藤原 昌樹
みなさんは現代版組踊「肝高の阿麻和利」という舞台をご存じでしょうか。
この記事の読者のほとんどがウチナーンチュ(沖縄人)ではないので、ご存じの方は少ないと思いますが、現代版組踊「肝高の阿麻和利」(以下、「肝高の阿麻和利」)とは、沖縄県うるま市の中高生による舞台であり、沖縄に古くから伝わる伝統芸能「組踊」をベースに、現代音楽とダンスを取り入れて、勝連城10代目城主「阿麻和利」の半生を描く「沖縄版ミュージカル」です。

「現代版組踊 肝高の阿麻和利」のポスター画像
1999年に当時の勝連町教育委員会が「子ども達の感動体験と居場所づくり」「ふるさと再発見・子どもと大人が参画する地域おこし」を目的に企画したものです。当初、公演は1回限りの予定でしたが、出演した子ども達の熱意によって再演が決定し、その後、世代交代を繰り返しながら進化を続け、現在では公演のチケットが入手困難になるほどの人気を博す舞台となっています。2000年の初演以来、その活動の場は、うるま市にとどまらず、沖縄県内外及び海外での公演を重ね、総公演回数379回、総入場者数2,116,298人を記録(2026年4月現在)し、中高生による舞台としては驚異的なロングランを続けています。
極めて個人的な話になってしまいますが、私の娘は小学校卒業の直前に「肝高の阿麻和利」の公演を観て「あの舞台に自分も立ちたい」「いつかヒロインの百度踏揚(ももとふみあがり)を演じてみたい」との決意を固め、「肝高の阿麻和利」に参加するためにうるま市内の学校に進学しました。中学と高校の6年間にわたって「肝高の阿麻和利」中心の日々を過ごし、最終的に彼女の目標であった百度踏揚を演じて初志貫徹を果たしました。
そのようなこともあり、私には非常に身近な舞台なのですが、現在、沖縄では「肝高の阿麻和利」の他にも、琉球王国の初期に三山統一を成し遂げた尚巴志の人生を題材とする「鬼鷲〜琉球王尚巴志伝〜」や八重山の歴史「オヤケアカハチの乱」を題材とする「オヤケアカハチ~太陽の乱~」などをはじめ、琉球史の英雄を主人公とする「現代版組踊」の舞台がいくつも公演活動を続けており、県内では非常に盛んになっています。
「現代版」というからにはオリジナルがあるわけですが、元々の「組踊」は琉球王国時代から続く伝統芸能です。「組踊」と冠することについて歓迎しない声があることも否定できませんが、素直に考えれば、「現代版組踊」に携わる人々は伝統的な組踊を古臭いと思ったり、否定的に捉えたりしている訳ではなく、リスペクトしているからこそ、子ども達の舞台に「組踊」と冠しているということなのだと思います。
また、私の娘の経験が良い例ですが、子ども達が「現代版組踊」を観劇したり、演者として参加したりすることが琉球・沖縄史を学ぶ入り口となり、組踊など琉球・沖縄の伝統芸能に興味を持つきっかけになる例は少なくないに違いありません。
さらに言えば、「現代版組踊」をきっかけに琉球・沖縄の伝統芸能に興味を持った子ども達の中から、組踊など伝統芸能の担い手を目指す子ども達が出てくることも期待することができるように思えます。
「現代版組踊」と(伝統的な)組踊が相互に相乗効果を発揮し、ともに発展することを願いますし、子ども達世代が組踊を身近に感じることが出来るのだとすれば、それ自体非常に価値があることではないでしょうか。
組踊を実際に観劇してみると、能や歌舞伎に非常に近く、琉球と日本の歴史的関係を身体的に体感でき、伝統芸能のある種の凄みを実感できます。
組踊は琉球王国の国家プロジェクトとして創作された芸能であり、外交により王国としての命脈を保つため、重要な役割を担っていました。
能や歌舞伎とは違い計画的に創られたものなので、その始まりは明確にわかっています。1718年に「踊奉行(宮中で御冠船踊を取り仕切る役職)」に任命された玉城朝薫(たまぐすく・ちょうくん)によって、国王の代替わりの際に迎える中国の使節(冊封使)を歓待するための芸能として創始され、1719年の尚敬王の冊封儀礼の際に『二童敵討(にどうてきうち)』『執心鐘入(しゅうしんかねいり)』が初めて演じられました。
昨年の「表現者クライテリオン」沖縄シンポジウム翌日のエクスカーションの際に、ガイドを務めてくれた琉球・沖縄歴史研究家の賀数仁然氏が解説してくれていましたが、DA PUMPのISSA氏の本名は邊土名一茶(へんとな・いっさ)といい、組踊の創始者である玉城朝薫の末裔であることが知られています。
そもそも組踊が能や歌舞伎に似ているのには理由があります。新たな演劇を作ることを任された朝薫は、自身で能の仕舞を舞うなど日本の芸能に深い造詣があり、琉球古来の芸能や故事を基礎に、大和芸能(歌舞伎や能、狂言など)や中国の演劇からヒントを得て、琉球の音楽や装束、古語を用いて、品格ある音楽劇として組踊を創り上げたのです。
朝薫が創作した『二童敵討』『執心鐘入』『銘苅子(めかるしー)』『女物狂(おんなものぐるい)』『孝行之巻(こうこうのまき)』は〈朝薫の五番〉と呼ばれ、現在でも人気演目の筆頭に数えられる完成度の高い作品として知られます。物語の内容にも日本の演劇の影響が強く見て取れます。
1879年の琉球処分によって琉球王国が解体され、これまで御冠船踊(冊封使を歓迎する芸能)を支えてきた士族達は職を失い、組踊は継承の危機に陥りました。組踊の上演の場が琉球王府から那覇の町の芝居小屋へと移り、当時新しく誕生した沖縄(ウチナー)芝居とともに伝承されることになり、この時期に沖縄の離島を含む各地方にも組踊が伝わりました。
大正から昭和初期にかけては、玉城盛重(たまぐすく・せいじゅう)らが古典組踊などを伝承していましたが、昭和期に入ると新たな琉球史劇や映画などが台頭し、組踊の公演がほとんど途絶えてしまう時期が続きました。さらに沖縄戦で多くの生命とともに文化財や資料の多くが失われてしまいますが、戦後の米軍統治下においても、熱意ある人々によって沖縄の伝統芸能である組踊を復興する活動が続けられました。
このように度重なる伝承の危機を乗り越えてきた組踊は、1972年の沖縄の日本復帰と同時に、我が国の優れた芸能の一つであるとして、能、歌舞伎、文楽などと同じく国の重要無形文化財に指定されました。2004年には国立劇場おきなわが開場し、定期的に組踊が上演され、伝承者を育成するための研修事業も行われるようになります。その後、2010年には国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産保護条約に基づく「人類の無形文化遺産の代表的な一覧表」に記載され、現在では世界的にもその価値が高く評価されるにいたっています。
先日、国立劇場おきなわの「普及公演 組踊の世界~Discover Kumiodori~『万歳敵討(まんざいてきうち)』」を観に行ってきました。この「普及公演」は二部構成で、第一部の「組踊の世界」では案内役が組踊の歴史や見どころを日本語と英語で分かりやすく紹介し、第二部の『万歳敵討』(短縮版)の上演でも日本語と英語の字幕が表示されるなど、組踊初心者や外国の方、子ども達でも楽しめるような工夫が施されており、私自身、組踊で使われる言葉(うちなーぐち)を理解している訳ではないのですが、「組踊の世界」を満喫することができました。
組踊鑑賞の初心者である私が語るのは極めて烏滸がましいことではあるのですが、実際に鑑賞することによって、琉球王国時代に創始され、苦難の歴史を経て現在に至るまで引き継がれてきた組踊が、琉球・沖縄の地で育まれてきたからこその独自性を有するとともに、歌舞伎や能、狂言などと同様に、紛れもなく日本の伝統芸能の一翼を担うものであることを体感することができることは間違いありません。
前回の記事でも論じたように、現在、沖縄は中国が仕掛ける「認知戦(情報戦)」の脅威に晒されています。「沖縄は日本の領土ではない」「沖縄県民は先住民である」などといった中国が発信するプロパガンダが荒唐無稽な主張であることは言わずもがなですが、琉球・沖縄の歴史―─特に日本や中国(明・清)との関係・交流の歴史―─を知らなければ、脆弱な状態のまま無防備に中国による「認知戦」の脅威に晒されることになり、その主張に感化されてしまう可能性を否定できません。
中国の沖縄侵奪に対抗するためには、まずは国民の一人一人が当事者意識と関心を持ち、現状を正しく認識することに加えて、中国が仕掛ける「認知戦」の直接的なターゲットとされている沖縄県民の一人一人が「沖縄は日本である」との確固たる認識と「沖縄県民であること」に誇りを持つことが求められます。
そして、組踊という演劇を通じて琉球王国時代の人たちと時空を超えた対話をする経験そのものが「沖縄人とはそもそも何者か」の認識へと繋がり、沖縄人(ウチナーンチュ)にとっては、自らのアイデンティティーを再確認する有効な手段であるように思えます。
もちろん、もはや「沖縄県民であり、かつ日本人であること」は疑い得ないのですが、伝統を経験することは、観念的な操作に対抗するしなやかなアイデンティティーを持つことにつながるように思います。
中国が仕掛ける「認知戦」に抗するため……などといった目的意識を持つ必要は全くありませんが、純粋に楽しむことを目的に、組踊をはじめとする沖縄の伝統芸能を親しむこと自体が、結果として、沖縄が中国による「認知戦」に抗う強力な武器を手にすることに繋がるのではないでしょうか。
「普及公演」を鑑賞した後、私の身近な友人・知人に尋ねてみたところ、組踊を何度も繰り返し鑑賞して楽しんでいる人がいる一方で、組踊が国の重要無形文化財やユネスコの無形文化遺産に指定されていることを知ってはいるものの、実際に鑑賞したことはないという人が少なくありませんでした。
沖縄県民はもちろんですが、沖縄を訪れる県外の日本人や外国の方々をも含め、一人でも多くの人に組踊をはじめとする沖縄の伝統芸能を味わい、楽しんで頂きたく思います。
参考資料
表現者クライテリオン 2026年7月号
【特集1】アメリカが世界を破壊する
【特集2】さらば、「平成保守」!
6月16日発売
【特集1】アメリカが世界を破壊する
[座談会]アメリカはどんな「世界」を目指すのか(施光恒×柴山桂太×浜崎洋介×川端祐一郎)
[論考]森本あんり/会田弘継/中田 考/安藤礼二/白井 聡/ジェイソン・モーガン/柴山桂太
【特集2】さらば、「平成保守」!
[論考]辻田真佐憲/梶原麻衣子/中村雅和/藤井雄太/川端祐一郎
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