【柴山桂太】MMTという新たな「レンズ」

柴山桂太

柴山桂太 (京都大学大学院准教授)

コメント : 4件

表現者クライテリオンの最新号は、MMT(現代貨幣理論)の特集で、私も一文を寄せています。
https://the-criterion.jp/backnumber/86_201909/

MMTは、本格的な紹介が始まる前から、激しい非難にさらされています。財政赤字はまだまだ増やせる? 将来の金利上昇やインフレ・リスクをどう考えているのだ。インフレが始まったら増税で対処する? そんなことが政治的に可能だと思っているのか…。他にも上げていけばキリがないほどです。

しかし、それらの批判は本当に的を射ているのか。この八月、MMTの理論的支柱の一人、ランダル・レイによる入門書が翻訳・出版されました。
https://www.amazon.co.jp/dp/4492654887/

こちらを読めば、「悪評高い」MMTが実際に何を主張しているのか、MMTへのよくある批判がどこまで当たっているのかを、自分の目で確かめることができるはずです。

MMTの大まかな内容解説や、若干の疑問点についてはクライテリオンの原稿に記しましたので、ここで繰り返しません。

一点だけ確認しておけば、MMTは財政赤字を無際限に拡張していい、という理論ではありません。主権通貨を発行する政府に財政制約がない(「キーストローク」で支出を増やすことができる)ということを「事実」として指摘してはいますが、いくらでも支出「すべき」とは言っていません。そこは注意深く分けられています。

無際限に支出を増やしていけば、インフレが発生するのは当然のこと。インフレが発生した場合、政府支出を裁量的に減らすことの難しさについても十分、自覚的です。

景気回復が進めば政府支出が自動的に減るための制度として提唱されているのが、「就労保証プログラム」です。これは、働く意欲のある者なら誰でも職につけるよう政府が約束するプログラムで、基準賃金は統一されています。このプログラムが実施されれば、賃金価格の「土台」が提供されるだけでなく、好景気時には(民間部門に雇用が移るので)政府支出が自動的に減ることも期待できる。

もちろん、具体的な制度設計となると難しい面をかなり含んでいますが、MMTが闇雲に政府支出の拡大を訴えているわけではない、という証左にはなります。

もう一つ、レイの入門書をあらためて読んで思ったのは、H・ミンスキーの影響の大きさです。これは当たり前で、ミンスキーはレイの大学院の指導教官にあたるとのこと。

ミンスキーは、民間投資が経済成長の原動力であることを認めつつも、投資ブームが信用膨張を生み、それが弾けることで金融システムが不安定化してしまう資本主義の現実を理論化した人物です。

資本主義は文字通り「資本」の主義ですから、設備投資が不可欠です。機械が労働に置き換わり、経済全体の生産性も上がっていく。資本分配率は上昇する反面、労働者は不利な状況へと追い込まれていきます。

その上、投資偏重の経済は、信用を供給する金融システムのイノベーションと結びついて、バブルとその崩壊という不安定な状況を作り出してしまう。そしてバブルが弾けるたびに、労働者は失業を余儀なくされる…。ミンスキーのこうした問題意識は、レイの入門書でも至る所で顔を出しています。

「我々の経済は、(一時的に経済成長率を引き上げるものの、結局は金融危機や景気後退によって破裂してしまう)バブルによって繰り返し停滞状態にある。労働者にとっては、その後遺症が失業である。さらに言えば、バブルによって加熱された「景気回復」でさえ、ほんのわずかな雇用しか生み出さない。」(邦訳、506頁.)

実際、景気が回復したといっても失業率は緩やかにしか低下せず、雇用が回復したといっても大半は低賃金部門で、労働者の生活は良くならない。ようやく労働市場が改善し始めたと思ったら次の景気後退や金融危機がやってきて、すべてがやり直しとなる。現代の資本主義は、そういうサイクルを繰り返しているという指摘は、まったくその通りでしょう。

近年、金融危機後の「長期停滞」を指摘する声が相次いでいます。そして政府による投資拡大が主張されたりもするのですが、レイはこうした論者(例えばL・サマーズ)に対して批判的です。

政府支出は、民間投資の「呼び水」政策として実施されるべきではない。あくまで、労働者の雇用や賃金状況の改善のために支出が行われるべきだ、と言うのです。

もちろん、「就労保障プログラム」の実現可能性には難がある、と批判するのは簡単です。また政府が直接、雇用を行うことは労働市場の働きを歪めてしまうのではないか、という批判ももっともだと思います。

しかしレイに言わせれば、MMTの目的は特定の政策を押しつけるというより、新たな「レンズ」を通じて経済を見ることで、政策論の枠を広げることにある。従来であれば見向きもされなかったアイデアが現実の「代替案」として検討されるようになれば、理論の役割としてはそれで十分なのです。

その意味で、MMTは即効性のある政策を引き出すための道具というより、これまでの「レンズ」では見えていなかった、貨幣や財政の機能に焦点を合わせるための道具、と言った方が正確だと思います。

もちろん、新しい「レンズ」には固有の盲点もあることでしょう。それが何なのかということも含めて、議論がこれから深まっていくことに期待したいところです。

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コメント

  1. 年次改革ミトロヒン より:

    先日、チャンネル桜の教育討論で、
    富岡先生が「MMTはマルクス、貨幣論ってのはその類(要約)」
    であると和やかに語っておられました。

    革新勢力側に利用される危険性という意味で仰っていたと思いますが、
    富岡先生ですらこういう見解なのかと、暗澹たる気分になりました。
    令和ピボットの賛同者に名を連ねていないのは、
    こういう理由からなのでしょうね。

    ピケティ騒ぎの時もそうでしたが、
    確かに保守陣営と真逆の勢力が裏で糸を引いていたことは間違いありません。
    当時、富岡先生もピケティの背後関係を指摘していました。

    分断対立を煽られてしまうことを懸念するのでしょうが、
    例えるならば、それは百薬の長である酒を、
    肝硬変や、アルコール依存症・中毒の発生源として、
    ひたすら忌み嫌う様なものでしょう。

    酒を不健康、酒池肉林、堕落、怠惰の象徴と決めつけて、
    憎き敵として潔癖に走り、
    あげく禁酒法にしてしまうのと同列といえないでしょうか?

    御存知の通り、禁酒法で儲けを得たのはギャングであり、反社会的勢力です。
    酒があれば、酒場も賭博も売春宿もセットで付いてくるでしょうが、
    酒が無ければ無いで、より密造酒が地下に潜り、
    酒その他利権を一部の悪人が独占することでしょう。

    独占されることで、却って社会は経済的にも文化的にも、治安の面からも、
    地盤沈下してしまわないでしょうか?

    マルクスもケインズも知らない一般大衆へ貨幣論を説いたならば、
    即、革命や国家転覆が起きるでしょうか?(少し期待しますが・・・。)
    むしろ、マスコミの流す明らかなウソや論理破綻に気付くはずです。
    土建屋や公務員、巷の小物議員程度への無駄遣い批判で、
    正義の味方面していた大衆が、
    ようやく、自身の不明を少しは恥じるきっかけにつながると考えます。

    言うなれば、22年前からの体調不良(デフレ)を、
    風邪程度(一過性の不景気)と考えて無理をしていた人が、
    健康診断で実は重病(デフレスパイラル&経済失政)だったと判明。
    処方箋(対デフレ政策)が出されて、
    やっと自身の病に対して治療が開始できる状態になったといえます。

    薬の量(政府支出)を長期間、割と多めに用いる治療になるでしょうが、
    薬物依存(ハイパーインフレ)に陥る可能性がゼロではないからといって、
    治療を停止する理由にはなりません。

    用法・用量を厳重に守ることを前提とした、
    「MMTという特効薬」の服用に何の遠慮がいるでしょう?

  2. 拓三 より:

    無駄が多いと言われたバブルの時でさえ実体経済ではインフレ率3程度でしょ…日本人のバランス感覚は優れているのにね。

    なのに何で歴史の浅いアホ国家が作った経済論理でしか設計しないの ?
    インフレ退治は国民の知的水準で決まるのに…民主主義も。

    資本主義も社会主義も国民がアホなら破綻するよ。
    MMTを批判する人達って根本的に日本が嫌いなんやろね。米国 支那マンセイw

    MMTを批判する特にリフレ派の人達に聴きたい。金融政策に重点を置くことで招じる格差、金融バブル、どう解決するの ? ミクロの政策で対処するの ? 今の国際社会を見てどう思うの ? 民主主義を理解しているの ? 国家を理解しているの ? 一握りのブタ太らすだけでしょ。 豪族の支配による戦国時代に戻るつもり ?

    今話題のブロックチェーンってナショナリズム、民主主義と同じ論理です。
    グローバルとはすべてのチェーンを外し同じ箱に押し込める政策です !

  3. 小笠原健三郎 より:

    この『就労支援プログラム』ですが、まずは【農業・林業・漁業・畜産】で行うべきかも?

    少なくとも日本では、ですね

    しかし、『農業支援プログラム』の予算が削られるなど、今の日本政府では、間違い無く【無駄扱い】に成るかと?

    まぁ、政治家にも官僚にも、そして財界にも、【国家感の欠如が著しい新自由主義の蔓延】が、この事態を招いているかと個人的には考えております

    突き詰めれば、『就労支援プログラム』とは、一種の【ベーシックインカム】かと思われますが、運用次第によっては『税のビルトイン・スタビライザー』と同じ効果は得られるのかも?

    しかし、他の社会保障費制度との兼ね合いで、運用国によって変わって来たり、難しいのも事実ですかね?

  4. 若枝 より:

    ランダル・レイによる入門書はぜひ読んでみたいと思います。「政府支出は、民間投資の「呼び水」政策として実施されるべきではない。あくまで、労働者の雇用や賃金状況の改善のために支出が行われるべきだ」というのは私も同感です。企業は営利を目的としており、労働者に支払われる労務費は常にその目的に対して二律背反です。厳しい経営環境の中で企業に労働者保護の全責任を負わせることには無理があると思いますので。しかし、今の経済の構造の中では、この政府支出・財政赤字の累積は永遠に継続せざるを得ないと思います。構造的に言ってです。私は、この今の経済の、特に貨幣循環の構造を変える必要があると思います。貨幣循環の中に政府支出を組み込んで、赤字なく政府支出が出来るようにする必要があると思います。

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