【川端祐一郎】成人年齢の18歳への引き下げ案をめぐって

川端 祐一郎

川端 祐一郎 (京都大学大学院准教授)

昨日の読売新聞の一面トップに、「18歳成人 反対56%」という記事が掲載されていました。成人年齢を18歳に引き下げる民法改正案が国会で審議入りしており、世論調査を行ったところ、賛成42%、反対56%で、年代別でも全ての年代で反対が50%を超えているとのことです。法案の内容は、成人年齢を18歳に引き下げるとともに、女性が結婚できる年齢は18歳に引き上げるというものです。飲酒・喫煙・馬券購入等が認められる年齢は20歳のまま据え置かれ、少年法の適用年齢も今回は変わりません。

その世論調査で、引き下げに反対する理由として最も多かったのが「経済的に自立していない人が多いから」で反対者の67%、次が「大人としての自覚を持つと思えないから」で同64%、その次が「精神的に未熟だから」で同50%です。世論ではなく識者の見解としては、成人になれば親の同意がなくても借金などの契約を結ぶことができるようになるわけなので、その年齢引き下げによってトラブルに巻き込まれるケースが増えるのではないか等の懸念が示されているようです。

成人年齢を何歳にしておくべきかというのは答えの出しづらい議論で、正直言って私も分かりません。世の中には大人びた15歳もいれば子供じみた30歳だっているわけで、我々個人が身の回りの印象だけに基づいて強い意見を持つことには、大きな意味があるとは思えません。その上で一応私の個人的な感覚を述べておくと、昔の人に比べて現代人が精神的に早熟化しているとは思えないので、引き下げるべしと言われると違和感があるのですが、結局18歳でも20歳でも「大して変わらない」ような気はします。

客観的に判断しようとするのであれば、例えば何らかの社会調査に基づいて、「(大人に求められる一定の)精神的成熟を迎える年齢の平均は何歳なのか」とか、「9割程度の人が成熟に達する年齢は何歳なのか」といったことを明らかにする必要があるように思いますが、それも実際には困難でしょう。そもそも成熟とはどういう状態を指すのかについて、万人が同意する定義はなかなか見つからないからです。

ところで、具体的に結論づけることが難しいとしても、「成熟とは何なのか」や「大人とは何なのか」について広く議論することからは、人間論や人生論として得られるものがけっこう多いかもしれません。これは、今回の成人年齢の引き下げだけではなく、もう実現してしまった選挙権年齢の18歳への引き下げをめぐっても同じことが言えます。

たとえば冒頭の世論調査では、成人年齢の引き下げに反対する理由として「経済的に自立していない人が多いから」が最多となっているのですが、この理由はどこまで妥当なのでしょうか。そう言いたくなる気持ちも分かるのですが、夫の収入にある意味で依存しているとも言える専業主婦の方はどうなるのだとか、親のお金で教育を受けている22歳の大学生や24歳の大学院生は成人として扱うべきではないのかといったことを考えると、あまり強力な基準ではないような気もしてきますね。

もちろん「成人」の大きな性質として、親による「保護」や「監督」の下から離れるという面があるのは確かで、「自立して生活できる」「自分で責任が取れる」といったことが「大人」の重要な条件に含まれるという考え方は理解できます。ただ私は、そういう「自立」を強調した条件とあわせて、あるいはその自立を支えてもいるもっと基礎的な条件として、「他人のことを理解する能力や態度」があるかどうかが大人として重要であるように思います。

平凡な言い方ですが、社会の中で大人として生きていくというのは、単に自分の欲望を満たすためにおカネを稼いだりモノを買ったりすることではないわけです。あるいは、選挙権年齢に引き下げに関連していうと、選挙という形での社会との関わりを持つというのは、単に自分の要求を声高に主張することではない。あまり綺麗事を言うのは好きではないのですが、他者の存在に配慮し、その境遇や希望を理解する努力を払った上で、適切な選択をすることが求められるのが「大人」ですよね。

「経済的自立」を重視する考え方は、どうも、「大人=好き勝手なことをしていい人」という大人観に基づいているように思えます。好き勝手なことをさせてあげるから、そのための資格として、「おカネぐらい自分で稼いでくれよ」というわけです。それも一面の真理ではありますが、一方で大人というのは、「ある範囲を超えて好き勝手なことをしない」からこそ「大人」として認められるとも言えるはずです。冒頭の世論調査でいうと、「大人としての自覚を持つと思えないから」という反対理由はそれに近いのかも知れませんね。

「好き勝手なことをするための権利を持つ者」という大人観と、「好き勝手なことをしないだけの節度を持つ者」という大人観を、我々は両方持っておく必要があるのだと思います。そのことを確認した上で、自分が18歳の時にどうだったかを思い出してみると、いずれの意味でも「俺を大人として認めよ」と要求するに値する存在であったとは到底思えません(笑)

繰り返しますが、成熟には個人差も大きいし、成熟の定義もはっきりとはしませんので、「成人年齢や選挙権年齢を18歳に引き下げるのは良くない」と言いたいわけではありません。その線を「どこに引くべきか」は一種の技術論でしょうから専門家に任せておくとして、「何を根拠に引くべきか」については、一生活者として広く議論しておく意味があると思います。もちろん私も決定的な答えは分かりませんので、読者の皆さんからも色々なご意見を伺いたい話題ですね。

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