甦るのでしょう、ときおり言葉を詰まらせながら14秒の出来事を再現し、自分の判断が正しかったのかを自問自答します。

あのとき1秒でも早く戻ることができていたら。あと一歩足を出してパスを防ぐことができていたら…。あのときはああするしかなかったという「諦め」と、別の判断や選択があり得たかもしれないという「後悔」を口にする日本人選手とは対照的に、ベルギーの選手はカウンターの成功がほとんど「必然」であったという口ぶりで語る。

過去の判断と選択は、勝者にとっては「それしかなかった」ものですが、敗者にとっては「他であり得たかもしれない」ものになる。別の選択肢はなかったのか、もっと早い時間に違う展開に持ち込むこともできたのではないか。2点を先取した段階で、緩みが生じていなかったか。同じ代表の仲間をかばいながらも、それでもあのとき、自分とチームには別の選択肢があったはずだと真摯に振り返る選手達の姿には、見る者の感情を揺さぶる何かがありました。

こういう番組を見ると、日本のサッカーの未来は明るいのではないか、と思わずにはいられません。あのとき、別の判断や選択があり得たかもしれないという思考と想像力は、失敗の苦い記憶とともに次の世代にも確実に受け継がるはずだからです。

翻って、政治はどうでしょう。スポーツのように勝ち負けがはっきりしているわけではなく、一瞬の判断の積み重ねで物事が決まる世界でもありませんが、過去の判断と選択が本当に正しかったのかが常に問われているという点では同じです。

改革が成功続きであるなら、いちいち過去を振り返る必要はないのかもしれません。しかし、平成三〇年の改革は、政治改革から経済社会の改革まで、お世辞にもうまくいっているとは言いがたい。にもかかわらず、そこに真摯な反省も、他であり得たかもしれない選択肢への想像力も働かないとすれば、日本の未来は暗いと言わざるを得ないのではないでしょうか。

※なお、NHKのHPによると「ロストフの14秒」は再放送があるみたいです。
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/46/2586091/index.html

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