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【鳥兜】社会崩壊の兆し 「自殺」というもう一つの感染症

啓文社(編集用)

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 昨年春に新型コロナパニックが始まってからしばらくの間、我が国の自殺者数は前年を下回って推移していた。

 社会的危機の際には自殺が減少するとも言われており、実際、自殺願望を持つ人からの電話相談を受け付けているセンターの記録によると、3月下旬頃から「今までは、生きるのが大変なのは自分だけだと思っていたが、社会全体が自分と同じような状況になってホッとした」というような声が聞かれるようになったらしい。

 ただし、もともと自殺者数は過去10年ほど減少が続いており、そのトレンドが六月まで継続していた形だとも言える。そしてそのトレンドは、7月に入ると増加に転じることになった。
 具体的には、7月が前年の1793名から1858名へ65名の増加となり、それ以降も8月は314名、9月は210名、10月は660名、11月は219名、12月は200名の増加となっている。全年齢にわたって女性の自殺が増加しており、特に8月には女子高校生の自殺が大幅に増えた。男子も含めた高校生全体では、例年の2倍以上の自殺者が出ている。

 8月と10月にとりわけ大きく増加しているが、その要因について厚労省の有識者会議は、三浦春馬や竹内結子といった芸能人の自殺報道の影響を指摘している。著名人の自殺報道が社会全体の自殺率を高める現象は古くから知られており、18世紀末にゲーテの小説『若きウェルテルの悩み』の主人公に影響を受けた若者の自殺が増加したことから、「ウェルテル効果」と呼ばれてきた。

 注意しなければならないのは、ウェルテル効果というのは、例えばカリスマ的ミュージシャンの自殺を信奉者が「後追い」するようなケースばかりを指すわけではないということである。むしろ、もともと様々な理由で自殺願望を抱える人が多数存在しており、たまたま誰かが自殺したという報道を耳にして心理的な共振現象が生じ、背中を押されるようにして自殺の決行に至るのである。

 したがって、昨年の自殺者急増についても、それを芸能人の自殺報道の影響とだけ言って済ませるわけにはいかない。厚労省の有識者会議も、今回観察されたウェルテル効果現象の背景条件として、新型コロナ禍による経済上・生活上の悩みが自殺念慮を強めていたことをあわせて指摘している。

 自殺相談の内容を見ても、「コロナでパートの仕事がなくなり、夫からは怠けるなと毎日怒鳴られる」といった相談や、シングルマザーの母親から「子どもが発達障害で大変なのに、ステイホームでママ友とも会えず、実家にも帰れない。子どもの検診もなくなって、ひとりでどうやって子育てをしていけばいいのか分からない。死んで楽になりたい」といった相談が多く寄せられているとのことだ。

 新型コロナ禍で女性の非正規雇用は100万前後も失われており、5月と6月のDV相談件数は前年の1.6倍に増えた。そして「産後鬱」がコロナ禍で2倍に増えたという調査結果もあるようで、明らかに「社会崩壊」の兆しが見えている。

 自殺は社会的に伝播する面があり、一種の「社会的感染症」であるとも言える。実際ゲーテの『ウェルテル』は青年の自殺を多数誘発したことから、当時「精神のインフルエンザ病原体」と呼ばれていた。

 いま起きているのは、新型コロナ禍によって社会的な免疫力が低下し、自殺の感染が広がりやすくなったという事態だろう。我々は今、新型肺炎という身体上の健康問題のみならず、自殺という「精神の健康危機」に直面してもいるのだということを忘れてはならない。

(『表現者クライテリオン』2021年3月号より)

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