【和田秀樹】「がまんするとよい結果が出る」を信じて不健康になる日本人

和田秀樹

和田秀樹

コロナ,医療,感染者

現在販売中の『表現者クライテリオン
2021年3月号の特集は「抗中論」に加え、「コロナが導く社会崩壊」

今回はその中から和田秀樹先生の記事を一部特別公開します。

精神科医、心理学者の視点から「コロナが導く社会崩壊」を展開しています。

以下が内容です。

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 —自粛圧力はとどまるところを知らず、十二月三十一日に東京都だけで一三三七人の感染が確認され、首都圏の一都三県の知事が緊急事態宣言を出すように政府に要請したというニュースが踊った。

 結果的に一都三県対象に緊急事態宣言が出されることになり、飲食店の時短要請も前回同様に八時閉店、酒類の提供は七時までという極端なものとなった。 

 確かに前回よりコロナ感染者数は多いし、また死者数も一日四〇~六〇人という数になっている。

ただ、この数字はものすごいとは言えない。

 たとえば、二〇一九年の一月にはインフルエンザで一日平均五四人の方が亡くなっている。

 この数は医師が死因をインフルエンザと認めた数であり、肺炎を併発したり、インフルエンザによって持病が悪化して亡くなった数は含まれない。

 コロナの場合、持病があるほど重症化しやすいとされているが、全数とは言わないまでもコロナ感染で持病が悪化して亡くなった数も死者にカウントされる傾向がある。それを考えるとインフルエンザのほうがコロナより死者数は多いと言える。というのは、インフルエンザの直接死因が三〇〇〇人くらいの年で、インフルエンザに感染した人の死者数は一万人くらいになるからだ。

 私自身、高齢者を専門とする医師のため、高齢者がインフルエンザどころか、普通の風邪をこじらせて亡くなるということは往々にして経験する。

 実際、毎年、肺炎で約一〇万人の方が亡くなっているし、その九〇~九五%は高齢者である。

 今回は、コロナの恐怖を過大視(もちろん、インフルエンザや肺炎も、とくに高齢者にとって怖い病気であるしかからないに越したことはないが、それに比してという意味で)してしまう日本人の心理について、心理学、精神医学の立場から考えてみたい。(中略)

悪質なフレーミング

(中略)心理学の用語にフレーミングというものがある。

 心理学を経済学に応用しノーベル経済学賞(正式にはノーベル賞ではなく、アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞)を受賞したダニエル・カーネマンは、フレーミング効果とは、「問題の提示の仕方が考えや選考に不合理な影響を及ぼす現象」と定義している。

 カーネマンが著書の中で提示したフレーミング効果の検証のために行った有名な実験は奇しくも「アジア病問題」と言われるものだ。

 六〇〇人の死が予想されるアジア病という伝染病について二つのプログラムのどちらを採用するかという問題である。

 Aは二〇〇人が助かるプログラム、Bは六〇〇人が助かる確率は三分の一で誰も助からない確率は三分の二。どちらも助かる人数の期待値は二〇〇人なのだが、Aを選ぶ人が七二%、Bを選ぶ人はわずか二八%だった。

 ところが死ぬ数を強調して同じことを別の言い方に変えて聞いてみたら答えはまったく違っていた。

 Cは四〇〇人が死ぬプログラム。Dは誰も死なない確率は三分の一で六〇〇人が死ぬ確率は三分の二。この選択だとCを選ぶ人はわずか二二%でDを選ぶ人は七八%もいたのだ。

 助かることを強調するか死ぬことを強調するかで、こんなに判断が変わってしまうということだ。

 思考のフレームワークが変われば多くの人が判断を変えてしまうということだが、今回はマスコミ報道などによって日本人の多くの思考のフレームワークが変わってしまった

 一つは、コロナがインフルエンザなどと比べてはるかに怖い病気という思考のフレームワークだ。

 実際、感染症法では、当初結核やSARSと同じく二類に分類されたが対応の上でエボラ出血熱と同じく一類なみの扱いで無症状者にも適応されることになっている。(致死率一四~一五%のSARSでも二類で無症状者への適応はない。)

 同じ扱いになっているエボラ出血熱は致死率二〇~九〇%とされているが、日本でのコロナの致死率は一%をわずかに超えた程度である。しかも、市中感染はもっと多いと考えられるので、多く見積もっても感染者に対する死者の割合は〇・三%程度だろう。

 五類の季節性インフルエンザと大して変わらない致死率(ちなみに四類の日本脳炎は人から人への感染はないが致死率は二〇~四〇%)のものを致死率が九〇%と同じくらい怖いものと認識させることの弊害は大きい

 先日も開業医の先生と話をしていたが、医者でさえ八割くらいの人が怖がっているという。

 一月八日現在の重症者数が八二六人であるが、厚労省の発表ではICUに相当するベッド数は一万七〇〇〇床ある。それで医療崩壊を騒ぐのは、コロナが怖い病気と思われ、受け入れたくないという病院がそれだけ多いからだとしか思えない。実際、コロナ感染者で入院調整中と称する入院待ち患者が数千人の単位で出現している。人口当たりのベッド数が先進国でトップの国だというのに。

 もう一つは、死者数や重症者数より感染者数にばかり注目がいく点だ。

 毎日四〇〇〇~五〇〇〇人の感染者数が出ても累積の重症者数はわずか八二六人である。ところが東京で感染者が一〇〇〇人を超えると大騒ぎになる。インフルエンザの場合、毎年七〇〇万~一〇〇〇万人の感染があるが、感染者数でなく死者数が話題になる。これだけ無症候の人の多い感染症であるのに、感染=危険というフレーミングがあるから感染者数が増えると厳しい対策を取ることになる。

 人間のフレーミングというのは一度染みつくとなかなか拭えないものだ。

 今回のコロナ禍では、激しい不況下での株高という珍事が起こっているが、株価が景気の指標という日本人に植え付けられたフレーミングから脱却できる人は少ない。

 これからも無症候でも感染をひたすら恐れるという異常な判断が続くのだろうか?

日本人のスキーマのコロナ自粛への親和性

このような形で性質の悪いフレーミングがなされているためコロナ恐怖はとどまるところを知らない。

 さらにいうとこのようなコロナ対策への過度な自粛を日本人がものすごく素直に受け入れるのは、恐怖感だけでなく、日本人の認知スキーマ(思い込みだが、思考パターンに強い影響を及ぼすもの)と親和性があるからだと私は考えている。

 一つは「がまんするとよい結果が出る」というものだ。

 日本はご存じの通りがんで死ぬ国であり、欧米のように心筋梗塞で死ぬ国でない。

 ところが、メタボ検診のように心筋梗塞や動脈硬化の予防医療が大流行で、そのために食べたいものをがまんし、節制型の生活をする人が多い。

 確かにこれは心筋梗塞の予防になるかもしれないが、その一〇倍の命を奪うがんの予防には、逆効果の可能性がある。実際、疫学調査ではコレステロール値が低い人のほうががんになりやすいことが明らかになっている。

 免疫力を上げるには、がまんするより楽しんだほうがいいのだが、この手の健康法は日本では流行る気配がない

 このような認知スキーマがあるから、がまんを強いる自粛生活や新しい生活は、本来心に悪く老化を進めるのに、「体にいい」と素直に受け入れられるのだろう。

 このスキーマは一般人だけでなく医師の間でも蔓延しているが、同じく医師の間で蔓延しているスキーマに欧米の研究は何でも正しいというものもある。

 日本の医師たちが欧米流の節制を勧めるのは、日本人の食生活や体質、あるいは疾病構造を考えずに、欧米の研究はすべて正しいと鵜呑みにするからだろう。

 一九八〇年代に一日三〇〇グラムの肉を食べるアメリカの医師たちが心筋梗塞の予防のために肉を減らす運動を始めたら、当時一日七〇~八〇グラムしか肉を食べていなかった日本人に対して、日本の医師たちも追随して肉を減らせという運動を行った。ちなみに当時一日一〇〇グラムの肉を食べる沖縄県民や一二〇グラムの肉を食べるハワイの日系人のほうが長寿だったのだ。

 そしてメタボ対策に見られるように今でもほとんどの日本の医者たちはそのスタンスを変えようとしない。

 日本のほうがはるかに重症者も死者も少ないのに欧米の自粛をすぐにまねるスタンスはまさに日本の医師たちの欧米かぶれ、アメリカかぶれ(自分たちの日常臨床の感覚とずれていても)を反映するものとしか思えない。

 がまんが美徳の日本人であるから、私は先行きも不安に思うことがある…(続く)

(『表現者クライテリオン』2021年3月号より)

 

続きは『表現者クライテリオン』にて

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