沖縄県名護市辺野古沖で修学旅行の「平和学習」の一環として同志社国際高校(京都府京田辺市)の学生らが乗船した船2隻が転覆し、生徒18人と乗組員3人が海に投げ出され、女子学生1人と船長が亡くなる痛ましい事故(辺野古沖転覆事故)が発生してしまいました。
これまで沖縄が抱える諸問題について公の場で発言をしてきていることから「辺野古沖転覆事故について、どのように考えているのか」と問われることもあり、私自身も「きちんと考察し、論じなければならない」と思慮しています。
しかしながら、この度の事故をめぐって論じなければならない多数の論点について精査するためには今しばらく時間が必要であり、「辺野古沖転覆事故」は次回以降の記事で取り上げることとし、本稿では、沖縄戦から80年以上が経過した現在に至るも「完全に取り除くには今後100年以上かかる」とも言われている「沖縄の不発弾」の現状を概観することを通して、沖縄の反戦平和活動家たちが「命どぅ宝」の言葉の意味さえ理解しておらず、政治的に利用しているだけであるということについて論じてみます。

小禄の爆発事故現場(撮影1974年、沖縄県公文書館所蔵)
1974年(昭和49)3月2日、那覇市小禄の聖マタイ幼稚園近くの下水道管工事現場で、旧日本軍が埋めた改造地雷に重機が触れて爆発し、幼児を含む4人が死亡、34人が重軽傷を負い、家屋86棟、車両51台が全半壊する大惨事となりました。同園は1989年に豊見城市に移転しましたが、2015年には園庭に「不発弾爆発事故記念碑」を建立し、幼い子どもも犠牲になった悲劇を風化させないように毎年祈りを捧げています。また、爆発事故が起こった園の跡地(現在の小禄病院)にも2019年に慰霊碑が建立されています。
この「聖マタイ幼稚園不発弾爆発事故」から52年となる3月2日、沖縄県豊見城市の同園で園児や職員らが「平和を祈る日」として犠牲者を悼む集会が開かれました。
おそらく本土に住んでいる多くの人の想像以上に、沖縄県民にとって不発弾は身近なものなのです。
戦後80年以上が経過した現在でも、沖縄の地中には多くの不発弾が埋まっています。
現在、陸上で発見された不発弾の処理は陸上自衛隊第15旅団第101不発弾処理隊が担任しており、1日1件以上(多い時には1日6~7件)、年間で約600発の処理が行われる状況が続いています。
今年に入ってから現在に至るまでに地元紙で報道された主な不発弾処理だけでも、浦添市沢岻で見つかった米国製5インチ艦砲弾1発(1月27日)、糸満市豊原の原野火災の原因になったとみられる不発弾(2月4日)や豊見城市嘉数のサトウキビ畑で見つかった米国製黄リン弾(2月12日)、南城市大里大里で見つかった米国製5インチ艦砲弾1発(2月21日)、昨年12月に宮古島市の宮古空港の滑走路近くで見つかった計7発の不発弾のうち、空港外に移動できなかった英国製250キロ爆弾1発、米国製250キロ爆弾1発、米国製50キロ爆弾2発の計4発(3月6~7日)、航空自衛隊那覇基地内で見つかった米国製5インチ艦砲弾1発(3月10日)などが挙げられます。
昨年6月に放送されたNHKスペシャル「不発弾処理 足許に潜む“脅威”」で詳しく掘り下げていましたが、不発弾は特別な場所で見つかるという訳ではありません。むしろ私たちの暮らしのすぐそば、市街地や団地、住宅や学校の近く、公園や田畑などあらゆる場所で見つかっています。沖縄県による不発弾等処理対策事業で発見される割合はごく一部(全体の1割程度)でしかなく、沖縄で処理される不発弾のほとんどが道路整備工事や上下水道工事、住宅などの建設工事、農作業など県民の日常生活の中で発見されています。
その都度、陸上自衛隊の不発弾処理隊による回収・処理作業が行われていますが、前述したように、あまりにもその頻度が高いことから、発見された不発弾が「大型である」「爆発の危険性が高い」などの理由で住民避難や大規模な交通規制などが必要となる場合を除いては、そのほとんどが報道されることすらありません。
沖縄県民にとって、もはや不発弾処理は「日常生活の一部」と化しており、ニュースバリューが低いと看做されるほどになってしまっているのです。
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しかしながら、不発弾処理が「日常生活の一部」となってしまっているとはいえ、現在でも不発弾の爆発による悲惨な事故がたびたび発生していることもまた事実です。
前述した、幼い子ども達が犠牲になり、「沖縄不発弾等対策協議会」の設置と「不発弾等処理対策事業」が始まる契機となった1974年3月の「聖マタイ幼稚園不発弾爆発事故」がよく知られていますが、その後も伊良部町(現宮古島市)佐良浜で不発弾切断中に爆発して1人が死亡した事案(1975年9月)や那覇市長田で日本軍砲弾の不発弾を解体作業中に爆発して1人が死亡した事案(1987年1月)、糸満市内で水道管掘削工事中に不発弾が爆発し、重機を運転していた男性が重傷を負った事案、名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブ内の廃弾処理場で不発弾処理の準備中に米海兵隊員の1人が死亡し、2人が負傷した事案(2009年3月)など死傷者が出た事案も少なくありません。
県史などによると、戦後に発生した爆発事故(ほとんどが不発弾事故)で、1946~1971年に704人が死亡し、1,223人が負傷しており、日本復帰後においても計6人(米海兵隊員は含まず)が死亡、58人が負傷しています。
記憶に新しいところでは、昨年6月9日に米軍嘉手納弾薬庫地区の自衛隊が運用する不発弾保管庫で、信管の有無を確認する再識別作業に伴う衝撃で不発弾が爆発し、隊員4人が負傷して病院に搬送される事案が発生しました。
沖縄の日本復帰(1972年)以降、沖縄戦の不発弾処理を担う第101不発弾処理隊の任務中の事故は初めてであり、隊員の負傷者が出たのも初めてのことです。
沖縄県民の生命と財産を守るために危険な不発弾処理に携わる自衛隊員の方々に対して感謝こそすれ「差別」することなどもってのほかであるように思われるのですが、未だに「反自衛隊感情」を抱き、非常識な抗議活動をしているごく少数の沖縄県民がいることも否定できません。
これまで拙稿で論じてきたように、沖縄には自衛隊に対して「差別」的な行為を繰り返してきた歴史があります。
沖縄で自衛隊や「普天間飛行場の辺野古移設工事」に対する抗議・妨害活動を展開する反戦平和活動家たちは、「命どぅ宝」(命こそ宝である)という言葉をスローガンとして掲げていますが、そもそも不発弾処理や急患の搬送、災害派遣などの自衛隊の活動は「沖縄県民(のみならず日本国民)の生命と財産を守ること」を目的としているのであり、その自衛隊の活動に対して抗議・妨害するということは「沖縄県民(のみならず日本国民)の生命と財産を守ること」を否定しているということに他なりません。
自衛隊への抗議・妨害活動と「命どぅ宝」は明らかに矛盾しています。
以前の拙稿で、日本におけるプラトン研究の基礎を築いた哲学者である田中美知太郎の言葉を引用して次のように論じました。
田中美知太郎の「消防をなくすれば火事もなくなると考えるのは、単純な論理上の誤謬であって、普通の知性をそなえた人はこのような単純な誤りはしないはずである」という言葉になぞらえて考えれば、「軍隊をなくすれば戦争もなくなると考えるのは、単純な論理上の誤謬である」ということになり、このような単純な誤りをしている反戦平和活動家(=平和主義者)たちは、普通の知性をそなえていないということになります。
もちろん、自衛隊はいざとなった時には戦うことが前提で、その際には相手国の兵士の生命を奪うこともあるでしょう。しかし、それは自国民の生命財産を奪われるかどうかの抜き差しならない状況を想定しています。
無論、この度のトランプ大統領からの要請のように、米国の戦争に日本が加担するというようなことがあれば、改めてその意味するところを吟味し、場合によっては日本政府や米国政府を厳しく非難しなければならないということは、その通りであると思慮します。
しかし、彼らの自衛隊に対する抗議・妨害活動は、明らかに田中が言う「単純な論理誤謬」でしかなく、生命の重さを真剣に考えない浅薄な主張でしかありません。
また、今回の「辺野古沖転覆事故」や2024年6月の「安和桟橋ダンプカー死傷事故」を契機に「ヘリ基地反対協議会」をはじめとする反戦平和活動家たちによる抗議・妨害活動の醜悪な実態が暴かれつつありますが、「命どぅ宝」を掲げる彼らが大切にしているのは、もはや妄想と言ってもよい非現実的で極端なイデオロギーでしかなく、「命どぅ宝」という言葉を日米両政府や自衛隊を非難するための「便利な道具」として利用しているに過ぎないと断ぜざるを得ないのです。
沖縄で「命どぅ宝」を声高に叫んでいる反戦平和活動家たちこそが「沖縄県民、そして日本国民の生命を蔑ろにしている」と言って過言ではありません。
「命どぅ宝」は、旧い時代(琉球王国時代)から伝わる格言という訳ではなく、昭和戦前期の戯曲から生まれた比較的新しい言葉であり、「生命至上主義」と極めて親和性が高い言葉であることからも単純に肯定的に捉える訳にはいかないのですが、沖縄の先人達が大切にしてきた言葉であることは間違いありません。
沖縄で自衛隊に対する抗議・妨害活動をする反戦平和活動家(=平和主義者)たちに対して、「命どぅ宝」を単なる道具として彼らの活動のスローガンに掲げていることが、沖縄の先人達に対して礼を失する行為であるということを教えてあげる必要があるのではないでしょうか。
私たち沖縄県民は、「命どぅ宝」という沖縄の先人達の思いが込められた言葉を非常識な反戦平和活動家たちから取り戻さなければなりません。
不発弾処理や急患の搬送、災害派遣などに従事されている、また、いざという時はその「宝である命」を賭して沖縄県民や日本国民の生命と財産を守るために戦う覚悟を持っている自衛隊員の方々に対して、改めて感謝の意を表して筆をおきたいと思います。
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