藤井▼ 本日は、国土交通省のご出身で元自由民主党参議院幹事長の脇雅史先生と、自由民主党参議院議員の西田昌司先生にお越しいただいています。西部門下のお一人でもある西田先生にはよく『クライテリオン』にはご登壇いただいておりますし、脇先生は国土交通省関係の行政のみならず、消費税問題等の経済問題や保守思想の実践問題などについて大所高所からご指導いただいてきました。どうぞよろしくお願いします。
インフラは公共的なものでありますから、その整備や維持管理は全て政府・行政の仕事です。したがって、それを進めるには政治の実践が全ての前提となってます。実際、財政の裏付けが必要ですし、インフラを作れば人口や産業の国土的分布も含めた国土の有り様そのものが変わってきますし、日本のマクロ経済の水準も全く変わってきますから、まさにインフラ政策は政治のど真ん中の取り組みとしてあるべきものです。ですので、学術的、思想的に論ずることが重要である一方で、実践的な側面からの議論も必ず必要になります。
ということで、今日は脇先生と西田先生にいろいろと実践家としての側面を中心にお話をお伺いしたいと思っています。まずは西田先生から、能登半島での震災や国土強靭化の議論も踏まえつつ現状のインフラ論についてお話を伺った上で、脇先生からはそれも踏まえた長期的、広域的な視点からのお話もいただければと思っています。
西田▼ 奇しくも今年の元旦に、能登半島で大震災が起きました。能登半島はインフラが一番脆弱な地域であり、しかも高齢者が非常に多い地域です。耐震化の基準が変わって、木造建築でも補強しないといけないということは分かっているけれど、高齢者しか住んでおらず次の世代がいないから、一緒に生活する人がいないわけです。だから、補強することもできないまま大震災に巻き込まれてしまいました。本当にお気の毒ですが、震災そのものは防ぐことはできません。しかし、被害をもっと小さくすることはできたはずです。
昔は全国総合開発計画のように、長期的なインフラ整備をしていました。けれども、平成になってからは一切長期計画をしなくなった。今、かろうじて補正予算がらみで国土強靭化をやっていますが、当初予算で大きな予算を組んで、十年計画で何回もやっていくなんてことはしていません。
その原因はまさに、財務省による緊縮財政です。インフラ整備は建設国債で行うので、財政法上は何の問題もないのですが、財務省は「建設国債も赤字国債も、市場に出たら区別はない。だから国債発行額を少なくしないといけない」という理屈で国土強靱化にストップをかけてきます。同時に、地方に配分する交付税を小さくする代わりに、独自財源を増やすということをやりました。そして自治体は合併して、大きな組織として効率的に運営しなさいとやってきたわけです。しかし、合併することによって職員は減らすし、議会の議員も減らし、予算もトータルで減らしているんです。そうすると当然のことながら、ああいう事態になった時に手助けをする自治体の職員が圧倒的に少なくなってしまいます。この震災による大きな被害の背後には、財源には限りがあるから国債発行で借金ばかりすると駄目になるという、まさに「ザイム真理教」に基づく政策があるのです。
これは藤井先生に聞いたのですが、土木事業者はこの三十年で三、四割減ったと言われていますよね。だから供給力不足になっているんです。同様に自治体の職員数も減らされていますから、震災を復興させるにもその担い手を揃えられないという問題があります。さらに大阪万博にも人材を取られますから、供給力不足がかなり起きてきます。この三十年間、財源をめぐる間違った議論を続けてきたために、人材や資源、エネルギーも含めた日本の供給力が徹底的に落ちてしまったのです。だから、この震災から本当に立ち直れるのかと非常に心配しています。
特にこれから、人材を外国人で賄わないといけないということになってくると、間違いなく移民問題になります。このまま放置しておくと、将来的には自分の国の労働力でモノが作れない、介護も医療もできないという、国力が根本的に破壊される事態になると思います。犠牲になった方々には申し訳ないのですが、今回の震災はそのことを暗示する、ある種の神の啓示であるような気がしています。
藤井▼ 当方もまさにそう感じます。今のお話は要するに、いわゆる「ザイム真理教」の緊縮思想がいろいろな問題を生み出しており、例えばインフラ不足の問題や地方の過疎の加速、地方の高齢化と木造家屋の未耐震化が進行すると同時に、行政職員の削減、さらには、建設や介護、運輸といったエッセンシャルワークの低賃金が加速し、人手不足を深刻化させ、それが重要産業の供給力不足を招いている。こうした帰結を導いた「ザイム真理教」の緊縮思想は平時においても大問題ですが、今回の災害によってその深刻さが改めて白日の下に晒されたというわけですね。
脇▼ まず、お正月から大変な災害に遭われた方にお見舞い申し上げます。言わんとされていることは概ね賛成ですが、「こうしていたら能登半島の災害は防げていたのではないか」ということは私には見つかりません。もう少し財務省がまともだったとしても、この災害は防げなかったかもしれない。羽田空港での航空機事故に関しては、こうしていたら防げたはずだという答えが出てくると思いますが、能登の災害は阪神・淡路大震災と同じく直下型の地震であり、人知の及ばないところも若干はあると思います。この点はしっかりと認識すべきです。「誰かが悪いからこうなった」という話ではないような気がします。
国家が国家として繁栄していくためには、インフラが必要なことは言うまでもありません。どんなインフラがいるかというと議論がありますが、将来のために、私的な部分では賄いきれない公的な施設を造っていくわけですから、本来は国民が反対するはずがないのです。ところが今の日本は、世界で唯一、国民の多くが「インフラは無駄だ」と思い込んでいます。これこそが一番の問題であって、国民が「俺のところに道路を造ってくれ」、「河川整備をしてくれ」と言わなかったら進むわけがないんですよ。
明治から大正、昭和(戦前)にかけては、土木・インフラは決して馬鹿にされてきたわけではなく、それなりの尊敬を受けていました。日本は江戸時代には立ち遅れていましたが、明治に入ってからあっという間に鉄道という大変なインフラを整備し、そして港湾もダムも造ってきた。しかし、道路が少し遅れていた。というのも、日本は舟運が発達しており馬車を使った経験がなく、道路整備の必要性がそこまでなかったからです。でも、それは島国である日本の特徴でもあります。当面必要なインフラは鉄道や港湾だったというだけの話で、決してインフラそのものを軽視してきたわけではなかった。
戦後も復興のために猛然とインフラ整備をやり、道路整備も河川整備も大変な勢いで進んでいきました。昭和五十年ぐらいまでは決してインフラ不要論はなかったんです。黒部ダム建設を描いた『黒部の太陽』とか、霞が関ビル建設を描いた『超高層のあけぼの』といった映画もできたくらいですから。
ところが昭和五十年代以降に世論が変わっていった。なぜかというと、自民党が仕掛けたからです。自民党の厚生労働族が昭和五十年代ぐらいから、これからは医療費や福祉関係にお金が要るからどこかを減らさなくちゃいけないということで、インフラ関係の予算に目を付けました。厚生労働関係の将来的な予算の伸びを計算した上で、インフラの予算を減らすことになったわけです。自民党の厚労族はインフラを軽視していたわけではないと思いますが、そこで大蔵省が前に出てきました。有名大学の経済学部とか大手新聞社にご説明に行って、インフラ不要論を猛然と展開させるわけです。
ちょうどその動きに乗って、環境問題も勃発してきました。「インフラをやっている奴らは自然環境をコンクリートで埋め固めていてけしからん」というような議論が生まれ、公共事業不要論が過熱していきます。そこで経済学者も出てきて、「我が国は自由主義経済の国なのに、五年、十年単位の計画論をやるというのはどういうことだ」という批判が巻き起こります。経済学の原点である需要と供給の間に国家が入ってくるなんてことはけしからんと思っているわけです。つまり、環境問題の面からも経済学の面からも受け入れられず、今まさにここまで停滞しているということであり、こうして「ザイム真理教」の基礎が築かれていったわけです。最近ようやく、藤井先生が言われている国土強靭化論で少しは巻き返してきたけれど、まだ世論の奥深くにはインフラ不要論が残っています。
これを打破するためには、国民・住民の声が不可欠です。「俺たちの地域をこうしてほしい。そのためにはインフラが要るんだ」と、国から言われるのではなく自分たちから主張しないと、いくら霞が関や永田町から叫んだって駄目です。でも、これは難しいですよ。将来の地域がどうなるのかなんて誰にも分かりませんからね。
西田▼ 脇先生のおっしゃることには僕も全く賛成です。ただ、別の視点でこの問題の原点を考えていくと、ディープステートの問題もあると思います。つまり国際金融資本です。アメリカや世界を牛耳っている連中ですが、その意向とものすごく関連があると思います。
というのは、昭和二十五年まではドッジ・ラインが引かれて融資できない仕組みだったんです。要するにマネーの量を拡大できなかった。その理由はインフレだからということになっていますが、生産能力が足りないからインフレになるんです。供給力を増やすために投資しないといけないのに、日本弱体化のためにインフレだから金を使ったらダメという話にしたわけです。昭和二十五年は朝鮮戦争の始まった年でもありますね。朝鮮戦争が始まってからアメリカの占領方針が百八十度転換して、ドッジ・ラインがなくなり、日本を押し込めるのではなく経済援助して、その代わりに自分たちの戦略的な基地にするという方向に変わるわけです。そして、その路線で昭和の時代はずっと発展していったわけです。
藤井▼ アメリカによる日本における強烈な財政金融引き締め政策、つまり、財政で言えば緊縮財政ですね。
西田▼ そうです。それがまさに吉田茂がやった路線であり、「保守本流」というのは「軽武装、アメリカ追随、経済優先」なんですよ。ですが、これに反対した保守本流ではない人たちがいて、これが福田赳夫とか岸信介です。日本は対米自立すべきじゃないかという方向もあったわけですね。
ところが、冷戦が終わった時にアメリカの対日姿勢が変わるんです。アメリカは今まで冷戦の最中だったから日本を保護してきましたが、冷戦後の大きな市場は日本じゃなくて中国になるわけです。そこからずっと日本は低落傾向にあるわけですが、問題はバブルが崩壊した時期にBIS規制を変えたことにあります。要するに、銀行が信用創造でお金を作ってきたことで日本経済が大きくなっていったのですが、バブルが終わった後、お金を貸し出せる額が半減させられてしまう。その結果貸し剥がしが起きて、税収が減ってしまうわけですね。
それまでの日本は、建設国債は出していましたが赤字国債は基本的には出さなくてよかったんです。ところが、その後どんどん赤字国債を出しているでしょう。それは日本の景気低迷、もっと言えば、銀行から金を借りられない仕組みと完全に裏表の関係になっています。その始まりがBIS規制であり、それを変えたのはアメリカです。この問題を論じていないから、どんどんおかしくなっているんです。
財務省が、「これからは福祉や社会保障費が伸びてくるから、それを賄うために消費税を増税して、インフラの予算を少なくすべき」いう考え方を持ったのも事実だと思いますが、それも含めてディープステートにやられているんです。このことを分からずに今日まで来てしまった気がしますね。
藤井▼ 脇先生、西田先生から二つの論点を提示していただきました。「ザイム真理教」、あるいは厚労省との関係で予算の組み替えをしようという意図があったことが一つ。そして、アメリカのグローバル金融資本の影響でBIS規制が入り、それまでの健全な信用創造活動がバブル崩壊あたりからできなくなってきたことがもう一つです。この二つはいわば緊縮の問題とグローバリズムの問題であって、これらが日本のインフラ不足、不十分な行政サービスをはじめあらゆる問題を引き起こしているということですね。
前者の「ザイム真理教」に関してですが、当方の研究室の博士課程の学生がやった研究をご紹介します。公共事業を批判する記事の数をネットのデータベースで検索すると、八〇年代、九〇年代にはインフラ批判記事はほとんどなかったのですが、九八年から一気に拡大し、批判記事数は十倍近くにまで激増するんです。そうした報道の転換を受けて世論がインフラ不要論に変質していったんですが、それと軌を一にする恰好で、公共事業関係費が年々削減されると同時に社会保障費がどんどん増額されていった。そして当時両者は同水準だったのに僅か十年の間に公共事業は三分の一程度にまで削減され、社会保障は二倍、三倍へと急拡大していった。脇先生は、財務省や厚労省には社会保障費の予算を確保するために公共事業を削ろうという意図があったとおっしゃいましたが、結果から見ると完全にそうなっているわけです。
こうした経緯を見ると、社会保障費を確保するために公共事業費を削り続ける、という財政転換を正当化するために、財務省がマスコミによる超絶なインフラ批判攻勢を仕掛けたのではないか、という仮説が自ずと出てきます。ついては当方の研究室では、網羅的文献調査と新聞記者を対象とした組織的なヒアリングをかける研究を行いました。その結果、その仮説がやはり、しっかりと立証されたんです。例えばある方が、公共事業バッシング報道が急拡大した九〇年代後半に財務省に電話をかけて「公共事業批判はあなたたちが裏で糸を引いているんじゃないか」と訪ねたところ、「そうです。もちろんやりました。」とあっさりと答えている。しかもその大蔵官僚は、財務省がマスコミにすぐ使えるような資料を渡し、マスコミ各社は一斉に大蔵省から回ってきた資料をそのまま記事にしていったという実態があったとの証言が残されている。
その結果、世論が完全にインフラをバッシングする空気になり、その空気に押される恰好でインフラを「悪役」に仕立てる政治家たち、政党たちがたくさん出てきて、実際に公共事業が政治によって削られていった。今回の能登半島地震は、半島に高速道路がしっかり整備されていなかったことで激しくその被害を拡大させたわけですが、そうした高速道路の未整備は、こうした「財務省の明確な意図に基づく世論工作」によって導かれたのです。普通の先進国なら、アメリカでもイギリスでもドイツでも、地図を見れば明らかですが、半島は高速道路を造らなかったら衰退して過疎になるに決まっているのだからしっかり半島の先まで高速道路を造るのが当然なんですが、日本だけはそういう道路整備を怠った。すなわち「財務省の意図的な世論工作」が結果的に能登半島地震の被害を激増させた重大な原因となっているわけで、そうした経緯が包括的な学術研究で明らかにされている。
脇▼ 財務省は、税を徴収する権限と予算を作成する権限があって、圧倒的な力を有しています。彼らはその圧倒的な力を善意で使おうとしていて、自分たちのために使おうとは思っていません。国に入ってきたお金をうまく使って国家を繁栄させようとして進めてきたんです。かつてはそれがうまくいっていました。なぜかというと、経済が右肩上がりだったからです。でも、経済が成長しなくなるとうまくいかなくなり、唯一残ったのが、矢野康治と斎藤次郎が恥ずかしげもなく書いているような考え方です(笑)。彼らは財政均衡を図ることだけが日本国家の目的で、無駄遣いしないで入ってきた分だけ使えば国が良くなると思っているわけです。そんなことをよく平気で言うなと思います。恥ずかしいと思わないのは、彼らは正しいことをしていると思っているからです。
西田▼ その通りです。財務省だけでなく、今の日本の官僚は法律に則って仕事をするんですよ。彼らの権限の大本は法律ですから。財務省の場合は、財政法で財政均衡を図りなさいと書いてあるからそれに従っているだけなんです。この法律の縛りは、占領中に全部作り変えられたものであり、アメリカの意向で作られたものなのに、それを民主的な正しいものだとしてずっと教え込まれているんです。要するに、占領中に法律を通じて考え方や価値観が確立されてしまったわけです。
脇▼ 僕は、法律の縛りによる影響はそれほどでもないように思いますね。法律というのは世の中の状況に応じて当然変えなくてはなりません。役人・行政は末端まで組織があり、いろいろな人たちの意見を聞きながら法律を変えていくのも仕事です。行政は今ある法律を守るだけが仕事ではないんです。弁護士なら、今ある法律にいかに適応してクライアントを弁護するかというのが仕事ですが、政治家にも行政にも法律を変える役割がある。法律は大事だからこそ変えなくちゃいけないということです。
(明日の配信に続く..)
◯座談会参加者紹介
脇 雅史(わき・まさし)
45年東京都生まれ。67年、東京大学工学部土木工学科卒業。同年、建設省に入省。道路局国道第二課課長、河川局河川計画課長、近畿地方建設局長などを経て、97年退官。98年、参議院議員比例区当選、以後、3期連続当選。参議院自由民主党幹事長、国会対策委員会委員長、政治倫理審査会会長などを歴任。16年、議員引退。現在、脇雅史政策研究会代表。
西田昌司(にしだ・しょうじ)
58年京都市生まれ。滋賀大学卒業。87年、税理士事務所を開設。90年、京都府議会議員当選。07年、参議院議員選挙に出馬し当選、現在、3期目。参議院自民党国会対策副委員長、参議院予算委員会理事、財政金融委員会筆頭理事、自民党副幹事長など要職を歴任。現在、自民党政務調査会会長代理、自民党財政政策検討本部本部長、参議院財政金融委員会理事、参議院憲法審査会幹事などを務める。著書に『総理への直言』『保守誕生 日本を陥没から救え』(西部邁、佐伯啓思との共著)『財務省からアベノミクスを救う』など。
藤井 聡(ふじい・さとし)
68年奈良県生まれ。京都大学卒業。同大学助教授、東京工業大学教授などを経て、京都大学大学院教授。京都大学レジリエンス実践ユニット長、2012年から2018年までの安倍内閣・内閣官房参与を務める。専門は公共政策論。文部科学大臣表彰など受賞多数。著書に『大衆社会の処方箋』『〈凡庸〉という悪魔』『プラグマティズムの作法』『維新・改革の正体』『強靭化の思想』『プライマリーバランス亡国論』など多数。共著に『デモクラシーの毒』『ブラック・デモクラシー』『国土学』など。「表現者塾」出身。「表現者クライテリオン」編集長。
〈編集部より〉
本記事は2月16日発売、最新号『表現者クライテリオン2024年3月号』の特集に掲載されています。
特集タイトルは、
です。
巻頭言と目次を公開しました。
インフラを実践的かつ思想的に論じた特集となっています。なぜ知識人はインフラを論じないのか、なぜ日本人はインフラに関心がないのか、ご関心を持たれましたら是非ご購入予約の方をお願いいたします。
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