今回は『表現者クライテリオン』2021年5月号の掲載されている特集インタビューを特別に一部公開いたします。
公開するのは『表現者クライテリオン』2021年5月号の特集「コロナ疲れの正体 暴走するポリコレ」に掲載のインタビュー記事です。
インタビューをしたのは與那覇潤先生、インタビュアーは本誌編集部の浜崎洋介です。
興味がありましたら、ぜひ本誌を手に取ってみてください。
以下内容です。
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浜崎洋介(以下浜崎)▼
(中略)まずは、今回、またしても、緊急事態宣言が延長されてしまったことについて、率直な感想からお聞かせいただけるでしょうか。
與那覇潤(以下與那覇)▼
二〇二一年二月・三月の「緊急事態宣言」延長で一番驚いたのは、世論調査の数字を信じる限り、民意が圧倒的に延長を支持したことです。
小池都知事をはじめとする政治家にとっては、宣言延長には感染拡大の責任を回避する「メリット」がある。「自粛しろって言ってるのに、しないあいつらのせいよ。私は悪くない」と。
しかし、そうやって責任を押しつけられる側が、「ぜひぜひ、宣言をもっと続けて!」となるのはなぜなのか。
コロナが長びくほど利益につながるのは、医療用品を作る業者とか、ウーバーイーツの「経営側」とか、本当に一握りの人たちでしょう。
圧倒的多数は自粛の強制でずっと嫌な思いをしているにもかかわらず、「やめたくない」と言ってしまう。どうしてだと考えたとき、ふっと浮かんだのは、これは「コロナ依存症」ではないかと。
浜崎▼それは、面白い指摘ですね。
與那覇▼やめた方が本人にプラスだし、当事者も内心では「もうやめたい」と思っていることが多いのに、やめられない。
これが依存症の特徴ですね。日本で「コロナの感染症としての被害」が軽微なことは、死亡者数の人口比から明らかですが、逆に「コロナ自粛への依存症による被害」は、むしろ世界最大級ではないかと思うんです。
(中略)
依存症というとつい、「だらしない人間がなるもの」といった偏見で捉えてしまいがちですが、実は違うわけです。むしろ「ある問題に対して採用した対策それ自体が、もともとの問題の原因になってしまう状態」が依存症だと、価値中立的に理解した方がよい。
たとえば「賭けに負けてお金がない、だからもっと賭けて取り返さないと」というのは典型的なギャンブル依存症ですが、「つぎ込んだ資金を回収できるまで、失敗ばかりのプロジェクトでも断固続ける」状況に陥っている会社は、世の中にいくらでもある。
世間では一流・やり手と呼ばれるビジネスマンが、全力でそういう状態に突っ込んでいく事例もめずらしくありません。
より多くの人に見聞きした覚えがあるのは、人間関係の依存ですね。悪辣な人間に搾取されているから不幸なのに、被害者の側が「この人にもっと忠誠を誓い、認めてもらわないと私は幸せになれない」と思い込まされた結果、永遠に支配されてしまう。
DV夫やパワハラ上司に限って意外なほど失権しないのは、そうした心理を悪用しているからです。
こうした目で見ると、「過剰自粛でもう十分不幸になっているのに、もっと自粛をと叫んでしまう」今の日本人の状態も、わかるようになります。
つまり、それはコロナ自粛に対する依存症なんですよ。
そして、なぜそこまで自粛に依存するかというと、一言でいえば相互に信頼関係がないから─いつ周囲が自分を「コロナが流行っているのに、不謹慎なやつだ!」と叩いてくるかわからない。そうした不安に陥っているからでしょう。
アルコール依存症の人は、「きっと周りは自分のことを、みっともない酒飲みだとバカにしている」という不安から、もっとお酒に依存してしまう。
逆に依存を解除するには「そんなことないよ」と、あなたをそんなふうに排除する人、ここにはいないよ、といった人間関係を手に入れることが大切なんです。
僕が体験した「うつ状態」も同様で、デイケアという「全員が体験者だから、絶対にバカにされない」環境を通じて初めて回復できた。
ところがうつ病治療でも、そうした人間関係への働きかけを全くせず、「薬で症状を抑えりゃいいんだ」とイージーな投薬に走る医師がいます。
同じ態度がコロナ禍でも蔓延していて、「私はマスクをしている」「外食を我慢している」、だから私は不謹慎だと叩かれない、安心だ、と。
人間どうしの相互不信を解除するのは難しすぎるから、手軽な形で自分だけは安心感を得たい、そうした人が自粛に依存して(させられて)しまう。
そうなると「これを守っていれば、あなたは叩かれませんよ」というガイドラインがほしいので、政府の緊急事態宣言を支持することになる。
しかしそうした態度は、感染した人を「きっと、自粛が不十分だったんだよ」として扱ってしまう発想と裏表だから、不安は再強化されるだけで実は止まらない。
これが、今の日本人の心を蝕んでいる自粛依存症、ひいては「コロナ依存症」じゃないかと思うんです。
浜崎▼なるほど、まさに「暴走するポリコレ」そのものの話ですね。
與那覇さんが、「現代ビジネス」の記事で最初にお書きになったコロナ自粛批判(昨年四月三日)でも、「無難型」と「露悪型」の言論という話がありましたが、ポリコレを含めた「無難型」の言説が、今、まさに「依存症」の域にまで達してしまっているのではないかと。
與那覇▼ポリコレ至上主義の正体は、「ガイドライン依存症」なんですよ。
浜崎▼しかし、それが、自分の本音を押し隠した偽善の言葉になってしまっているので、その偽善のヴェールを剝いでやろう、あえてでも「不都合な真実」を晒してやろうという「露悪型」の偽悪が幅を利かせることになるんだと。
與那覇▼その頂点がトランプです(笑)。
浜崎▼そして、この二つが暴走すると、その間でのバランスの話が消えてしまうんですね。
與那覇▼率直にいえば、ポリコレ自体が本来は中間派であり、その限りで意味があったんだと思うんです。
昔はむしろ差別と戦う側ほど、黒人ではなくアフリカン・アメリカンみたいな「言い換え」だけで、差別が本当になくなりますかと批判していた。
それに対して、いや、なくならないとは思うけど、当事者が不快に感じる物言いを減らすという「対症療法」にはなるでしょうというのが、ポリコレの意義だったんじゃないかな。
ところが、コロナ禍で象徴的に表れた「お互いに相手を(感染させないか/叩いてこないかと)疑う」相互不信の社会と結びつくと、これが大きく変わってしまう。
近年の欧米だと、大昔のSNSへの投稿一つが「差別的だ」と認定されるだけで職を失い、反省しても許されないといった例が普通にある。
結果として、露骨な差別の発現を抑えるための対症療法だったはずのポリコレを、「このガイドラインに従っていれば、絶対に叩かれない!」といった特効薬のように濫用して、依存症に陥る人が増えた。
浜崎▼そうですね、「ポリコレ」という言葉は、九〇年代の保守派からの批判によってメジャーになったと言われますが、
しかし、それが最近暴走していると感じるのは、おそらく、その空気が、ネオリベ的改革主義による共同性の解体と関係しているからなんでしょうね。
というのも、今、「叩かれたくない」という強迫観念の話がありましたが、その逆は「叩かれてもいい」じゃないですか。じゃあ、「叩かれてもいい」と思えるのはどういうときかというと…(続く)
(『表現者クライテリオン』2021年5月号より)
続きは『表現者クライテリオン』2021年5月号にて。
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