『カッサンドラの日記』67 なぜアメリカとイスラエルは戦争を起こすのか──ユダヤ民族と「ヘゲモニー」

橋本 由美

橋本 由美

『カッサンドラの日記』67

なぜアメリカとイスラエルは戦争を起こすのか

ユダヤ民族と「ヘゲモニー」

橋本 由美

泥沼化する中東の戦火。あまりにも多くの要素が絡み合うこの問題を理解するには、表面的な国際報道を追うだけでは不十分だ。

本稿では、ギリシャ語に端を発する「ヘゲモニー(覇権)」という概念と、国家を持たず放浪を余儀なくされた「ユダヤ民族」の歴史的紐帯に着目し、大航海時代のオランダ覇権から連なる「西洋の欲望」と「資本主義」の源流を紐解く。現在のアメリカとイスラエルがなぜ戦争へと駆り立てられるのか、その深層構造を訊ねる。

武力の覇道・欲望のヘゲモニー

 イラン戦争が始まって、関係諸国の歴史を辿っているうちに、あまりにも多くの要素が絡み合った問題だと知って、とても日本人には理解できないのではないかと思い始めた。ざっと見渡しただけでも、ユダヤの律法、イスラム法、キリスト教的価値観、近代西洋のオリエンタリズム、そして知性が皆無のアメリカ、そこに経済問題と近代戦の地政学的力学が加わる。それをじっと静観する別世界の中華文明。八百万の神々に囲まれた日本人には、どうしてこんな争いになるのかわからず、「石油が足りない」「物価が上がる」とオロオロするばかりである。

 ここ数百年間の覇権は西洋世界にある。どの地域も西洋世界との関係抜きでは語れない。何百年も西洋世界の覇権の下で暮らしている私たちには、覇権国が存在するのが当たり前になっているが、さて、「覇権」とは何だろう。

 中国の古典には「王道」と「覇道」がある。王道は徳治によるもので、覇道は武治による。中国の古代伝説王朝は王道によって治められていたとされるが、時代が下るに従って力による覇道の国が争うようになった。「覇」は「徳」に劣るものである。

 ヘゲモニーhegemonyの語源は、ギリシャ語のヘゲモンήγεμωνである。Oxford Lexiconによれば「導く者、リーダー、最初に行う者、チーフ」などの意味で、ヘロドトスでは既に使われている。派生語のヘゲモニアは、王朝や政治的優越、主導権といった意味で、武力というより指導的権力の要素が強い。

 英語のhegemonyの初出は1567年である。大航海時代が始まって世界観が広がり、知りうる限りの広範な地域において、「欲望」の頂点に立つための力の争いの中で生まれた語彙である。時代は、スペインのフィリペ2世、イギリスのエリザベス1世、フランスのアンリ2世などの治世で、スペイン・ハプスブルク家が支配する低地諸州(オランダ)にはオラニエ公ウィレムがいた。

低地地方──オランダの底力

 ライン川などの大陸大河の河口地域にある低地諸州では、北海貿易と交通の利便性から商業が栄え、人の流動に伴って多種多様な職業人や職人が集まった。フランスから逃げて来たユグノー、北からのルター派、スイスのカルヴァン派などの新教徒もやって来た。地域最大の商業都市を含むこの地方は羊毛産業も盛んで、ハプスブルク家やブルゴーニュ家の資金源だった。スペインはオスマン・トルコとの海戦の戦費を賄うために、この裕福な地域に徴税を課し、議会の不満を招いた。更に、スペインがカトリックの異端審問の圧力を強化したことで、議会は抵抗を強めた。

 この地が宗教的に比較的自由な社会だったことは、レンブラントの絵画にも表れている。『織物組合の見本検査人たち』(1662)には6人の組合幹部が描かれているが、彼らの所属宗派は判明していて、4つの異なる宗派の者が協力し合っていることがわかる。税負担の増加に加えて、宗教的自由な地域への異端審問の締め付けはスペインに対する反発を招き、独立戦争へと発展した。この地域には、長い独立戦争を耐えるだけの経済力があった。

織物組合の見本検査人たち

『織物組合の見本検査人たち』(1662) レンブラント 画像出典

 スペインやポルトガルでの異端審問の取り締まりの強化によってアムステルダムに逃れて来たのが、セファルディムのユダヤ人たちである。彼らは、スペイン・ポルトガルの宗教的圧力下でカトリックに改宗した(マラーノ)商人たちで、国際商業上の知識・情報や通商網をもっていた。商人の多い自由な気風の土地柄では、宗教的自由が認められ、ホラント州ではユダヤ人の扱いも各都市に委ねられた。ここでは、ユダヤ教徒も改宗者マラーノでいる必要はなくなった。スピノザもポルトガル系ユダヤ人である。30年戦争の余波でドイツ・ポーランド系のアシュケナジムが迫害から逃れてやって来ると、この地のセファルディムは同胞たちを支援した。次第にアシュケナジムの人口がセファルディムを凌ぐようになる。

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イベリア半島のセファルディム

 15世紀には約200万人のユダヤ人が世界各地に散らばっていたという。スペインには最大のユダヤ人共同体があり、およそ30万人のユダヤ人が、他の地域よりはましな「なんとか我慢できる程度の差別」という境遇の下で暮らしていた。これは、カスティーリャ王国とポルトガル王国が、イベリア半島のレコンキスタの過程で宮廷ユダヤ人の資金力を必要としたからである。イスラム圏でもヨーロッパ圏でも、どの時代においても、ユダヤの資金力は各地の有力者にとって必要なものだった。しかし、ユダヤ人は「国民という考え方を拒否する。彼らにとっての国はイスラエル以外にありえないから」である(ジャック・アタリ)。

 ヴェルナー・ゾンバルトは、資本主義の発展を促したのは、プロテスタンティズムではなく「ユダヤ教の倫理」だという。彼によれば、「彼らはディアスポラ以後すべての世紀を通じて、分散にも拘わらず(“律法”が彼らを縛る強力な紐帯によって)いや、そればかりか分散のおかげで隔離されたまま生活してきた。隔離されたがために結束したともいえるが、むしろ、結束したがために、分散したと言ったほうがいい」ということになる。それは、バビロン捕囚解放のとき、多くの裕福なユダヤ人が「自発的に」バビロンに留まり、しかもユダヤ教を捨てることなく律法を守り続け、カナンに戻った同胞たちを支援したことをいう。この紐帯と結束は、彼らの「倫理」である。しかし、このことがヨーロッパでは異質で頑ななものと捉えられ、寄留地での隔離や迫害を生んだ。彼らは同胞を見捨てず、豊かな者は、遠くの土地からでも手を差し伸べる。現在、富裕な在米ユダヤ人がイスラエルを支援し続ける理由もここにある。

 彼らの分散は、もともと遊牧民であったために「移動」に対してそれ程の拒絶意識がなかったこともあるだろう。けれども、遊牧民は他にもいる。例えばモンゴル人はユーラシアに大帝国を作った。移動する人々にはヴァイキングもいた。彼らは武力で広がったが、ベースになる地域を持っていた。ユダヤ人の不幸は、帰還すべきエルサレムに自力で戻れなかったことだ。土地を取り返すには武力しかなく、結局、離散(ディアスポラ)であり続ける。

 国家を持たない民族は他にもいる。オスマン帝国の解体で居住地を分割されたクルド人もそのひとつだ。住むべき土地はあっても国家を作れない。帰るべき土地を持たない移動する民族には、ロマやジプシーや多くの難民がいるが、ユダヤ人が彼らと違うのは「律法」という経典があったことだろう。ジャック・アタリは、ユダヤ人側の見解として、当時ヨーロッパ人は「社会の周縁に生きる人たちにしかできない仕事を遂行するために、彼ら(ユダヤ人)を必要としていた。つまり翻訳家、銀行家、会計係、教師、医師である」と言っている。ユダヤ人は、律法を守るために文字を学び、他言語を理解し、移動によって見分を広めることで知識が豊富だった。隔離され迫害されながらも、ユダヤ人は寄留地にとって必要な存在だった。

オランダの幸運

 新大陸ポトシ銀山で産出される大量の銀は、スペインを素通りした。当時のスペインの国家予算の7割は宗教戦争の戦費や戦債の利払いに消えた。スペインを通過してヨーロッパに流れた銀は各国の戦費となり、宗教戦争を激化・長期化させることになった。各国の財政や戦費の捻出のための貨幣の鋳造、戦闘に必要な軍馬・兵器・傭兵・兵糧・火薬などの調達には、ユダヤ人の能力とネットワークが頼りになった。国王たちは、宮廷ユダヤ人を庇護し特権を与えることで、自分たちの借金を棒引きにさせることができた。ヨーロッパの支配層とユダヤ人の共存は、脅迫や嫌悪や威圧や侮蔑が入り混じった奇妙な共犯関係だったのかもしれない。

 オランダにユダヤ人が集まったのは、そこに自由と商機があったためであるが、ユダヤ人口が増えたことは、オランダにとっても有益だった。この時代に、宗教戦争があったこと、外洋への進出で遠隔貿易が盛んになったこと、ポトシ銀山の存在、異端審問という迫害、セファルディムの移動、それらが有機的に絡み合って、オランダの覇権の準備をした。連邦制のオランダには集権的なシステムがなく、ユダヤ人個人の能力や国際性を生かすことができた。100年前に異端審問があったなら、セファルディムのオランダへの移動はあっただろうか。イタリアやスペインのユダヤ人が互いに支援をしなかったら…、コロンブスの航海を支援しなかったら…、ポトシ銀山の発見が100年後だったなら…、世界の様相はどうなっていただろうか。時代を味方につけたオランダは、幸運だった。

 1609年に「アムステルダム振替銀行」が設立された。悪貨が流通するなかで貨幣の品質の管理のために、銀行の預金残高からの振替による取引に切り替え、民間の振替業務は禁止された。貿易取引で必要な場合は、銀行の発行する良質の銀行貨幣を供給した。ユダヤ人の得意分野である日常的な金の貸し借りのなかに、資本主義の基本概念が含まれている。なぜなら、「金の貸付から、資本主義が生まれたからだ」(ゾンバルト)。 銀行の創設、立替業務、証券取引所の投機などは、経験と資金力のあるユダヤ人にとって容易なことだった。頼れる国家がないユダヤ人にとって、金融資産は生存のための武器だった。しかし、常に財産没収の危険に晒されていたユダヤ人が、財産を隠すために必要だったのが「無記名証券」で、のちの「銀行券(紙幣)」の誕生に結びつく。

 オランダのニシン漁を支えた造船業には、技術と工業生産の力が寄与した。造船業はバルト海貿易を支え、盛んな流通がこの地の都市を金融の中心地にした。金融の中心には情報が集まる。海上保険の金利も下がり、金融・保険業の収益が上がる。ヘゲモニーを確立した国は、自由貿易を主張する。それが、他の諸国を圧倒できる「安上り」な方法である。自由貿易によるヘゲモニー国家のイデオロギーは、常にリベラリズムになる。自由な気風は、芸術家や亡命者や知識人や金融業者を呼び寄せる。

 アムステルダムやハーグやアントワープのようなリベラルな都市は、国際主義で能力主義で金融に長けたユダヤ人にとって居心地のいい場所になる。クロムウェル以降のイギリスや第二次大戦後のアメリカに多くのユダヤ人が移動したのも、同じ条件だった。近代において迫害の激しかった東欧やロシアは、リベラルな土地ではなかった。シオニズム運動でパレスティナの地に戻ったユダヤ人の多くは、ロシアやポーランドやドイツで過酷な差別と迫害を受けたアシュケナジムが多い。イスラエルの歴代首相の多くは、ポグロムやホロコーストの記憶をもつアシュケナジムだった。

自己投影に怯える西洋

 欧米諸国が介入する前のシオニズムの初期には、ユダヤ人はパレスティナの住民から合法的に土地を買い取ることで移住していた。パレスティナ人にとっては日常の売買の感覚であっても、ユダヤ人にとっては違った意味があった。「国家」の意味も定義も、ディアスポラが始まった古代と現代では異なる。ヨーロッパ生活が長かったユダヤ人は、土地の契約も、国民国家も、文化も好みも欧化していただろうし、アラブ地域の意識に比べて何ごとも近代化していただろう。居住地であったヨーロッパ地域にある「西洋の先進意識」のフィルターを通して「遅れた野蛮な東洋」を見る「オリエンタリズム」にも感染していたかもしれない。第二次大戦後のアメリカの関与は、トルーマン大統領の選挙対策というアメリカの国内事情の押し付けもあった。アラブ世界にしてみれば、「イスラエル」はただのユダヤ民族ではなく、西洋から来たシオニストであって、自分たちの文明圏に突然シオニストという優越意識を持った「西洋」が強引に割り込んできたような感覚ではないだろうか。

 西洋の欲望とユダヤの金融の組み合わせがヘゲモニーを推進した。Hegemonyという言葉が16世紀のヨーロッパで使われるようになったことは象徴的だ。ウォーラーステインのいう「世界システム」は、他の地域の生産を独占することによって世界の一箇所に利益を集める搾取のシステムに思える。この欲望の世界システムの支配をヘゲモニーというなら、地球上で他にどんな文明が「世界支配」という傲慢で異常な欲望を持つだろうか。

 ヘゲモニーは、西洋支配の「特色」なのかもしれない。それは単に地政学的な生存競争というよりも、プロテスタンティズム国家の富の「独占欲」が生み出したものではないだろうか。オランダもイギリスもアメリカもプロテスタントの国だ。アメリカの衰退のあと、そのような欲望をもつ文明は現れないかもしれない。ロシアや中国がヘゲモニーを狙っているという疑念は、西洋による「自己投影」であって、アメリカ人の歴史への無知が生み出した妄想なのかのかもしれない。ロシアや中国は、自国の生存圏を確かなものにするために、周辺国に強引な手段を用いるが、それはヘゲモニーなのだろうか……。日本と中国は互いの生存圏の対立だが、アメリカはモンロー主義で引きこもるという手段がある。

 中東で孤立するイスラエルは核保有で優位に立つ。だからこそ、周辺国が核保有することを絶対に認めない。アメリカの停戦条件がイランの「核」に拘るのは、在米ユダヤロビーの圧力とイスラエルを支援する原理主義の福音派が、自国の「選挙」を左右するためだ。トランプ大統領は泥沼から抜け出せなくなった。

 迫害を続けた西洋文明という宿主を蜘蛛の糸で絡め捕るように離さず、食い尽くし、結果的に祖先の復讐を遂げそうなイスラエルと、地域介入を繰り返して国土に混乱と貧困を呼び込む敵のペトロダラーという切り札をペトロ人民元で無効化させ、ホルムズ海峡という世界経済のバルブを握るイラン。中東の2つの国の死闘が、西洋を終焉に導くとしたら、歴史の皮肉としか言いようがない。

 西洋と共に「ヘゲモニー」も消えるのだろうか。次のヘゲモニーがあるとしたら、それは、国家ではなく、国家を凌ぐ資産とテクノロジー能力をもつAI企業が作り出す新たなシステムかもしれない。デジタル上では金融や基軸通貨の概念も変化して、デジタルを利用するすべてが記録され、まったく異なる世界が現れるかもしれない。AI企業のCEOの多くもユダヤ系の天才たちである。「ヘゲモニー」というスケールの大きさは、地域信仰と土着の文化に幸福感を見出す(日本のような)国々の発想ではない。そんな世界で生きたいと思わないが、100年後がどんな世界なのかは見てみたい。

『ユダヤ人と経済生活』ヴェルナー・ゾンバルト著 金森誠也訳 /講談社学術文庫 2015

『世界システムとしての資本主義』ウォーラーステイン著 川北稔訳 /岩波文庫 2022

『物語 オランダの歴史』桜田美津夫著 /中公新書 2017

『ユダヤ人の歴史』鶴見太郎著 /中公新書 2025

『シオニズム』鶴見太郎著 /岩波新書 2025

『パレスティナ問題の展開』高橋和夫著 /放送大学叢書 左右社 2021

『1492 西欧文明の世界支配』ジャック・アタリ著 斎藤広信訳 /ちくま学芸文庫 2009

『ユダヤ商人と貨幣・金融の世界史』宮崎正勝著 /原書房 2019

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