3,000以上あった市町村数を1,700強にまで統合した「平成の大合併」について、日弁連が「失敗だったのではないか」という問題提起をしているそうです。簡単に言うと、小規模な町村のうち、周辺自治体との合併を選択した町村では人口減少などの衰退が加速してしまった、という話です。
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201911/CK2019110702000156.html
そういえば以前のメルマガで、合併によって自治体の防災力が低下したという議論を紹介しましたが、その問題も含めて、「平成の大合併」はあまり良い帰結をもたらさなかったという評価が多いのが実情ですね。
https://the-criterion.jp/mail-magazine/m20181108/
明治の大合併(明治20年代)や昭和の大合併(昭和30年代)は、「地方分権のために強力な地方政府を作る」という目的を強く持ったものでした。それに比べると平成の大合併は、「歳出の削減」により重きが置かれた改革だったと言えます。地方交付税を全体として縮小することを予定して、小規模町村を合併して大きくすることで「規模の経済」を働かせ、財政を効率化しようというわけです。
しかし、規模の経済がある程度働くこと自体は事実なのですが、自治体というのは、大きければ大きいほど良いというような単純なものではありません。
伝統的には、行政の単位が大きくなれば「効率化」はするものの、「住民自治」や「民主主義」が犠牲になるとされてきました。だから近代初期には、古代ギリシアの直接民主制が重要なモデルだったこともあって、ルソーやモンテスキュー等の啓蒙思想家たちも「共和制や民主制は小規模な国家でしか実現しない」かのように論じています。
一方20世紀後半ぐらいになると、ダールという政治学者らの議論が有名なのですが、そもそも代議制が一般的になったし、大きな行政機構を持っているほうが充実したサービスを提供できるし、強力な再分配機能によって多くの弱者を救うことができるし、メディアや各種利益団体も発達しているのだから、「大規模な行政単位が、民主主義の観点からみて劣っているわけではない」と言われるようにもなりました。
この、「自治体や国家の規模」と「効率性」や「民主主義」の関係について、簡単な結論はありません。90年代には「ニュー・パブリック・マネジメント」と呼ばれる改革の潮流の一部として、「大規模な官僚組織は非効率だし腐敗も多い」という説が唱えられもしたのですが、それを実証的に否定するような研究もあります。逆に、「平成の大合併」で自治体が大きくなって効率化したのかというと、そうではないという研究も存在しています。
自治体がどのぐらいの大きさであるべきかというのは、第一に、「効率性」と「民主主義や自治」をそれぞれどの程度重視するかによりますし、第二に、そもそも「規模が大きいほど効率的だが非民主的」「規模が小さいほど非効率だが民主的」と単純に言えないケースもあるので、結局は地域の実情に応じて総合的に判断するしかないわけです。
ところで、「効率化のために小規模自治体は統合すべきだ」という平成の大合併の論理以上に疑わしいのが、大阪都構想の推進理由の一つとなっている、「政令指定都市を分割すれば財政が効率化する」という説です。
大阪市が嘉悦大の付属研究所に委託して作成した以下の報告書では、政令指定都市などの超大規模自治体において、1人あたり歳出が中規模自治体より高くなっていることから、分割して中規模にしてやることで財政が効率化し、10年間で1兆円超の歳出削減が可能になるとされています。
https://www.city.osaka.lg.jp/fukushutosuishin/cmsfiles/contents/0000441/441469/houkokusyo.pdf
政令指定都市クラスの大規模自治体になると、中規模の都市に比べて1人あたり歳出が大きくなるのは事実です。ただ、これについては過去に実証研究が何十件も行われているのですが(それをまとめて振り返る論文をちょうどいま準備中です)、それらを見ても、政令市における歳出増加が「非効率性」によるものだと言えるのかはかなり疑問です。
政令市の歳出が増える理由としてまず考えられるのは、権限自体が一般の市よりも広いことです。政令市は、国道や道府県道の管理を任されていたり、児童相談所を独自に設置していたり、都市計画の権限が広いのでそのための人員が必要だったりと、要するに「仕事の種類自体が多い」わけですね。(ただ、政令市や中核市を除いた分析でも、大規模自治体で1人あたり歳出の増加傾向があるので、権限だけで説明できるわけではありません。)
また、大きな自治体は、美術館や大学のように小規模市町村が提供できないサービスを提供していますし、交通需要が過密なので高度なインフラも必要になります。子育て世代や高齢者や社会的弱者への支援策についても、政令市のような大都市では独自のメニューがしばしば提供されていますが、これは再分配機能の充実を意味していると言えるでしょう。これらはすべて、要するに「大都会ならではの仕事」です。
一方、先ほどの報告書では、地方自治は「ニア・イズ・ベター」である、つまり住民に身近な単位であるほうがより丁寧な行政サービスを提供できるのだとされています。逆に大規模自治体になると、その「身近さ」が失われて仕事が雑になり、財政も非効率化するのだという説明です。過去の研究例では、経済学者の入江啓彰氏が2012年の論文で同様の説明をしてはいますが、大都市における歳出増の解釈としては珍しい説ですし、入江氏も参考程度に言及しているだけで強く主張しているわけではありません。
この「ニア・イズ・ベター」による説明は、先ほどの議論を踏まえると、「効率」の問題と「民主主義」の問題を混同しているように思えます。実際、上の報告書では「ニア・イズ・ベター」と同じ意味で「補完性の原理」という言葉が用いられているのですが、これは基本的には、財政効率の話ではなく自治や民主主義の充実に関わる概念です(行政の単位は原則として小さいほうが望ましく、大きな行政単位というのは、小さな単位では実現できないような仕事をするだけの補完的な役割に留めるべきという考え方)。
ニア・イズ・ベターや補完性の原理を持ち出して、「大規模自治体においては、住民の意思がサービスに反映され難い」と言うだけならまだ分かります。しかしそれを歳出の増加に結びつけて「非効率化」と捉えるのは、かなり無理があると私には思えます。
あえて考えてみると、「大規模自治体では、住民のニーズを質的に細かく捉えることができない。だから、市民を満足させる(文句を言わせない)ためには、量的に過大なサービスを提供せざるを得ない」というような理屈はあり得ると思います。一種の、巨大組織の「硬直性」の問題ですね。しかし、そもそも先に挙げたような他の理由のほうが、自然かつ強力な説明ではないでしょうか。
整理すると、政令市で1人あたり歳出が増加する原因としては、
1)権限自体が広い(都道府県レベルの仕事をある程度担っている)
2)大都会ならではの高レベルなサービスを提供している
3)大都会ならではの課題(交通の混雑など)への対応が必要
4)組織が硬直化して余計な支出が行われる
といったものが考えられます。
1は権限の問題ですから、仮に大阪市を廃止しても大阪府に移管されるだけで、効率化するわけではありません。2・3は「大都会であるが故に発生している費用」で、大阪市を廃止・分割しても同地域が「田舎」になるわけではないので、減らないでしょう。サービスをカットすることはできるでしょうが、それは住民に不便を強いているだけで、効率化とは違います。そして4だけは、組織の規模が縮小することで減る可能性があるのですが、これについては過去の実証研究で否定的な主張も見られており、ハッキリしません。
繰り返しになりますが、自治体の「規模」について、大きいほうが良いのか小さいほうが良いのかというのは、一概には答えることのできない問題です。財政的な意味での「効率」の追求にせよ、民主主義的な意味での「住民自治」の充実にせよ、それらは組織の規模をいじって改善するものというよりは、それぞれの地域で住民と役人と政治家が少しずつ工夫を重ね、長い時間をかけて改善していくべきものでしょう。合併であれ分割であれ、単純な理屈に基づく急進的な改革こそが、最も避けるべきものであると私は思います。
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