『カッサンドラの日記』68 イラン戦争は30年前から仕組まれていたのか?──ネタニヤフの「クリーン・ブレイク・レポート」とアメリカの腐敗

橋本 由美

橋本 由美

『カッサンドラの日記』68

イラン戦争は30年前から仕組まれていたのか?

ネタニヤフの「クリーン・ブレイク・レポート」とアメリカの腐敗

橋本 由美

原油高騰による世界経済の大混乱を引き起こしながらも長期戦の様相を呈すイラン戦争。強靭なイランに対して勝ちきれないトランプは内心焦りを感じているはずだが、それでもなお戦争を止められないのはなぜか。

本稿では、30年前にネタニヤフとネオコンによって策定された「あるレポート」と、快楽と利害で深く癒着する特権階級の「恐るべき腐敗」を紐解いていく。そこには前稿で描写した「強かなユダヤ」と「強欲な欧米」の確かな縮図が見出されるだろう。

『致命的な裏切り』——何のために戦うのか?

 原油高騰による世界経済の大混乱で、世界中の人々の暮らしが犠牲になっている。これほどの迷惑をかけながら「ごめんなさい」でもなく、自らの正義を掲げて戦争に邁進する「宗教国家」の異様さは、日本人の思考範囲を超えている。現在進行中のイラン戦争は単独の戦争ではない。30年も前から仕組まれた一連の戦争なのだという告発をしたのが、デニス・フリッツの『Deadly Betrayal(致命的な裏切り)』(2024:未邦訳)である。 

 デニス・フリッツはアメリカ空軍の上級将校だった。2002年にイラク派遣を命じられたとき、彼は「なぜ我々がイラクに派遣されなければならないのか」と疑問を抱いたという。しかし、軍も周囲も誰もその理由を説明できる者はいなかった。フリッツは「兵士たちの命を危険にさらす理由を説明できないような作戦に、自分の部隊を送り込むことはできない」と、辞職して軍を去ったのだという。

 のちに、イラク戦争についてのブリーフィングに際して、国防総省の文書を機密解除して公開が可能かどうかを判断させる必要が生じ、国防総省政策次官のダグラス・ファイスは、機密解除の手続きに詳しく、階級の高い人物に調査を依頼した。その担当になったのが元上級将校のデニス・フリッツだった。依頼によって、フリッツは2005年頃に国防総省へ戻り、文書を読み始めた。彼は、作業を通してイラク戦争の真実を知ることになる。「なんてことだ。これは戦争ではない。これはPR戦争だ。これはイスラエルによる内部工作だ。我々はイスラエルのために戦っている。」(『致命的な裏切り』) フリッツは「ファイスが機密解除を依頼してきた文書を読んでいくうちに、すべてが見えてきた」と述べている。つまり、国防総省はアメリカ国民に偽りの戦争を、どのように正当化して「cooking料理」するかを考えていたのだという。

 シカゴ大学のジョン・ミアシャイマーとハーバード大学のスティーブン・ウォルツも、2006年3月に「イスラエルロビーと米国の対外政策」という文章を発表して、アメリカの対外政策は米国の国益ではなくイスラエルのロビーに左右されていると批判した。

クリーン・ブレイク・レポート

 「クリーン・ブレイク・レポート(A Clean Break)」は、リチャード・パール(ネオコンの民主党議員)とネタニヤフによって1996年に策定された。ちょうど30年前である。「ものすごく簡単に」言ってしまえば、イスラエルの領土権の主張に抵抗する近隣諸国の政権を転覆させ、イスラエルの領土拡張を正当化するための計画である。

 当時の国防総省副長官のポール・ウォルフォウィッツや政策次官のダグラス・ファイスはネオコンだった。彼らの研究グループのイスラエルの戦略に関する研究会で、アラブ世界全体との「包括的和平」を追求するのではなく、シオニズムを推進すること、即ち「大イスラエルGreater Israel」の実現(領土の拡張)が議論され、そのレポートがネタニヤフに提示された。——何と言ってもカナンの地は、古代にヤハウェによってイスラエルに約束された土地なのである。パレスティナ人へのジェノサイドも、イスラエルに対するテロを容認する「テロ支援国家」をアメリカと共に攻撃することも、ヤハウェによって正当化される。「この土地に対するわれわれの主張は正統であり、崇高なものである」と、ヨシュア記を引き合いに主張する。……唖然とするしかないが、イスラエル保守右派にしてみれば、ヤハウェの意思なのだから、大真面目な議論である。(勿論、イスラエル人すべてがそう考えているわけではないし、アメリカのユダヤ人全員の考えでもない。)

Greater Israel Map

約束の地 大イスラエル圏 画像出典:Greater Israel Map

 ネタニヤフは1996年に首相となって政権を握った。パレスティナ独立国家建設のための中東和平交渉の頂点とされるオスロ合意が1995年に妥結したことが、彼の登場の背景にある。ガザとヨルダン川西岸でのパレスティナ国家建設を約束したオスロ合意に、イスラエルの保守右派は猛反対した。合意を主導した当時のラビン首相は、1995年11月に極右に暗殺された。ラビンの死を受けて1996年に行われた選挙で、強硬右派のリクードを率いていたネタニヤフが首相となったのである。オスロ合意の示す和平を「きれいさっぱり放棄する(クリーンにブレイクする)」ことがネタニヤフの使命になった。

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ワシントンとテルアビブ

 2010年のヨーロッパの調査によると、中東や世界の平和への最大の敵はイスラエルだった。2011年のエジプトの調査では、80%の人がイランの核兵器保有で中東は安全になると答えた。一般のアメリカ人もイランが脅威だとは思っていなかった。イランが世界平和の脅威だと主張するのは、クリーンブレイク計画を進める「アメリカのエリートだけだった」(チョムスキー)。

 ブッシュ(Jr)政権下で、米国内の強力なイスラエルロビー団体であるアメリカのイスラエル公共問題委員会(AIPAC)とネオコンやCIAが、ネタニヤフを支援した。イラク戦争以来、私たちはさかんに「テロ支援国家」という言葉を耳にする。テロ組織だけでなく、それを「支援している国家」に戦争を仕掛け、政権を転覆させるための合言葉である。イスラエルを標的にするテロ組織を支援するような国は、国家ごと叩き潰さなければならないという意味である。30年前からクリーンブレイクレポートのリストに組み込まれているのはイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイランである。「テロ支援国家」は、国内にヒズボラやフーシ派を抱える反イスラエル国家のことであり、ネタニヤフとシオニスト右派にとって、イランは最大の敵で、「最終目標」である。

 ブッシュ、オバマ、バイデンという「エリート」が大嫌いなトランプは、彼らの業績を粉砕していくのを楽しんでいるように見えた。民主党エリートたちに近かった裕福なネオコン人脈を排除して、製造業を国内に取り戻し、労働者の生活を安定させるのではないか…と、期待された。けれども、トランプはイスラエル保守右派との結びつきが強い。2016年の第1期政権で、エルサレムを首都に認定し、アメリカ大使館を移したことを見てもわかる。「クリーンブレイク」は、民主・共和の党派を超えた基本路線だった。

 アメリカ政府は、親米のパーレヴィ王朝を倒した1979年のイスラム革命以降、イランと対立してきた。いや、多分それ以前から、民主的な選挙で選ばれたモサデク首相が気に入らなかった。「米国が民主主義を支持するには条件がある。その結果が米国の戦略的・経済的な目標に合っている場合だけ」(チョムスキー)なのである。1951年に首相になったモサデクは、イランの石油国有化を宣言した。出光興産の日章丸がペルシャ湾封鎖を潜り抜けて石油を買い付けたのはこのときである。石油の国有化は、アメリカの経済的利益に反していた。アメリカにとって「誤った民衆の投票の結果として選ばれた」モサデク首相は、CIAによって1953年に失脚し、アメリカの傀儡パーレヴィ王朝になる。イランの核開発はパーレヴィ時代にアメリカの支援で始まっている。しかし、イラン革命によって事態が変化した。

 経済的にも軍事的にも大国に対抗するのが難しい国が自立して国土を防衛するには、「核」を持つしかない。2017年頃にチョムスキーは「世界中でイラン以上に戦争に対する抑止力を必要とする国は思い浮かばない」と言っている。北朝鮮は、朝鮮戦争を通して大国が残酷で当てにならないことを学んだ。核開発に関する6カ国協議を台無しにしたブッシュ政権の脅しが、かえって核開発を加速させ、北朝鮮の核ミサイルを増加させた。イランもまた、唯一の自衛手段として「核」を選ぶ以外ないだろう。宿敵の軍事大国であるイスラエルが核を保有しているのは公然の秘密で、誰もが知っているのに見て見ぬふりをしている。その背後には巨大な軍事力を誇るアメリカがいる。イランに対するイスラエルとアメリカの「敵意」が、イランに「核」を決断させた。イスラエルにとっては、「大イスラエル圏」の障害になるイランの核保有は絶対に容認できないだろう。

トランプとクシュナーとネタニヤフ

 2015年にオバマ政権がイランとの国際核合意「包括的共同作業計画(JCPOA)」を締結し、政策転換を試みた。イラン核開発に対する強硬な対決姿勢から関与へと転じようとしたのだ。これに不満だったネタニヤフは、2016年に「御し易い」トランプが政権を握ると、積極的にアメリカ政権に関与するようになる。フィナンシャル・タイムズは、ネタニヤフはトランプの娘婿であるユダヤ人のクシュナーら親イスラエルロビー勢力を利用し、トランプとの「特別な親交を誇示することで米国の力を操ってきた老練な操縦者」となったと指摘する。最終的にトランプ大統領は、2018年にイラン核合意を一方的に破棄。それが今回のイラン戦争の端緒となった。

 クシュナー家は大富豪である。まだ首相になる前のネタニヤフは、渡米するときはクシュナー家に滞在したという。クシュナー家のジャレッド坊やが、ネタニヤフおじさんに、自分の子供部屋のベッドを貸してあげたというのはよく知られた話である。ジェイソン・モーガン氏は、エプスタイン文書に関するFBI調書の文章から、「クシュナーの家族は、過激なシオニスト的なハバッド(Chabad)ネットワークや腐敗的な行為に絡まって」いると述べている。ハバッドとは、カバラというユダヤ教の超正統派の神秘主義で、ユダヤ教全体を指すものではない。エプスタイン文書には「ジャレッド・クシュナーが過剰なほどトランプのビジネスやトランプ政権に対して影響力を与えている。トランプはイスラエルにコントロールされている」というニュアンスの文章が載っているのだそうだ。

 クシュナーは第1期政権でアブラハム合意の交渉に携わっていたし、彼の関連企業にサウジアラビアの政府系ファンドなどから資金調達を受けたり、中東の不動産投資に関与したりしている。イランが、そんな外交特使との合意を受け付けるだろうか。

エプスタイン事件の途方もない闇

 4月2日、トランプ大統領はパム・ボンディ司法長官を解任した。彼女は、「揺るぎないトランプへの忠誠心」を買われて司法長官に抜擢された人物である。しかし、元FBI長官ジェームズ・コミ―の訴追に失敗し、何よりもエプスタイン文書を巡る下院司法委員会の公聴会での対応を「ドジった」ことで解任されたのである。彼女は、1年前に「顧客リストは、デスクの上にある」と言ってしまったのに「存在しない」と否定し、黒塗りの理由も言えなかったし、恐喝者はいないと言うだけで、答えを逸らして株価の話を持ち出して嘲笑を買った。9日には、メラニア夫人が「異例」の声明を出して、聞かれてもいないのに、エプスタインとの関係は「何気ないやりとり」に過ぎないものだったと強調したが、これらのことがかえって疑念を深めてしまった。寧ろ、エプスタイン文書に触れられては困ると言っているようなものだと世間は受け止めている。

 エプスタインのニューヨーク・フロリダ・ヴァージン諸島の私有島・ニューメキシコの邸宅には監視カメラが張り巡らされていた。中央管制室ともいえる部屋には、いくつものモニター画面や電子機器が並び、富豪とはいえ、個人が「私的な覗き趣味」で作った監視システムとは思えない。モサドの諜報組織が関与していたという「噂」を否定できない大掛かりなシステムである。2月11日にネタニヤフはワシントンに飛んでトランプ大統領と会っている。このとき、ネタニヤフの要請を拒めない「致命的な何か」が提示されたのだろうと憶測が飛び交う。2月28日にアメリカはイラン攻撃を開始した。

 エプスタイン文書の完全な全面公開は絶望的だろう。あるとすれば、100年か200年か先のことになるのではないか。黒塗りから漏れて不運にもバレてしまった人物だけでも、世界中に名の知れた有力者ばかりで、党派や宗教や国籍を超えて、利害の一致だけで集められたような資産家たちである。彼らの共通項は、「金持ち」という以外には「強欲さ」だけだ。未成年者誘拐や人身売買、監禁、性的虐待というのは、勿論、不道徳な犯罪である。しかし、それらはエプスタインの「目的」ではなく「手段」である。その先の闇の中には、国家機密、不正融資、公的資金の不正流用や横領、国際的な悪意ある計画など、国家や世界を動かす重大な不正が潜んでいるのではないかという疑念が浮かぶ。しかし、権力の中枢に関わることが簡単に開示されるわけがない。

 それにしても、世界的な権力を手にした有力者たちが、ここまで無防備な振る舞いを晒したことが驚きである。日頃から、リスクを十分に理解し、その地位に見合った警戒心とリスク管理を怠らなかったはずなのに、メールや写真や映像に数々の危ない記録を残している。そこに見えるのは、特権階級の共犯意識である。国民の生活から隔絶された背徳的な空間で、法を超越した彼らだけの弛緩した自由を満喫することで共有される恐ろしいまでの「堕落」である。

イランはネタニヤフの存在理由

 ネタニヤフは、イラン戦争を遂行することによって、ガザ戦争を触発した安全保障の失敗や収賄などの汚職疑惑、ガザ攻撃の戦犯容疑がかけられている国際刑事裁判所(ICC)の令状発行など、国内外での責任追及から逃れようとしている。ネタニヤフ自身は、それほど宗教的な人間ではなく、金銭欲の強い俗物なのだろう。犯罪者としての汚名を覆すには、イランの体制を崩壊させるという完全勝利しかなく、それができない限り戦争を長引かせようとするだろう。戦争を続けるには、アメリカが必要である。

 イラン戦争が始まってから、原油と株の先物市場に異常な動きが見られるという。ときどき理由がわからない大幅な価格の乱高下が起きるのだ。数名の匿名の投資家によって多額の売り買いが行われ、その数分から数時間後にアメリカ軍の動きやホワイトハウスからの戦争関連の発表があり、投資家は巨額の利益を得ているのである。政権内部に近いところでインサイダー取引が行われていると見られている。取引が行われている運営会社のいくつかにはトランプ・ジュニアが出資しているが、暗号通貨のブロックチェーンで決済されるので匿名性が高く、参入した人物の特定は難しい。

 多くの犠牲者を出し、世界中の人々の生活を直撃する悲惨な戦争を利用して「一儲け」しようとする「金持ち」がいるのである。しかも、彼らは政権に近いところにいる。エプスタイン事件と共通しているのは、法も道徳も、ルールと言われるものは全て無視して、ひたすら自己の利益のみを追求する腐敗した「特権階級」の存在である。アメリカはノブレス・オブリージュなど最初から存在しない国だったのだ。

 アメリカの腐敗は、ネタニヤフにとって願ってもないことだろう。彼らの弱みを握り、戦争で「儲けさせて」やれば、アメリカは戦争を続けてくれる。弱みを握られたアメリカに、イランが合意できるような条件を提示できるわけはない。合意できそうになれば、ぶち壊されるだろう。騒々しいトランプや邪悪なネタニヤフに比べると、アラグチ外相が神々しく見えて来る。

 トランプ大統領は内心焦り始めているに違いない。中間選挙を控えているのに支持率は下がり、戦争の出口が見えず、ガソリン代は高騰し、兵器や弾薬の在庫も危なくなっている。韓国やドイツや沖縄から、アメリカの軍事資源が中東に移動している。ホルムズ海峡封鎖で同盟国を締め上げても、同調してもらえない。あとは、中国頼みだ。ディールで、中国に譲歩することで「見せかけの花を持たせてもらう」しかない。中国のカードは「台湾」である。原油高で最も打撃を受けているアジア諸国は、米中会談を注視している。

 ユダヤ人には、vehicleが必要だった。民族が生き延びるために、宿主という「乗り物」に乗る。ウイルスが増殖するために宿主を必要とするのと同じである。いろいろなvehicleを乗り換えながら、アラブ地域や地中海やアフリカやロシアやユーラシア内部やヨーロッパを移動してきた。そして、中世末期にオランダに乗り換えてから、ものごとが実にうまく運ぶようになった。職能集団が優遇される一部のプロテスタント国家との相性が、最適だったのだ。

 プロテスタント国家は寄生者のユダヤ人にとって最高のvehicleである。オランダ、イギリス、アメリカと覇権国が変わる度に乗り換えてきたとも言えるし、乗り換えることによって欲の深い宿主を「覇権国」に育てたとも言える。アメリカを最強の覇権国に育て上げたおかげで、イスラエル建国を実現し、あと一歩でシオニスト右派にとっての「大イスラエル」の夢を叶えられそうなところまできた。ネタニヤフには「他者」は目に入らない。最大の抵抗勢力のイランだけが、ネタニヤフの存在理由になっている。

「嘘の戦争で殺される米兵と無実の人たち/デニス=フリッツ元米空軍上級軍曹インタビュー」(スギナミジャーナル)

『Deadly Betrayal: The Truth About Why the United States Invaded Iraq』Dennis Fritz著

『A Clean Break: A New Strategy for Securing the Realm』(Wikipedia)

「ジェフリー・サックス:米国の対イラン戦争の危険性と中東外交の失敗を警告」山田和朗(note)

「ジェフリー・サックス:米国とイスラエルの中東戦争は数十年計画の覇権戦略であり、世界秩序を揺るがす自己破壊的政策」山田和朗(note)

『誰が世界を支配しているのか?』ノーム・チョムスキー著 /双葉社 2018

『エプスタイン文書・解読』ジェイソン・モーガン著 /ビジネス社 2026

『パレスチナ問題の展開』高橋和夫著 /放送大学叢書 左右社 2021

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