2019年12月12日、英国では総選挙が行われました。
出口調査の結果などから、全体としては保守党の大勝が早々と予想されていましたが、正式な結果は以下のようになりました。括弧内の数字は、前回2017年の選挙からの議席の増減を示しています。
保守党・・・365議席(+66)
労働党・・・203議席(-42)
スコットランド国民党・・・48議席(+13)
自由民主党・・・11議席(-1)
緑の党・・・1(+1)
その他諸派・・・22議席(-27)
投票率・・・67.3%(-1.4)
単独過半数のラインは326議席で、保守党はそれを大幅に上回る議席を獲得しました。
これまでのドタバタが一体何だったのかと思いたくなるほどの、保守党の、つまりブレクジット推進派の圧勝でした。
この結果によって、ブレクジット推進派が単独過半数を獲得することになり、選挙後、ボリス・ジョンソン首相が力強く宣言したように、英国は2020年1月末をもってEUから離脱することがほぼ確実になりました。
14日付の各紙では、選挙結果の分析の特集が組まれており、それらを参考に、もう少し選挙結果について見てみましょう。
今回、保守党が圧勝できた一番の理由は、私の見方では、保守党が強かったというよりも、対抗馬であるはずの労働党があまりに弱すぎたということが挙げられるように思います。
まずもって、今回の選挙の争点は間違いなく「ブレグジット」にあったはずです。事実、保守党およびボリス・ジョンソンは、“Get Brexit Done!”(ブレクジットを成し遂げよう!)という標語で戦っていました。
しかしながら、労働党はブレグジットについての態度が極めて曖昧でした。これにはいくつかの理由が挙げられますが、そもそも労働党のブレグジットについてのスタンスは、「ブレグジットはさせない!」とか「ブレグジット反対!」ではなく、「国民投票を再度行おう」というものでした。これは言い換えれば、「国民のみなさんが決めてください」ということなわけですから、有権者からすれば、「お前らは一体どうしてくれるんだ」という批判が当然あるわけです。しかも、二度目の国民投票を行うことについて、批判的な見解がなんと党内からも沸き起こるという意味不明な事態になっており、こういう体たらくでは、支持を集めることは困難であろうと思います。
実際に、ブレグジットについては、自由民主党が、労働党との差別化を意識してのことだとは思いますが、ブレグジットに反対する立場を明確に打ち出して選挙に臨みました。選挙分析を見ると、自由民主党は、前回選挙より1議席失っているのですが、得票率自体は前回よりも4.2%伸ばしています。おそらく、労働党支持者の一部の票が自由民主党に流れたものと推測されます。
今回の選挙で、労働党は前回選挙から42議席減らし、得票率も7.8%のマイナスと、まさに惨敗でした。ジェレミー・コービン党首に対する様々なネガティブ・キャンペーンも散見されましたが、私からすれば、労働党の大敗の原因はそれ以前の問題にあったように思います。
要は、ブレグジットを含めて、労働党はこの国をどうしたいのかという魅力的なヴィジョンを提示できなかったということであって、それはコービン個人の問題に回収されるものではないように思います。
実際に、選挙分析を見ると、階級(class)ごとの投票先については、いわゆるホワイトカラーにあたる「AB」や「C1」という層が保守党に多く投票していることがわかりますが、興味深いのは、いわゆるブルーカラーのほうに入ると思われる「C2」や「DE」という層においても、労働党ではなく保守党が優勢であったという結果が出ているのです。
労働党は有権者の心を掴むことができなかった。
こうした野党第一党の体たらくから、我が国も学ぶところが多いのではないでしょうか。本筋から逸れますので、あまり多くは書きませんが、デモクラシーにおいて選挙がうまく機能するには、「競合する選択肢のなかからポジティブに選びうる」というのが条件となるはずなのです。
さて、「英国全体としてみれば」保守党が大勝したわけですが、今回の選挙では、大勝した党がもう一つあります。
それは、スコットランド国民党(SNP)です。
今回の選挙でのスコットランドにおける59の議席配分は以下のようになりました。
SNP・・・48議席(+13)
保守党・・・6議席(-7)
自由民主党・・・4議席(±0)
労働党・・・1議席(-6)
SNPの「圧倒的な」勝利であると言わざるをえません。
これまで保守党が優位であったスコットランド北東部(アバディーンあたり)や南部(ダンフリーズあたり)でもSNPは議席を獲得し、スターリングやパースのみならず、グラスゴーの全域でも議席を獲得しました。また、自由民主党の党首であるジョー・スウィンソンもSNPの候補に敗れ、議席を失っています。
今回の選挙でSNPが議席を大幅に伸張できた理由も、一つには労働党の脆弱さと関係があります。このメルマガでも何度か書いてきましたが、SNPの主張は、「イングランドがブレグジットをしてEUから離脱するなら、スコットランドは英国から独立してEUに残留する」というものです。SNPのキャンペーンの標語の一つは“Stop Brexit”というかなり明確なものであったので、EU残留派は、その立場が曖昧であった労働党よりも、SNPに投票したわけです。
また、SNPと、労働党および自由民主党との違いは、前者がスコットランドの独立を望むのに対して、後者は連合王国の存続を望むユニオニストであるということです。
ゆえに、EU残留派かつユニオニストであれば、労働党と自由民主党という2つの選択肢があるわけですが、前述の労働党のブレグジットに対する曖昧な態度は、そういう人たちの票を自由民主党に向かわせたのであろうと思います(ゆえに自由民主党は現状維持)。
ただ、スコットランド北部および島嶼部は、伝統的に自由民主党が強い地域であって、保守党を含めたユニオニストはスコットランド全体で見れば大幅に議席を失っていることに鑑みれば、スコットランドの人々は概ね、「EU残留を支持し、連合王国からの離脱を望んだ」と言ってよいのだろうと思います。
本メルマガのサブタイトルである“Two landslides, One collision course”というのは、実は14日付のSCOTSMAN紙の一面から取りました。
あえて訳せば、「2つの大勝利が衝突を引き起こす」ということなのですが、それはもちろん、英国政府(保守党)とスコットランド自治政府(SNP)とのあいだの衝突のことです。
ボリス・ジョンソン氏とニコラ・スタージョン氏は、選挙後、頻繁に電話で連絡を取り合っているそうですが、スコットランドの独立に関する二度目の住民投票(Indyref2)の早期の実施を求めるスタージョンに対して、ジョンソンはそれを明確に拒否する意向を伝えたようです。
ただ、今回の選挙の結果を受けて、英国全体では保守党が大勝し、過半数の国民がブレグジットを望んでいるのに対して、スコットランドでは保守党がかなり後退し、スコットランドの大半の人々がEU残留を望んでいる、ということがよりはっきりとしました。
つまり、イングランドとスコットランドでは明らかに異なる民意が示されたということになります。13日付のTHE NATIONAL紙の一面には、 “Scotland is a different country”という見出しが躍っていました。
もちろんこの点は、ブレグジットの問題が表面化して以降、2016年の国民投票や、今年5月の欧州議会議員選挙でも明らかだったわけなのですが、ブレグジットについての方向性はほぼ定まったので、この「2つの民意」をどう処遇するのか、というのが今後の英国政治における間違いなく大きな争点の1つになってくるでしょう。
2020年1月末をもって、英国がEUから離脱することになるのはほぼ間違いないと思いますが、どのように離脱をするのかという細かな点については未だ確定していないことが多いわけですから、英国が完全にEUから離脱するのは早くても数年後になると思われます。
スタージョンとしては、英国が完全にEUから離脱するまでのあいだに、スコットランドが英国から独立し、EUに残留(加盟)できればと思っているわけです。
そのためにもまずは2度目の住民投票を行う必要があるわけで、スタージョンはそれを、スコットランド議会選挙のある2021年ではなく、それより前の2020年の秋か冬に行いたいという意向をすでに表明しています(私の5月および8月のメルマガをご覧ください)。
スタージョンは選挙後、スコットランドが住民投票を行うことを止める権利はウェストミンスターにはない、という旨の発言をしていますし、さらには、そもそも、住民投票の実施についてウェストミンスターにお伺いを立てなければならないのはおかしいとして、その権限をウェストミンスターからホリルード(スコットランド議会)に移譲せよとまで要求しています。
もちろん、ジョンソンはこうした要求を呑むわけにはいきません。
しかも、保守党もSNPも選挙で大勝しているわけですので、両者の妥協点を探るのは非常に難しいと思われます。
「ブレグジットを軸にしたEU離脱派とEU残留派の分断は終わった」。「今こそ分断を癒すときである」。「連合王国はイングランドもスコットランドもウェールズも北アイルランドは一つにまとまらねばならない」。選挙後、こういうことをジョンソンは述べていますが、スコットランドとの亀裂はもはやそう簡単には埋まらないところまで来ていると思います。
ウェストミンスターはおそらく、住民投票の実施要求をのらりくらりとかわし(あるいはもう少し強硬に拒否するかもしれませんが)、少なくとも2021年以降に先送りするように仕掛けてくるでしょう。そして、2021年のスコットランド議会選挙でSNPの勢いを削ぐことができれば、はたまたSNPを第一党の座から引きずり下ろすことができれば、独立の機運をかなり抑えることができるでしょう。
それは1つの戦略としてはありかもしれませんが、「自由民主主義」の理念に照らして、それが望ましいのでしょうか。あるいは、ナショナリスティックな動きは全くけしからんものなのでしょうか。
大変興味深いことに、スコットランドの独立支持派の集会に行くと、必ずといってよいほど、スコットランドの旗とともに、スコットランドと同じく独立の機運が高まりを見せているスペインのカタロニアの旗が掲げられています。そのカタロニアの独立支持派の旗にはこう書いてあります。
“Democracy is not a crime”
「自由民主主義」を標榜する国が、自国のなかに存在する「2つの民意」、とりわけ多数派の意志とは異なる「スコットランドの選択」(“Scotland’s Choice”:これもSNPの選挙の標語の1つです)をどのように処遇するのか。より一層注視していきたいと思います。
またまた少し長くなってしまいました。今回はこのあたりで。
Chi mi a-rithist thu!
<補足>
議席数だけで比べると、保守党の圧勝、労働党の大敗なわけですから、労働党は厳しい評価にさらされるのは無理もありません。ただし、得票率と得票数を見ると、議席の差ほど大きな差があるわけではないというのも事実です。
保守党:43.6%(+1.2%)、約1397万票
労働党:32.2%(-7.8%)、約1030万票
自由民主党にいたっては、11.6%、370万票を獲得しているにもかかわらず、実際に獲得できた議席数は11しかありません。
我が国の選挙においても、ある政党や勢力が大勝した場合に指摘されるように、小選挙区制であるがゆえにこのような結果となったということはいえるかもしれません。
しかしながら、今回だけが特異な選挙制度だったわけではないわけで、制度の問題はさておき、いずれにせよ労働党は票と議席を大幅に減らしたのですから、「大敗」とか「惨敗」と形容されても致し方ないような気がします。
党の立て直しが急がれる労働党ですが、希望がないわけでもありません。非常に興味深いことに、選挙分析における「年齢層ごとの投票先」を見てみると、以下のようになっています(14付のTHE TIMES紙)。
18-24歳 ・・・保守党(19%)、労働党(57%)
25-34歳 ・・・保守党(23%)、労働党(55%)
35-44歳 ・・・保守党(30%)、労働党(45%)
45-54歳 ・・・保守党(43%)、労働党(35%)
55-64歳 ・・・保守党(49%)、労働党(27%)
65歳以上・・・保守党(62%)、労働党(18%)
保守党と労働党以外に投票した人の割合は、世代によるばらつきはほとんどみられないようなので、保守党か労働党かという選択においては、大まかにいって中高年層は保守党に投票し、若年層は労働党に投票したことになります。
このあたりをどう見たらよいのかというのは、難しいところですが、少なくとも労働党にとっては一筋の光であるように思います。
いずれにせよ、英国は「ブレグジット」という決断をした。これは「デモクラシー」に他なりません(しかも、2016年にひきつづいて示された2度目の「民意」なわけです)。われわれ外部の人間にできることは、「デモクラシー」に基づく「英国の選択」を尊重すること以外にはないのではないでしょうか。
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